第22話 はじめての魔物

 街を出て街道沿いに歩いてきたが、3時間ほど歩いたところで一旦休憩となった。というか、した。


 街道沿いに魔物が出ることもなく、ラルフと会話もする事もなく、ただ歩いていたからつまらなくなったのである。


 道の脇の草原に座って水を飲みながら、メネウはラルフに何と声をかけようか迷っていた。


「あ~~……牢屋はどうだった?」


 馬鹿か。思わずセルフツッコミをしたが言葉は引っ込まないものだ。


 いや、或いは時間操作のスキルが使いこなせていたら戻すことも可能だったかもしれないが……時間操作と空間操作スキルに関しては、メネウは何となく使っているだけで、考えて使おうとすると頭が痛くなるという副作用があった。


「あぁ、意外に快適だった。飯も臭くはなかったな、味はしなかったが」


「お、おう、そうか」


「メネウ……と呼んでいいのか?」


 今更……、と思わないことも無かったが、たしかに挨拶もまだだった気がする。


(何、俺自己紹介すらしてない奴と旅に出たの。すごい無鉄砲じゃん)


 それどころか牢屋にぶち込んだ相手なのだが、まぁ旅に出たのだからもういいのだ。


 態々呼び方を聞いてくるあたり、ラルフは意外と生真面目なやつかもしれない。


「自己紹介もまだだったな。俺はメネウ。旅の途中で崖から落ちて記憶喪失になったんだ、よろしく」


 そう言ってステータスウインドウを一部表示する。


「レベル、……2、だと?」


 何で生きてるんだ? って目で見るのやめてくれません?


「あーそこ? それはまぁ、気にしないで、自分の身くらいは自分で守れるから……」


「いいや無理だろう?! この辺に出る魔物は討伐レベル35以上、高ければ50は必要なんだぞ?!」


 そう言ってラルフがステータスを一部表示したが、確かにレベルが63と高い。職業は剣士になっていた。


 ラルフに鮮やかに勝ってしまったものだから、きっともっと高レベルだと思われていたのだろう。


「ま、まぁ大丈夫。スタンもいるし」


「ピロ!」


 ラルフはスタンを見て訝しげな顔をした。


「……あの時の神獣なのか?」


「ピ!」


 餌として見られた経験からか、ラルフの顔が物凄く曇る。


 スタンがやる気でメネウの肩で嘴のシャドーボクシングをするものだから、ラルフはますます嫌そうな顔をした。


「スタン、からかうなよ。ラルフも大丈夫だって、今は小さいし」


「大きさの問題というか……まぁ、いい」


 味方なら頼もしいのは間違いない、と納得してくれたようだ。


 ラルフの心情を察するに「一人で放り出したら死ぬ」というレベルの男を庇いながら旅しなければならなくなったのだ。


 きっと今頃一緒に旅をするなどと言った事を後悔しているに違いない。


「そもそも貴様の武器は何だ。杖は無いのか?」


「え、これ? かな?」


 そうしてメネウが取り出したのはスケッチブックと絵筆。


 ラルフが盛大な溜息を吐いた。


「……舐めてるのか?」


「いや、全然」


 たぶん最強装備だと思うんだけどな、とは思えど言えないので誤魔化す。


「手に馴染むから大丈夫。ラルフはその剣、もう平気なのか?」


「あぁ、お前に腕……というか、嫉妬を斬られたからか、乗っ取られる事はもう無い。スキルは一つ無くなったがな」


 詳しく聞くと、身刃一体というスキルが嫉妬というスキルに上書きされていて、メネウはそれを斬り落としたらしい。


 腕、だと思ったのは剣による侵食が進んだ元素集合体になっていた。いわばスキルの具現化した部分だったらしく、斬られた時に鋭い痛みはあったものの、そのおかげで肉体の腕を取り戻したという。


「呪われた装備というのは、大抵が肉体と元素の境目が曖昧にされて物理的に切り離せなくなる事からそう言われる。結界という魔法的干渉で元素を分断するか、解呪で境目を曖昧にする要素を取り除く事で外せるようになるが……メネウの短剣はそれを斬る事ができるようだな」


 その短剣がメイン武器じゃないのか、と言われたが、剣などというものは使い慣れない。


 絵筆の方が手に馴染む、と言ったら呆れられた。


「レベル2で……ふざけた装備で……本気か? 今ならまだ安全に……」


 引き返せるぞ、と言いかけたラルフは沈黙した。


 メネウには分からないが、スタンもラルフと同じところを見つめている。遅れて其方に目をやる。


 街道を挟んだ先の森の中に、篝火が煌めいていた。何やら喧しい声もする。


「ホブゴブリンの群だ。この辺りでは珍しくは無いが、厄介だな」


 ホブゴブリン。本で読んだが、ゴブリンの上位種で耐久性と知恵が上がっているんだったか。


 罠や陽動で火を使うのに、火に弱いんだっけ。


「どう厄介なんだ?」


「数が多い。一つの群で10体から15体はいる」


「そりゃ、たしかに」


 厄介そうだ。


 最初にセケルに貰った地図を見る。出てきた街の場所から街道を辿って、森の形を地図と照らし合わせて大体の場所を図る。


 出てきた街にそう近くは無いが、遠くもない。次の街へは……まだ結構ある。


 怪我も、アイテムの消費も避けたいところだ。


「じゃあ、背後から襲われても挟撃されてもつまらないし、倒そうか」


「レベル2が何を言ってる?」


 レベル2ってそこまでの脅威か。まぁそうだわな。


 MMOでもうっかり高レベル帯の狩場に迷い込んだら死んで街に戻るしかないもんな。


「言ったじゃん、自分の身は守れるって。心配しないで」


 メネウは軽く言って立ち上がる。


(スケッチブックの『お絵描き』はしないで戦った方が、信じてもらえそうだな)


 と、言うわけでスケッチブックは暫し封印だ。ラルフの信用を得るためだから仕方ない。


 立ち上がったラルフは何とかしてメネウを守るつもりで剣を抜く。


「なるべく離れていろよ」


 そう言い置かれたので、その言葉には素直に従うことにする。


(生き物を殺すのって、初めてだな)


 そんな物騒な事を思いながらラルフの5歩ほど後ろを歩く。


 ラルフが森に入った時に、気付かれた。


 一瞬喧しい声が止んで、ホブゴブリンの黄色く光る目が散開していった。


 取り囲む気だろう。


「端から片付けていくが、死ぬなよ」


「おう」


 ラルフの過保護極まれりだ。言うだけ言って、あっという間に左端のホブゴブリンに向かって走って行った。


 言葉で言って信じてもらえないのなら、やって見せればいいのである。


 メネウは絵筆を中空に滑らせた。


 まずは、ラルフの剣に向けて魔法創造で作った炎のエンチャントを行う。


「何?!」


 驚きながらも初動に入っていたラルフは、滑らかにホブゴブリンに斬りつける。


 見事に炎属性が乗った一撃が決まり、傷口から炎を出して一体のホブゴブリンが死んだ。


 死体は燃え続けている。


 ラルフは、戦闘中だと己の気を引き締めて、次のホブゴブリンにかかっていった。一先ずの援護はこれで良いだろう。


 ざっと見ただけだが2対13。油断はしないほうがいい。


 メネウがまた筆を滑らせると、今度は5つの魔法陣が浮かび上がる。


 サーチ、スネーク(追跡魔法)、ファイアボール、ファイアストーム、エアカッター。其々の魔法を混ぜてラルフとは反対側、右手側に位置するホブゴブリンの7体目掛けて炎の弾を放った。


 サーチによる索敵と、スネークによる追跡によって導かれたファイアボールは、敵に正確に着弾すると高火力の火柱をあげた。


 エアカッターによる空気断裂の上で敵をファイアストームの中に閉じ込めて燃やし尽くす。


(……生き物を殺すの、意外と平気だな。敵だと認識してるからか?)


 突如目の前で上がった数本の火柱に、ラルフは戦闘中だというのに呆然としそうになった。火は燃え広がる様子も無く、対象を燃やし尽くすと綺麗に消えた。


 再度気を引き締めたラルフが残りのホブゴブリンに向き合ったが、その後も速度補助魔法が飛んできたり敵を見失うとサーチが勝手に働いたりと、レベルの概念を突き崩されるサポートを受けながら戦う羽目になって散々であった。主に心が。


 戦闘後にメネウを問い詰めなければ。その一心でラルフは剣を振るった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る