第20話 ちょっと許せないやつ

 メネウは頭にきていた。心底憤慨していた。


 まず、理由が分からない。街で一度ぶつかった事は覚えている。だが、それだけだ。


 バレットを餌に釣り出してまで殺すと言われるほどの繋がりがない。


 そして、やり方が気にくわない。


 冒険者ギルドで手合わせする位なら私闘に入らないはずだ。そこで幾らでも訓練と称してメネウに剣を打ち込んだとしても、メネウは何ら恨みもしない。


 なのに、ラルフ卿はメネウの、こちらの世界に来てから出来たはじめての友人を餌にした。


 よりにもよって、メネウを誘き出すという名目だけで、誘拐し拘束するという恐怖を与えたのだ。


「っとにしょうもねぇな……」


 メネウが苛々と短剣を鞘から抜く。


 この短剣は、神が作った短剣だ。この世のどこにも鋳造方法は無い、唯一無二の武器。メネウの思い通りに全てを斬る刃。


「うるさい! この忌々しい呪いを解け!」


 まだ動けずにいるラルフ卿の要望を聞き入れ、スタンを小屋の屋根の上、丈夫そうな柱の上へととまらせる。


 スタンの視線から逃れる事も出来ないのに、よくまぁ殺すなどと言えたものだ。狂化しているのだろう。


 すぐにラルフ卿は動けるようになった。


 拘束したまま嬲る事も考えたが、それではメネウの気がすまなくなっていた。


 勉強していてわかったこと。その3。


 万物具現化と成長補助スキルの組み合わせで、メネウは書いたもの、描いたものをメネウ自身に取り込むことができる。


 また、時間操作によってメネウ自身の得た知識、経験の総量は、実際に経過した時間の約100倍に値する。


 ハーネス邸と教会の蔵書を頭の中に全て叩き込み、理解し、冒険者から教わった技も身につけた。


 その発見に至るまで思考を止めなかった。それがメネウの成長に繋がった。


 そこに、魔法創造魔法によって、メネウは魔法付与……エンチャントができるようになっていた。


 両眼にサーチを付与する。黒い魔法陣がメネウの目の前に現れ、吸い込まれて行く。


 こちらに向かって剣を携え走ってくる男……ラルフ卿をサーチすると、頭の中に文字が浮かんだ。


『魔剣憑依の状態異常』と、『嫉妬』というスキルが働いている。他にも『肉体強化』と『剣鬼』というスキルも発動していたが、それは問題ではない。


(嫉妬だぁ?)


 ますます覚えがない。


「殺す、殺すぅう!」


 短剣を片手で正眼にリラックスして構え、無闇に斬りかかってくる剣をいなす。


 サーチでは、『右腕を切り落として正常化』と出た。それで魔剣を解除できるらしい。


「話ができねぇんじゃ困るんだ、よ!」


 メネウが構えた剣が、魔剣と火花を散らして擦れ合い、間合いに踏み込んだメネウが右腕を肩の付け根から斬り飛ばした。


 離れた場所に落ちた腕が、勝手にびたんびたんと跳ねていたが、それはスタンが咥えて屋根の上に戻った。


 咥えていって何をするのかは……考えないことにした。世の中には知らなくていい事もある。


 一瞬の決着。メネウの圧勝であった。


「うぅ、うぅぅ……!」


 どしゃ、とラルフ卿は膝をついて右肩を抑えた。が、血は出ていない。


 その切り口から新しい腕がすぐさま生えて来た。鎧も布も纏っていない、真新しい腕だ。


 メネウが斬ったのは嫉妬心。それだけだ。


 ラルフ卿が呆然とその腕を見ている。握ったり開いたりして確認したが、自在に操れる本当の腕だ。


「で、騎士どの。ご説明願えるのかな?」


 スタスタとラルフ卿に近付いたメネウがしゃがみ、短剣の腹で彼の顎を持ち上げてニッコリと笑った。もちろん目は笑っていない。


 腕ごと嫉妬を切り取られた男は、黙って目を逸らした。




 話によると、どうやら本当に純粋に嫉妬していたらしい。今はその嫉妬がすっかり消えて遠い記憶のようだった。


 ラルフ卿……ラルフは、小さな頃から何でも出来た天才肌だったという。お陰でステータスもぐんぐん伸びて、呆気なく3桁に乗る。


 ラルフは貴族としての教育を受けていたので、これが『英雄』に繋がると純粋に信じたという。


 そして、信ずるままに訓練と勉強を続け、英雄に至る道として騎士になり、騎士ギルドの中でトップにまで登り詰めた、と。


 たまたまこの街に年に一度の巡回に来た時に、ギガントロールが現れた。


 ギガントロールは強靭な皮膚とタフネスを誇り、英雄でも討伐に時間がかかる魔物だとか。いざ倒しに行こう、と武器を携えて門に向かった。


 それを目の前で一撃で倒されたと。


 次の日に(腹いせだったとはいえ)神獣召喚をしてのけ、街でも目立ってしまったのも、またラルフの嫉妬を増長させてしまった。


 調査をしたら、旅の途中の、記憶喪失の一般常識も危うい男だという。


 英雄を目指して才能にあぐらをかく事なくコツコツ努力していたのに、目の前に英雄以上の所行を引き起こす奴がぽっと出で現れたら、まぁそりゃ嫉妬もするわな。


 その嫉妬した相手が分かりやすく英雄だったらまだ良かったが、街の冒険者に教えを請うて基本から習っているときたら、まあそれは、イラッとするよな。


(いるんだよな、なんか初見でやたら絵が上手い奴……、だいたい他の道に進むからいいんだけどさ。それまでの努力はなんだったんだー、って気分に……なったわ俺も)


 嫉妬に身を焼かれそうになっているところで魔剣が届き、スキルで使いこなせると確信していたが、嫉妬というスキルが発現してしまったと。


 どうやら身刃一体という、自分の腕と変わらず剣を扱えるというスキルから派生してしまったらしい。


「なるほどね~……」


「騎士どころか、人としても悖る行動だった。申し訳がたたない。辞職し、今一度鍛え直す事にする」


「うーん、そこは俺もごめんだな。知らなかったとはいえ悪い事をした」


 シスターが言った。いらぬ妬心を買うことになる、という言葉がまさしく的中してしまった結果だ。


 自分の影響力を考えなさいよ、という事だ。改めて胸に刻む。


 周りに関心なさすぎたし、異世界モノが流行ってた事もあって、たぶんどこか「現実」と認めてなかったんだろうなと今ならわかる。


 転生ボーナスって事も言えないし、さてラルフの気が済むのはどうしたものかと考える。


「なぁ、鍛え直すってどうすんだ?」


「旅に出ようかと。どこかで修行できそうなら、師事する気だが……」


「ならさ、俺と来ない?」


「は?」


 メネウはどっかりとあぐらをかいた。


 ラルフの背後で、建物から逃げ出そうとしている実行犯をスタンが睨んで牽制しているのが見えたが、とりあえず笑って話を続けた。


「俺、記憶喪失で召喚術もいまいち使いこなせないんだ。だから、世界中を回って神獣や魔獣と契約して、英雄にも会って……、旅をする事で改めて召喚術師になりたいと思っている」


 気分は目指せ、召喚獣マスターである。権利問題が怖いので元ネタは思い浮かべない事にする。


「鍛え直したいんだろ?たぶん、俺が行くのは生半じゃいけない旅だし……どうだ?」


 メネウは右手を差し出した。


 たぶん、この男は受ける。何となく確信があった。


「……英雄や神獣、魔獣に会うだと? ……くくっ、やることが派手な男だと思ったら、言う事まで派手か。いいだろう、乗った!」


 メネウの右手に、ラルフの右手が重なった。


 と、そこにスタンがペッと何かを吐き出した。


 例の魔剣だ。


 右腕はどうしたのかは謎のままである。


 その魔剣をラルフが恐る恐る握るが、今度は侵食される事も無いようだった。


「じゃあ、装備は後で整えてやるから、とりあえず臭い飯食ってこい!」


「は?」


 居たぞ、という声と足音が複数聞こえてきた。バレットを先に返してから、充分な時間が経った。


 メネウは理由に納得はした。右腕を斬ることで多少はうさも晴れた。


「魔剣のせいでした、制御できませんでした、って言えば情状酌量もあるだろ。一週間くらいプライド粉々にして生活してこい、それから旅に出るから」


 それと、責任は別である。


 ラルフは呆れたという顔をして、苦笑し、大きく息を吸って吐いた。


「……了解した!」


 潔い返事である。


 色男が雑居房生活なんて、変な奴に目をつけられないか少し心配にもなったが、なんせステータス3桁の男である。


 せいぜい頑張って綺麗な体で出てきてほしい。


 メネウはスタンで確保して居た実行犯とラルフを兵士たちに引き渡して見送ると、スタンに乗ってハーネス邸へと帰った。


 今はバレットの無事を祝おうと思った。

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