第13話 そらとぶ!ホルスたん

 メネウは剣士が繰り出す斬撃を後ろに飛んで回避した。


 上半身はぶらさず、視線もあげずに一息にギルドの屋根まで膂力だけで飛び上がる。描きながらだ。


 メネウが居た場所は靴の形に凹み、そこに大剣がザンッと刺さった。


「術師の体術じゃねぇだろ……」


 屋根の上までの跳躍に、からぶった大剣を構え直しながら剣士がつぶやいた。


 それもそのはずで、メネウの攻撃力も防御力も本来人が生涯かけてレベルを上げカンストさせた『その先』の数値に達している。


 一般人のステータスは基本2桁、相手の剣士も精々3桁に乗った程度だという事を、幸か不幸かメネウは知らなかった。


 雨樋の上に器用に爪先でしゃがみ、一心不乱に筆を滑らす事30秒。


 神絵師のスキル効果でやたらと描き上がりまでが早い。


「できた!」


 嬉しそうに叫んだメネウが雨樋から飛び降りると同時、スケッチブックを地面に向ける。


 すると、地面すれすれで巨大な隼が現界した。


 メネウの体を乗せて巨大隼が羽ばたく。


 メネウは隼を駆って一度空高く舞い上がると、剣士に風圧だけが当たるように、体が当たらない『体当たり』を命じた。


「うわぁあ!」


「…….っ!」


「飛んじまう!」


 ギャラリーからも悲鳴が上がる程の風圧の体当たりは、剣士を文字通り吹き飛ばした。


 視界の端でバレットが隣の男にしがみついているのが見える。野郎ちょっとにやけてんじゃねーぞ。


「うっ……!」


 井戸に当たって剣士が気絶したのを見て、メネウは屋根の上に隼をそっと着地させた。


 首を撫でながら下に居並ぶ冒険者を見下ろすと、審判を買って出た男がメネウの方に腕を上げた。


「しょ、勝者、召喚術師メネウ!」


 賭けで負けたものが大半なのだろう。


 何人か歓声をあげたが、大方は青色吐息だ。


 それとは別に、ギャラリーの何人かが剣士に駆け寄っている。


 メネウは隼を屋根に残したまま、屋根の上から飛び降りて剣士に駆け寄った。


「大丈夫か?」


 呼吸はあるようだが、動かすのも危険な様子だ。


「声を掛けても意識が戻らない。どこか打ったのかもしれないな」


「医療ギルドに人をやろう」


「待ってくれ」


 メネウがそれを止める。


「俺との練習試合でこうなったんだし、俺が見るよ。ここに治癒師がいないってことは結構忙しいんだろ、医療ギルドって」


「あ、あぁ、だが……」


「たぶん、大丈夫」


 昨日、魔法一覧を見たときに目に入った『サーチ』という魔法があった。


 あれが変換された言葉だとしたら、メネウの思った通りの魔法であるはずだ。


「初めてやるから自信は無いけどな……」


 誰にも聞こえないようにつぶやいて、メネウは剣士の体に両手を向けた。


「サーチ」


 黒い魔法陣が展開して、剣士の体を通り過ぎる。脳内に文字列で『脳震盪』『打撲』『腰痛』『ヒールによる回復が必要』という文が浮かんだ。


(脳震盪と打撲か……、腰痛はこれ持病だろ。……たぶん基本的な魔法なら使えるよな。俺にわかるように変換してる、って事なら……)


「ヒール!」


 此方は一覧で確認出来ていないのでお試しである。目を瞑って、えぇいままよと唱えた。


 ヒールを唱えると、今度は白い魔法陣が展開した。魔法陣の光が剣士の体を包んで消えると、剣士は意識を取り戻す。


「あてて……痛く、ない? あれ?」


「よかった。……やり過ぎた。ゴメン」


 頭を抑えて起き上がったが、何の痛みもないことに不思議そうにしている剣士に、メネウは手を差し出した。


 その手を取って立ち上がりながら剣士は苦笑する。


「召喚術師を甘く見ていたこっちが悪い。回復してくれてありがとう、メネウ」


「いえいえ。えーと名前は……」


 流されるままに試合になったから名前を覚えていなかった。


 剣士は声を上げて笑うとしっかりと握手を握り直す。


「俺はダン、だ。よろしくな!」


「はぁ、はい。ダンさん」


 よろしくするかは分からないけど、と思いながら握手を返した。なんだか暑苦しい人だな。


 正直なところ、メネウは一応登録しただけで、さらさら働く気は無かった。


 少なくとも有り金全てを使い切るまでは。


 ただもう絵だけを描く気満々だったのだ。


 一応いつでも仕事ができるように、そして怪しまれないように、登録だけ済ませておくつもりだったのだが、思わぬ展開になった上に周りは期待の眼差しで此方を見ている。


 今にもパーティに勧誘されそうな視線の嵐にメネウは青筋をたてると、ハラハラしながらこちらを伺っていたバレットの手を取り、ギルドの建物向かって駆け出した。


「きゃっ……!」


「おい、メネウ!」


 バレットの小さな悲鳴も冒険者たちの呼び止めも気にせず、隼に、来い、と頭の中で命ずる。


 地上スレスレに落下してきた隼にバレットを抱えて飛び乗ると、空高くに上昇した。


「メ、メネウ様~~?!」


 ごうごうと風を切る音から、並行飛行に移行した所で、バレットの悲鳴が止んだ。


「凄いですね、まさか飛行獣に乗れるなんて……」


「珍しいの?」


 メネウの問い掛けにバレットがこくこくと頷いた。


 物珍しそうに何度も下を眺めている。


「飛行獣は、人や荷物を載せられる空飛ぶ獣を指します。……空飛ぶ魔物は多いのですが、何かを載せられる程の力を持つのは高位の魔物や神獣なのです」


 バレットは羽毛を気持ちよさそうに撫でている。


 チータが少し嫉妬して自分の体を押し付けているが、今のバレットは空の旅と巨大隼に夢中なようだ。


「なるほどな~~……、まぁコイツも神獣って事になるのかな」


 後半は独り言だ。


 隼が聞こえていたかのように甲高く鳴いた。その通りだと言わんばかりに。


 ホルスもセケルも隼の頭を持つ神である。ホルスに至っては隼の神でもある。


 試合にまでなった腹いせに巨大隼で「薙ぎ払え!」をしたら痛快だろうという不純な動機で召喚したが、しっかりモチーフは反映されているようだ。


(思った設定がしっかり反映されちゃうのね。……じゃあ消すのももったい無いしなぁ)


 先程からメネウは町の上をぐるぐると巡回していたが、バレットが恥ずかしそうに袖を引いてきた。


 だいぶ人目についてしまったらしい。下から騒めきが聞こえる。


「ごめんごめん、帰ろう」


「はい、すみませんお考え事中のところ……」


「いや、俺も目立ちたかったわけじゃ無いから……止めてくれてありがとう」


 ハーネス邸へ進路を決めると、隼はそちらに向かって羽ばたいた。


 上から見たハーネス邸は、見事な迷路を庭に有していた。低木の植え込みで出来た緑の迷路だ。


 幸い、ハーネス邸の庭は広い。館のとなりに空き地を見つけたので、メネウはそこに隼を着地させた。


 先に飛び降りて、バレットに手を貸してやる。


「空の旅なんて貴重な体験でしたわ。ありがとうございました」


 バレットは心底嬉しそうに笑って頭を下げると、館の中へ先に帰って行った。


 拗ねたチータのご機嫌を取っている。いつもの逆だ。


 メネウは隣でおとなしく羽を閉じた巨大隼を見上げて考えた。


「……小さくなる道具でも作るか」


 隼が甲高く鳴く。それは名案だ、と言わんばかりだった。


 メネウはその場に座り込むとスケッチブックを開いて道具をデザインした。大きくしたり小さくしたりが自在の道具をイメージする。


 鳥の足首に着ける金の足環を作ると、早速隼の足に嵌めてみた。


 隼が光ったと思うと、足環ごとチータのようなデフォルメされた鳥になる。


「ピロ?」


「お前の鳴き声はそれなのね」


 早速肩に乗ってきた隼の胸のあたりを指で撫でてやる。


「名前なぁ、名前……、バレットに見つかったらピロリにされるだろうからなぁ……」


 菌っぽいので勘弁して欲しい所だ。


「ホルスたんのイメージだから……スタン。スタンでどう?」


「ピ!」


 嬉しそうに鳴いたスズメのような鳥が、メネウの頭の周りをぐるりと回って肩に戻ってきた。


(あぁ、これ、逆もできないもんかね……?)


 バレットはずいぶん空の旅を気に入っていたようだった。


 メネウはいそいそとスケッチブックを取り出すと、スタンにつけた足環の銀バージョンを描き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る