第21話 旅立ちの支度

 思ったよりも最低限文化的な生活とやらは人との関わりが増えるものらしい。


(まぁね、何年かかるか分からない流浪の旅だしね……)


 今は冒険者ギルドを出てげっそりとしているところだ。


 街のそこかしこに設置されたベンチの一つに腰掛けて、空を見上げた。


 3ヶ月前、冒険者ギルドでも、記憶喪失ということを説明して、手の空いている冒険者から様々な技術を教わり始めた。


 すぐに飲み込むので(時間操作スキルで自分の時間認識を引き延ばしその場で何時間も練習してから実際の時間に戻っていたのは内緒だ。メネウは器用では無い)教え甲斐があるようだった。


 その代わりに、医療ギルドに睨まれない程度に、ダンに行ったようなヒールをかけたり(持病持ちは意外に多かった)、一緒に飲みに行ったりと、何だかんだで仲良くしていたのだ。


 ダンはその中でも最もよくしてくれていた。一度戦ったからか、向こうから何かと世話を焼いてくれて、何人もの冒険者を紹介してくれた。


「旅か。元気でやれよ! また戻ってきたら飲みに行こうな!」


 当のダンはこうして快く送り出してくれたのだが。


(結局よろしくしてもらったなぁ)


 この街の冒険者は、定住者が多いらしい。完全にこの街を拠点にして周辺依頼をこなしていくという人たちだ。


 それで十分生活できる……という事は、ゲームで言えば中盤程度のレベルの街だと考えられる。


 『英雄』と呼ばれる人たちは流れの冒険者で、やはりもう少しハイレベルなモンスターが出たり、ダンジョン近くの街にいるという事だった。


 旅に出る、ならば定住者の彼らとも一時お別れである。


 その為に挨拶に行ったのだが、予想以上に名残惜しがられた。


 決してヒール目的ではないはずだ。彼らも冒険者なら別れ慣れしているはずである。決してヒール目的ではない。はずだ。


 今から、商業ギルドに顔を出す。


 入金した金額もさることながら、ちょっとずつ引き出しては使ううちに(主に冒険者との飲み代だ)馴染みになった。


 旅に出る事を伝えよう、とメネウは自然に考えていた。


 そして商業ギルドで幾許かの路銀と主にラルフの装備品を揃えるためのお金を下ろし、挨拶を済ませて、次は教会である。


 商業ギルドの人の方が案外とアッサリした別れだった。長い目を持っているからだろうか?


 すっかり街に馴染んだスタンに乗って、教会前へとひとっ飛びである。


 スタンに乗るたびに、乗せてくれ、と声を掛けられるのだが、その数が多すぎるのでその辺はバレット任せだ。


 バレットだが、青い神獣を駆る可憐な商人は、今やこの街の一つの名物になっていた。


 誘拐事件の直後はハーネスと共に泣いてばかりいたが、魔法商人である彼女は改めて商売の腕を磨くと共に魔法も鍛え直す事にしたらしい。


 今回の黒幕がラルフだったと知って一時は悲しい目をしていたが、メネウがラルフを正気に戻したのを知って「次は私が正気に戻してみせます!」と意気込んでいた。恋する乙女はしぶといようだ。


 誘拐された時のラルフの禍々しい姿に、恐怖で何もできなかった事を悔やんでいる部分もあるそうで。


 マイナスの経験を元にプラスに頑張れるのだから、バレットは大物になるのかもしれない。メネウには真似できない事だから、素直に応援した。


「メネウ様! 挨拶はお済みですか?」


 そんな事を考えていると、チータに乗ったバレットがスタンのとなりに飛んできた。並列飛行をしながら少し話す。


「いいや、これから教会に行くよ。明日にはラルフも出てくるし、今日中にお別れしときたいし」


「分かりました、ゆっくりご挨拶なさってくださいね!」


 そう言ってバレットは街へと降りていった。


 旅立つと伝えた時はハーネスと共にやたら引き止められたが、今はすっかり慣れたようでよかった。


 チータを守りに置いて行く事も伝えたし、そもそもチータはバレットの為に存在しているのだから、連れて行くことは無い。


 そんなこんなで教会に到着した。スタンは肩の上に収まっている。


「シスター」


 中に入ると、いつも通り柔和な笑みでシスターは出迎えてくれた。


「いらっしゃい、メネウさん。どうされました?」


「俺、旅に出ようと思う。シスターが教えてくれた『英雄』に会ってみたいし、神獣とか魔獣とかと契約して、ちゃんと召喚術師になろうと思う」


 そういえば、記憶を取り戻す、とか一回も言ったこと無かったけど、誰からもツッコミ入らなかったな。


 取り戻す記憶は無いからいいんだけど。


「そうですか……、また、戻ってこられますか?」


「もちろん。シスターが経験したこと無いような経験をして、話にくるよ」


 シスターが花が咲いたように笑った。


「それは、とても楽しみです」


「経験したこと無い、と言えば、そうそう……シスター、これみてくれる?」


 そうして、メネウは不思議そうなシスターにステータスを表示してみせた。


 シスターは硬直したまま動かない。どうやら、予想通り前代未聞らしい。


 誰にもステータスを見せずに過ごしてよかった。冒険者ギルドの登録情報書き換わりには、そのうち誰かが気付くだろうけれど。



 メネウ

 男 23歳 蛇の月25日

 職業:召喚術師,???

 LV.2

 HP 8000000/8000000

 MP 9999999/9999999


 攻撃力 985

 防御力 598

 魔法攻撃力 999

 魔法防御力 999

 素早さ 575

 運 ???


 保有スキル

 魔法七属性 身体異常耐性 神託

 空間操作 時間操作 万物具現化

 神絵師 成長補助 神獣創造

 ???



 お気付きだろうか。レベルが2になっている事に。


「な、なんで?! どうして?! ステータスは変わらないのに?!」


 叫ぶシスターを宥める為に、ステータスウインドウを閉じて座って話をする。


 勉強を始めてすぐに、レベルは1になっていた。


 セケルに聞こうかと思ったが、何となく心当たりがあったのでやめておいた。


 2になったのは、バレットの誘拐事件の時である。


「シスター、これはさ、きっと神様が鍛え直してこいって言ってるんだと思うんだよ」


「……神の奇跡、ですか」


「前に言ってたじゃん。経験を積んでレベルアップする、って。だからさ、記憶喪失になった俺は、人間としてレベル1だったと思うんだよ。前の表示はきっと、俺がそれに気付かないなら成長は無い、って意味なんじゃ無いかなって」


「なるほど……、改めて生きようとした結果、ですか」


「うん。だから俺、旅をしてレベルをあげる。……信じてもらえるか分からないから、ステータスとレベルの事はシスターと俺の秘密な」


「はい。……もう、あなたという人は、私の好奇心を刺激しすぎですよ」


 旅に出たくなってしまうじゃないですか……、そう言ったシスターと、指切りをした。必ず報告にくる、と、内緒、の二つの約束を込めて。


「じゃあ俺帰るね。またいつか来るよ」


「はい、お待ちしてます」


 そう言ってシスターと別れ、歩いてハーネス邸に戻る。お隣さんだしね。散歩は大事。


「待ってましたぞ、メネウ様! ささ、こちらへ!」


 何故か家主のハーネスに迎えられた。


「え、あ、ハイ。え?」


 ハーネスはギルド支部長らしく忙しく、朝晩の食事とその後に幾らか会話するだけだったのだが、こうして出迎えられたのは初めてだ。


 そして大広間へと案内されると……。


「よぉ、メネウ! 今日は景気よくやろう!」


 ダンさん。


「メネウ様の好物を揃えてみたんですよ!」


 バレット。


「さっきは内緒にするのが大変でした」


 シスター。……え、シスター?! 早くない?! 俺真っ直ぐ帰ってきたよ?!


 何人もの冒険者や商業ギルドの人たちに迎えられて、追い出し会が開催された。


 立食形式のパーティである。


(最低限文化的……、って範疇超えてるよな)


 前世でこんな盛大な事を催された記憶は無い。誕生日だって、せいぜい食卓にケーキが登るくらいだ。


 ハーネスがグラスを持って上座に立つ。俺も一緒に。


「では、メネウ様の旅の平穏を願って、カンパーイ!」


 みんながみんな、グラスを高く掲げた。


 何故か俺は、顔中をぐしゃぐしゃにして泣いてしまっていた。


 鼻水出てる出てる。


 ティッシュは無いので木綿のハンカチで鼻をかむと、俺は笑顔で集まってくれた人の輪に入った。




 そして、翌日早朝。


 ハーネスに手配してもらっていた剣士の装備(娘の誘拐の実行犯の装備品だが、メネウの護衛という事で最高品質のものを揃えてくれた)を代金を払って受け取り、俺は着の身着のまま、ラルフを迎えに騎士ギルドに向かった。


 騎士ギルドの門の前で、生成りのシャツに木綿のズボンという軽装でラルフが待っていた。留置所の朝は早いらしい。


「剣は?」


「あるよ」


 こっそりあの剣はポーチに入れて回収しておいた。それを装備と一緒に渡す。


 ポーチの収納性は中々のものだったので、冒険者に聞いて隣の街までの道程で必要そうなアイテムや食糧も買い込んである。


 ラルフが装備を身に付けて、準備は完了だ。


「じゃ、行くか」


 昨日、盛大に別れは済ませたからメネウは気軽なものである。


 ラルフは最早犯罪者(バレットが無傷だった事、呪いのアイテムにハーネスとしても苦い思い出がある事からラルフが関係していることは内々に揉み消されたので経歴は綺麗なのだが)として一部に顔が知れ渡ったので、もはや別れる相手もいない。


 こうしてまだ朝陽が顔を覗かせ始めた頃に、メネウとラルフは街を出た。

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