第3話 最低限文化的な見た目

 気がつくと森の中にいた。すぐ隣には小川が流れている、ひらけた場所だ。


「はぁ、これが異世界……」


 言われてみれば空気が違う。なんというか、濃厚だ。


 木々のにおい、草のにおい、川のにおい……、嫌なにおいは無いが、どれだけ今まで雑然とした空気の中で生活していたかが分かる。


「新しい名前はたしか……、メネウ、だな。夢にしてはよく出来てる……」


 まだ夢だと疑っている和也改めメネウの手元には、一通の手紙と短剣、皮袋に入った硬貨らしきもの、何故か絵筆が一本とスケッチブックが一冊置かれていた。


「ん……?」


 手紙を持つ手が思った以上に健康的だ。骨が浮いていた元の体と違う。


 慌てて川を覗き込むと、緩やかなせせらぎにメネウの姿が映った。


「なん、なんだこれ……」


 ぺた、と頰に触れる。川の中のメネウも真似をした。夢じゃない。自分だ。


 自分の顔に張りがある。


 年の頃は同じ20代前半だろう。


 茶色がかった黒い瞳も、短く切り揃えた黒い髪も一緒だが、肌がくすんでいない。頰もこけていない。


「なかなかのイケメンじゃねぇ?」


 立ち上がると、前よりも視線が高いところにある。服装は生成りのシャツにローブ、ズボン、ブーツか、と確かめた。


 適度に筋肉が付いている。体が軽い。


 ようやくしゃがんで手紙を開いた。


 案の定セケルからだ。


『メネウさんへ

夢じゃありませんよ。覚えていますか? 

セケルです。

まずは、転生成功おめでとうございます』


 失敗もあり得たのかよ。


『あなたの姿は、あなたが健康的かつ文化的に生活していた場合、の姿で作っています。年齢は一緒です』


 どれだけ不健康な生活してたんだ? と自分に対して少し呆れる。


『次の紙に取り決めた事について記してあります。基礎的な社会通念や常識はそちらで学んでください。遠い国から旅をしてきたが、途中崖から落ちて記憶喪失になった、と言えば大体は解決しますよ』


 乱暴。解決方法が乱暴。


『あなたの転生ボーナスも次の紙に記してあります。そうそう、ステータスという形が分かりやすいと思ったので、ステータスが見られる世界にしておきました』


 何それ何の気遣いですか、ありがとうございます。後で開いてみよう。


『異世界での新しい人生を楽しんでください。あなたはもう、メネウなのですから』


 そう手紙は締めくくられている。2枚目以降は本当に書類といった形で、取り決めなんかを分かりやすくまとめてあった。


 読むのはとりあえず後でいいだろう。ここで読んで夜になったらシャレにならない。キャンプなんて小学校以来だし。


「とりあえず町に出ないとだよな……、泊まるところ探さないと」


 手紙には現在地にばつ印のついた地図も添付されている。このまま川に沿って歩けば町に辿り着けそうだ。


 腰に大きめのポーチが付いていたので、一先ず置いてあったものをポーチに詰め込んで、メネウは町へ向かって歩き始めた。

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