第9話 戦闘、再び

「お疲れ様でした、メネウ様。ステータスは表示できるようになりましたか?」


 バレットが迎えてくれた時には、礼拝堂はすっかり夕暮れ時だった。


「あぁ、これでどう?」


 メネウが右側に意識をやると、ぴこん、と背後が透ける青い画面が表示された。


 名前、性別、年齢、レベル、そして職業が書いてあるステータスウインドウだ。


 職業の欄には【召喚術師】と書いてある。


「まぁ、召喚術師になられたのですね」


「あぁ。そのチータも召喚したようなものだし」


 戻すところはないから出しっ放しだけど。


 消えろって念じたら消えるのかね? 泣かれるのが怖いのでやりませんけど。


「では、やっと私のステータスも見て頂けますね。双方表示できないと相手のステータスも見えないんですの」


 バレットがそう言って自らのステータスを表示する。


 年齢は18歳で職業は魔法商人、レベルは37か。


「魔法商人と商人はどう違うの?」


「魔法商人は商売に魔法を使えるんですよ。主に輸送や品質保持にですけれど。ただし、心理操作系などの魔法はご法度ですから、必要があれば使える魔法も開示します」


「魔法、見れるのか。どうやるの? 自分のが見たいんだけど」


「自分のステータスウインドウに触れながら、魔法と思い浮かべて横にスライドさせる感じでしょうか……?」


 やってみようと右手を伸ばしたところ、いきなりその腕に何かが飛びついてきた。


「ダメ! です!」


 正体はシスターである。懸命に腕に抱きついてくれているが、あの、当たってますから。柔らかいものが。


 じゃなくて、分かりましたから。手を離しても大丈夫ですから。


 目元と鼻が赤いのはさっきまで泣いていたからですね。感動のあまり。


 こんなぶっちぎりのステータスはまぁいないそうで、記録をとりたいというのを何とか宥めすかして出て来たのだ。


「メネウさんは一度お一人でステータスを確認されてからの方が良いかと思います!」


 確かに。


 今日は目の前で2人の人間に泣かれている。これ以上泣かれるのはごめん被りたい。


「それもそうだな。ごめんバレット、教えてくれたのに」


「いいえ、個人情報ですから」


 バレットは笑って許してくれた。チータがそのバレットの頰にすり寄っている。


 もしかして、延々とご機嫌を取り続ける機能でも付いているのだろうか。


「シスター、そろそろ俺ら帰ります」


「あっ、はい! 失礼しました」


 ようやくメネウの腕を離した彼女が、居住まいを正して門の外まで送ってくれた。


 彼女に別れを告げてバレットとすぐ隣の(とは言え暫く歩くのだが)ハーネス邸へと帰る。


 その道すがらであった。


「待ってたぜぇ、ハーネスの娘っこぉ……」


 ゴロツキらしいむさい男が10人は居るだろうか。


 髭面に武器を構えている姿はいつお巡りさんに捕まってもおかしくないと思うのだが。お巡りさんどこ。いや、兵士さんか。


「あなた達は……?」


 バレット嬢が果敢にも尋ねる。


 今はステータスのお陰か、全く怖く無いんだが、もし前の世界でこんな奴らにかこまれたら秒で土下座していただろうなぁ。


「バレット、下がってて。ちょうど腕試ししたかったんだ」


 彼女を左腕で制して進み出る。


「はじめまして。彼女の知人です、何の用ですか?」


 一先ずは対話を試みるが、相手は武器を構えている。


 対してこちらは丸腰2人だ。バレットも隣に行くだけだからと杖を置いてきたのだろう。


「うるせぇ! そいつの親父さんに一泡食わされたんだよ! 娘の一人でも陵辱しなきゃ気がすまねぇ!」


「なるほど、やる気満々なんだな。わかった」


 どうぞ、と手の甲を見せて来い来いと挑発したところ、効果は覿面だったようだ。


 顔を真っ赤にした髭面の男が、片手剣を振り上げて襲いかかってきた。


 元々バレットを殺す気は無かったのだろうが、邪魔な男なら殺していいという事なのだろう。


 斬りかかってきた剣の腹を片手でつまむと、うっかり剣がひび割れた。


 メネウは慌てて力を緩め、適度に掴んで男の手から剣を奪った。


 その剣をバレットの後ろの方へと放り投げる。


 男が呆然とした顔でこちらを見たが、その間に残りの男が束になって襲いかかってきた。


「ほっ」


 動きが見切れる。危なげなく一斉に襲いかかってきた男たちの目の前から姿を消し、後ろに回って2人の男の頭を思い切り掴んでぶつけさせた。


 めしゃ、という鈍い音がして気絶した男2人を放っておいて、残りの空振りした男たちを、アクションアニメでよく見る、見よう見真似の手刀で落としていく。


 といっても、メネウが手刀だと思っている攻撃は、骨が折れない程度の重さで思い切り脳を揺らす打撃が入っているにすぎない。


 手刀はテクニックだが、これは単純な力技だ。


「ありゃ」


 横から矢が飛んで来たので咄嗟に左手で握ったが、握るタイミングを間違えてやじりを握ってしまった。


 左手から血が出る。じんじんとした熱のような痛みがあるが、矢を射ったと思われる男がガッツポーズをしている。


 この程度の痛み、おたふく風邪で扁桃腺が腫れて頭を殴られ続けるような頭痛でもどうしても落とせなかった特番アニメの原画をやっていた時の拷問に比べれば、緩い。


「やったぞ! それで動けねぇだろ、神経毒だ!」


「それが、動けるんだなぁ」


 身体異常耐性ありがとう。無くてもいいなとか言ってごめんなさい。


 後で回復魔法も試してみよう。あぁ、利き手じゃ無くて良かった。


 メネウは遠距離にいた3人へ飛ぶようにして距離を詰めると、3人それぞれの脚を順番に引っ掛けて転がし、素早く鳩尾を蹴って気絶させた。


 本人は軽く蹴ったつもりなのだが、その一撃が重い。


 こうして10人からなるごろつきを地面に沈めてみると、最初に襲いかかって来た男だけが意識があった。


「で、彼らと同じように意識を失ってから捕まる? それとも、意識のあるまま捕まる?」


「このままでお願いします!」


 逃げられるとは考えなかったらしい。


 圧倒的な実力差の前に腰を抜かしている。


 バレットに指示を出して、屋敷に走らせ護衛兵を呼んで貰った。


(転生初日ってこんなに忙しいんだなぁ……あぁ、いい夕焼け)


 絵が描きたい、と思いながら出血している左手を抑え、空を仰いだメネウである。


 これからもっと忙しくなるとは夢にも思わずに。


「あ。ナイフ、使うの忘れてた……」

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