第10話 うまい話には事情がある
「実は、今困ったことが起きていまして……」
何も裏があるとまでは言わないけど、やっぱりハーネスは何かやっかい事を抱えていたらしい。
あの後、娘が襲われたと連絡を受けて飛んで帰ってきたハーネスが、また顔中をぐしゃぐしゃにして感謝してきた。頼むから鼻水拭いて。
無傷の男以外は適切に治療され、離れの一つで護衛兵に監視されて軟禁状態らしい。
メネウも、自分で回復魔法を使う前に、兵士さんが回復してくれた。
そして軽く腹拵えを済ませ(転生して初めての食事はサンドイッチとスープだった)、居間でハーネスとバレットと向かい合っている状態だ。
「ギガントロールに襲われたのもそうなのですが……呪いの品を摑まされてしまったのです」
「はぁ、呪い」
いまいち信じがたいが、ここはファンタジーの世界だ。そういう事もあるのだろう。
「私はスキルの【鑑定眼】を持っていますので、私が直接取引をすれば問題無かったのです。しかし、後進を育てる意味でも大きな取引を任せたところ……初めての取引相手というのも悪かったのでしょう。何かしら敵を引き寄せる呪いのかかったアイテムが混ざっていました」
詳しく話を聞くと、呪われたアイテムを好んで集める好事家もいるらしいのでそちらに売り払おうとしたが、手放そうとすると何かしらの不備が起こるらしい。
相手の家が燃えたり、相手の店が倒産したり。
そんなに呪われたアイテムを持っているから当然なんじゃ、とは思ったが、どうやら【結界師】という職業の人が結界で覆ってしまえば問題ないという事。
一旦手放すのは諦めて、結界師に頼もうとした矢先に、別の取引で予想外のトラブルが起きた。
契約していたよりも品が悪くなっており、トラブルが起きたと。
その取引相手が先ほどの男たちだったらしい。
茶葉の輸送を頼んだのだが、大時化で茶葉の保存状態が悪化して茶葉の風味が随分と落ちてしまい、規定の料金ではとてもじゃないが取引できなかったそうな。
ギガントロールに襲われたのは【結界師】に会いに行くために隣町に移動しようとした矢先だったとか。
「たしかに、めちゃくちゃついてませんね」
ついてない、で片付けていいものか分からないが、これからお世話になる拠点がこの状態ではおちおち絵も描いていられない。
「それでもう、困り果てて……はい……商業ギルドの運営にも支障をきたす事になってしまっては大変ですので、早急に手を打たなければならないのですが……」
憔悴しきった顔でハーネスが俯く。手が震えていた。
想像以上の重圧なんだろうな。自分のせいで人気アニメ1話落とすかも、と考えたら確かに胃がすくみ上る。きっとそれ以上だ。
「うーん……、期待しないで少し待っててください」
今後お金を預けて利息を健全に回収するため、拠点を提供してもらって気ままに絵を描いて暮らすため。
何かしらちょうどいい魔法があるかもしれない。なんか、魔法七属性って書いてあったし。
一言断りを入れて部屋の外に出ると、先程教わった通りに魔法の一覧を出してみた。
実に長いスクロールバーのついた魔法一覧が出てきたので、メネウはため息を吐いて一度ウインドウを閉じた。
(だめだ、魔法の知識が無いから名前を並べられてもさっぱりわからん。わからんのに、この一覧は異常に盛られている事だけは分かる。考えろ俺、どうにかしろ俺。呪い……結界……)
扉の前でうんうん唸っていたが、はっとポーチの中のスケッチブックと絵筆に思い当たった。
「何の呪いも通さない入れ物……を、作ればいいんじゃないか?」
万物具現化って事は要するに『何でも作れる』って事だよな?
絵筆とスケッチブックを手に部屋に戻り、ハーネスの前に腰かけた。
「何とかできる、かも、しれないデス」
自信は無いので敬語である。
「ほ、本当ですか?!」
藁にもすがる思いであろうハーネスが飛び上がる。
「現物の大きさ次第ですが……」
あんまり大きな入れ物を作ってもその後使い道も無い。できれば小さくあれ、と思ったのだ。
ハーネスが懐から取り出したのは、女性用の腕輪だった。
宝石がいっぱいついた煌びやかな金の腕輪である。
一見普通に見えるのだが、これが呪われたアイテムらしい。つーか持ってたんかーい。
「こちらなんですが……」
「あ、はい。大丈夫だと思います」
メネウは早速、この金の腕輪を仕舞うのに相応しい宝石箱を描き始めていた。
前の人生では、パソコン作業でショートカットキーに山程お世話になっていたが、この絵筆なら脳から直結だ。めっちゃ早く描ける。
あっという間に呪いを弾く宝石箱を描いてしまうと、それに対して「具現化しろ」と念じるだけで、スケッチブックの上に宝石箱が起き上がった。
背面デザインも描いた二面図だったが、なかなかどうして優秀である。ちゃんと一つの箱が現れた。
中は豪奢な天鵞絨張りである。
「これに入れて【鑑定】してみてください」
「は、はぁ……メネウ様は、一体……?」
「どうやら俺は召喚術師が向いてたんで。これは異世界から召喚した呪いを通さないアイテム」
自分の頭という異世界からだけどな。
「確かに、洗礼を受ける前からメネウ様は私にチータをくださいました」
「何?! しょ、召喚したものをそのまま現界させておけるのですか?!」
「えっ、あっ、ハイ。たぶん」
なんせまだ1日も経っていないから検証不足だが、具現化という事は、具現したものはそのままって事だよな? きっと、たぶん、メイビー?
魔法は魔法として描いたらその役目が終わったら消えるのだろうけど、結局、何を思って描いているか、のイメージ次第なんだろうと思う。
細かい条件設定はそこで決まる。……はずだ。今夜絶対に問いただすからその後確定にしよう。
恐る恐るという風にハーネスは箱の中へ腕輪を収めた。ちょうど腕輪が一つ綺麗に収まるサイズで、その蓋を閉じてハーネスがスキルを使う。
「うわああ!」
「パパ?!」
バレットは気を抜くとパパと言ってしまうのだろう。
「の、呪いが……無い!」
「えぇ?!」
「いえ、メネウ様を疑っていたわけではないのです、ないのですが……」
「お気になさらず。俺も成功して安心した」
何とか呪いを封じる事に成功したようだ。
「本当にありがとうございます……! このご恩をどう返していいのか……!」
「厚かましいと思うんだけど、無期限で置いてくれないだろうか。仕事を見つけたらちゃんとお金を入れるから」
「お金は結構です! いつまでもいてください!」
ハーネスが胸を叩いて請け負ってくれた。
これでメネウの拠点は盤石のものとなる。
彼が思うよりも、ずっと。
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