第19話 神獣創造

 メネウは屋外に出ると、すぐさまスタンを大きくして空に飛び上がった。


 地上は人が捜索している。ならば自分は別のアプローチに出るだけだ。


 空からチータの気配を探り、大まかな方向に検討をつける。


 目立つので、雲の上まで上昇した。


 風魔法を使って自身に掛かる風圧や空気抵抗を0にする。


 気配に任せて飛んでみたが、そんなに遠くにいる訳では無いようだ。


 そこは、小屋だった。


 ハーネス邸の裏に連なる山、その山の中腹に打ち捨てられた小屋。


 高度を落として様子を見たが、屋根は腐りかけているボロ小屋だ。そこからチータの気配がする。


「足跡を誤魔化されたらまず気付かないだろうな……」


 何故なら、それだけボロボロになるまで放置されたために、そこに通じる獣道すら無いからだ。


 まず、小屋がある事に誰も気づくまい。


 当然ながら山にも捜索隊は入っているが、足だけでは見つけられないだろう。


(うっかりバレットに怪我させるのは、嫌だな……)


 ここでチータに神獣創造を使っても構わないかと思ったが、小屋が崩れる可能性がある。


 バレットはまず間違いなく身動きが取れないだろう。怪我をさせる可能性が大きい。


(となると、これしか無いわな)


 メネウはスタンを駆って小屋に向かい、真横に飛び降りた。


「な、なんだてめぇ!」


 風を切る轟音と揺れる小屋に驚いて犯人の一人が顔を出した。


 知らない顔だ。


「どーも、バレットの友人です」


 だから通るよ、という挨拶程度の気軽さで、出てきた男との距離を一息に詰めて手刀で落とした。


 前の紛い物では無い。【忍】や【行者】といった職業の人にならった本当の手刀だ。


 メネウは、ここまできたら騒ぎになってもいいとは思っていた。


 バレットに害が及ばなければ問題ない。


 害が及ぶ前に制圧する。


 だから、急いだ。


 それは常人には見切れないスピード。メネウの時間操作で行われる自己加速。


 バレットが居たのは粗末な小屋の奥の部屋だった。もともと部屋が二つに土間だけの粗末なものだったから、制圧と発見はメネウが着地してから1分以内に行われた。


 バレットの猿轡を外してやる。


「メネウ、様……」


「迎えにきたよ、一緒に帰ろう」


「い、いいえ、いいえ! 逃げてください!」


「バレッ…」


 ト? と、聞く暇は無かった。


 気配がした瞬間、バレットを抱えて小屋の壁を突き破り外に転がり出る。壁が腐りかけていてよかったです!


 メネウがいた場所に、鬼が一体、立っていた。


 紫色の剣が右腕からぶら下がっている。侵食されて一体化しているようだ。


 前に見たときには全身鎧の美形だったと思うのだが、今はどうだろう。


 右腕から悍ましく浮き上がった血管が、顔にまで達している。


 歪に鎧まで巻き込んで同化し膨れ上がった筋肉の右腕。


 何より、醜悪な表情。


 騎士ギルドの総まとめをしているという若き騎士、ラルフ卿である。


「待っていたぞぉ……」


「待っていた? 話すのも初めてなのに? 俺を?」


「そうだぁ! おま、お前は、お前は邪魔だ! 殺す!」


「……はぁ~~?」


 メネウにとっては意味のわからない事である。


 しかし、これだと身代金の要求が無かったのは頷ける。


 たぶん、この男が黒幕だ。俺を誘き出すためにバレットを攫ったと考えていいだろう。


 騎士は私闘はご法度、だから人目につかない場所に俺だけを誘導する。その為に空からしか見つけられない場所に、俺が探しに出るだろうバレットを攫ったのだ。


(あ、これ許せないやつだ)


 プチン、とメネウの中で何かがキレた。


 目の前の男を放っておいて、メネウは悠々とバレットの縄を解いた。そして、チータに例の銀の足環を嵌めてやる。


「何をしているぅ……殺すぞぉ……」


 理性が飛んでしまっているラルフ卿を放っておいて、メネウは淡々と作業を済ませた。


 ラルフ卿が動けないのは知っていた。


 そして、足環をつけたチータに手をかざす。


 イメージする。


 何からも彼女を護る事ができる、強く青い鳥を。


「きゃっ……!」


 チータが白く光った。そして、美しく長い尾羽を持つ巨大な孔雀のような鳥が、メネウ達の頭上を旋回していた。


 ラルフ卿も、ぽかんと見上げている。


「バレット、先帰ってて。ハーネスが心配してる」


「で、ですが」


「大丈夫。チータが居るからね」


 バレットのすぐ隣に着地した青い鳥を見上げると、知性のある瞳でこちらを見返してくる。


 あのやきもち焼きの小鳥とは思えない落ち着きようだ。


 チータが羽を広げたので、バレットを背に乗せてやった。


「チータは小さくなれって思ったら小さくなるから。さ、屋敷に行って」


「メネウ様、あなたは」


「大丈夫、すぐ帰るよ」


 飛び上がった青い鳥を見上げて、メネウは笑って手を振った。


 すっかり置いてけぼりのラルフ卿である。


 彼は動かなかったのではなく、動けなかった。


 スタンが、彼を見ていた。上空から、まるで餌を見るかのように。


 この時、ラルフ卿は単なる餌であり、捕食者から如何にして逃げるかが大事なただの虫けらであった。


 たかだか3桁になっただけの、英雄でもない男。しかも剣に呪われている。


 スタンは正しく神獣である。神の化身として描かれ造られた、存在として強者なのである。人間は、彼の前では等しく弱者でしかない。


 たまたまメネウはスタンに対して絶対的な権限を持っているだけだ。


 逃げ場は無い。動いたら食われる、という危機感で、ラルフ卿は動けずにいた。


(このままスタンに食わせてもいいけど、ちょっとそういうの通り越しちゃったかな)


 メネウは面倒くさそうにポーチに手を入れる。


 そして取り出したのはいつものスケッチブックと絵筆、ではなく……。


 この世界で最初に持たされた短剣だった。

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