冬尽くす
平成最後の冬が終わって立春過ぎたというのに、二月は十一日の朝、それまでの冬よりも更に寒く、未言屋店主の奈月遥は布団に包まっていた。
起きる気力もなく、ぐだぐだと寒さを言い訳に布団の中でアプリゲームの周回をしていたところ、母親からの通知が来た。
『東京、雪降ってるの?』
奈月遥は首を傾げた。今日の予報は昨日まで雨だったはずだ。
それに、九日にもう雪は降っている。その日に到来した大寒波の冷気と降雪をして、「冬が残りを出し尽くす」と意味を込めて、『冬尽くす』という未言を産み出したばかりで、今更雪が降るなんてないだろうと思いつつ、のろのろと布団から這い出て窓を開けた。
「雪じゃん」
それはもう見事に、九日よりもしっかりと纏まった綿雪が降っていた。
寒さが暖房を効かせた部屋にこれ以上入らないように、窓を閉めてから母に『降ってる』と一言だけ返信する。
それから、電車も遅れてると情報があるのに、九日は早締めしたのに今日は何の連絡も来ない職場に不満を抱きつつ、休みたかったと自堕落な気持ちを持ちつつ、また窓を開ける。
九日の雪では冬尽くしきってなかったのかと、懐かしい会津を想いながら雪を見ていたら、そこに優雅に踊る未言巫女を見つけた。
「お母様、ごきげんよう! まさかこうして産み出されるだなんて、夢にも思わなかったわ! こんなにみんなに待ち望まれていただなんて、わたくしは誇らしくて嬉しくて、張り切ってしまうわ!」
「え、これ、わたしのせいなの?」
歓喜に溢れ感動に突き動かされるままに踊り、雪を増やし、冷気をさらに凄まじくする冬尽くすの未言巫女を見て、奈月遥はそれでも、いや自然現象だからと内心で責任逃れを決める。
とりあえず、思っていた通り傍迷惑な性格していた未言巫女は見なかったことにして、奈月遥は窓を締めて出勤の準備をする。
家を出た時には、雪は微かで儚くなり、もう止む気配を見せていた。
冷気ばかりは、先日よりも指し凄んでくるのを察して、家を出る前に手袋をして守っている。
息が白く、それだけで会津の懐かしい冬を思い出した。やはり冬とは、雪が降る季節のことなのだ。
「そうよね、そうよね。静寂に満ちて凄まじく、頬が凍てるのに生きていることを実感できる、そんな素敵な季節が冬ですもの!」
横に現れた冬尽くすの未言巫女が、産みの親の思考を読んでテンションを上げて、その勢いに合わせて雪が強くなった。
「なんていうかもう、妖すと競り合うレベルね」
「あんなに人気がある人と比べられるだなんて、その愛に応えたくて仕方ないわ。本当にみんな冬が好きなのね!」
「ポジティブすぎる、この未言巫女」
空を仰いで吐いた息は、白く靄になって、なんとなく恋心を奈月遥に泡ぐませた。
「だって、一昨日は、その、わたくし、生れたたばかりで、みんなに愛されてるのを感じても、でもほんとかなって信じきれなくて、恥ずかしかったのよ。でも、恥じらってしまったら、全然みんなの期待に添えなかったの、心苦しくて、今日は思いっきりわたくしの最後を魅せてあげるって決めたの!」
それ、期待じゃなくて、予測とか予報とかいうものだから、と奈月遥は口に出さずにつっこんだ。
「わたくしに残った冬の全てを出し尽くすわ! 踊る時は後も先も考えないで! 今この時にそうすることこそが生きていることなのだと、高らかに示すの! Vive L'hiver!」
愛を込めたダンスを披露するように、冬尽くすがそれは楽しそうに、それ故にこの上なく美しく舞い踊る。
あ、これ、雪は納まるけど寒さは更に酷くなるやつだ、まじかよ、と奈月遥はもう気が重くて仕方なかった。
「え、もしかして、これ、わたしのせいなの?」
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