私の値段

リーマン一号

私の値段

ネオン広がるピンクな背景に煌びやかな光彩が走り、人の欲望が我が物顔で闊歩するこの街は、今や私にとって唯一の舞台。


メイン通りから少し外れた軒先にはその手のお店が立ち並び、そのうち一軒には私の偽名がプレートに刻まれている。


60分42000円。


それが私の値段。


・・・何の?


そんな野暮なことは聞かないで頂戴・・・


地方から女優を目指して上京し、長い下積み時代を経てようやくスタートを切ったはずなのに、次から次へと現れる若手に少しづつ席を奪われ、気づいたときには谷底の底の底まで転げ落ちた。


一時期はファンクラブまで立ち上がった私の人気はもはや見る影もなく、女優という肩書につられてやって来た酔狂な客もついぞ消え失せて今やたったの42000円。


ここの相場は30000円という事実を鑑みれば、素人に毛が生えた程度の女ということでしょう。


「田舎に帰ろうか・・・」そんな弱気な言葉が何度も頭をよぎっては葛藤し、眠れぬ夜を過ごした。


家族ですら「もう十分じゃないか・・・?」と私に挫折を求める毎日。


でも・・・。


それでも、私は諦められなかった。


稼いだ金は再び女優という大舞台に立つためにつぎ込み、スタイルや容姿はもちろんのこと、演技力に磨きをかけるためにスクールに通い、語学や様々な分野にも時間を費やした。


なぜここまでするのだろうか?


私はよく自分に問うてみた。


期待しているからだろうか?


こんな地の底にもきっと光が差し込んで来ると、少女のように白馬の王子様の登場を待っているからだろうか?


いいえ。


そうではないことは自分が一番わかっている。


震える足に力を入れ、必死に大地を踏みにしるのは唯一たった一人の為。


表舞台を引いてから落ちぶれてしまったこんな私の為に、42000円を支払って何をするでもなく私を励まし続けるたった一人のファンの為。


私は地の底であがき続けるのだ。


怪しく光るネオンの光は絶えず私に降り注ぐが、私はそれを睨み返した。




・・・





「カット!」


静寂の中から生まれた一言によって薄暗い部屋にまばゆいばかりの光が立ち込めると、こんなに人がいたのかと思わせるほど活気だち、多くの人が私に駆け寄る。


「お疲れ様ですー!」


「素晴らしい演技でした!」


「今日の撮影はここまでです!」


私はその声に一つずつ丁寧に返事を返しながら、舞台端で私の活躍を見ていた人の下へと歩を進める。


目じりに涙を浮かべながら私を待っているその人の下へ。


「信じてくれてありがとう」


私の目いっぱいの感謝の気持ちを伝える為に・・・。

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