雨渡る、それから……

 平成三十年十月二十日。数日前に祖母が癌で余命数ヶ月を宣言されたと聞いた未言屋店主の奈月遥は、祖母のお見舞いと家に残る祖父への顔出しをした。

 幸いなことは、祖父と母が、祖母はずっと泣くほどの痛みを訴えていたというのに、お見舞いに行った時は薬のお陰か、痛みを感じてなく穏やかに話ができたことだ。苦痛なく過ごしてほしいと強く祈る。

 さて、奈月遥の両親は、祖父母がなにかあったときのため、祖父母の家の近くに四月に引っ越していた。この日も奈月遥は、母の家に赴いて、そこから病院に向かったのだ。

 母の家で、奈月遥は、米はまだあるのかと聞かれ、家にある一袋の減り具合を思案して答えた。

「二週間くらい後に送って」

「二週間?」

「二週間」

 それくらいで今ある米が半分を切るだろうと予測した言葉だったか、母は何言ってんだこいつと声を低く答える。

「今日持って帰れ。米五キロくらい担いで帰れるだろ」

「はぁ!?」

 ちなみに、奈月遥はここまで、約二時間かけて電車と徒歩で来た。そして手荷物は少なく、肩掛けのバッグ一つだけ。

「金ないんだから、余計な金使うな。背負ったら持って帰れるだろ、リュックあるか探して来る」

(あ、これ、確定して逃げられないやつだ)

 奈月遥は毎度ながらの強引なゴーイングマイウェイな母に内心、頭を抱えつつ、諦めた。

 探してこられたのが、リュックでなくてトートバッグであっても、もう抵抗する気力もなく頷いて、それで持っていくと意思表示する。

「ついでにほしい食材あったら持って行っていいよ」

 そんな言葉を受けて、奈月遥は、マッシュルーム缶一つと源氏パイを手に入れた。

「源氏パイ、持ってくの?」

「?!」

 母に指摘を受けて、悲しい表情になって奈月遥は源氏パイを元の場所に戻しかけたが。

「いや、持ってっていいけど、ボロボロになるぞ」

「いいの」

 そうして許可を受けた源氏パイを、絶対に大切に持って帰って、崩さないと決意した。


 お見舞いも終わって、電車で帰宅する途中、電車の窓を雨が激しく叩き始めた。

(うわぁ、洗濯物干してきたのに……家の方は雨大丈夫かなぁ)

 せっかく選択した衣類の心配をしつつ、電車の進行に合わせて流れていく窓の外に注意を払う。進む先の、自宅方向の雨雲は薄くなっていて、その端は途切れて空の光が見える。

 問題は、その雨の領域の境目が、自宅の手前なのか、奥手なのか。

 しかして、電車は雨を抜けた。

(よしよし、帰り道は大丈夫そうね)

 奈月遥は、日頃からしっかりと祈っている自分を褒めつつ、天気に守られたことを感謝する。

 乗り換え乗り継いで、五キロのお米が詰まったトートバッグを大切にしっかりと抱えながら、最寄り駅で電車を降りた。

 改札を出た直後、奈月遥は心の中で訝しんだ。

(ん? なんで出口にあんなに人が詰まって……傘を、差してる、人が、い、る……!?)

 駅の出口、屋根がなくなる場所で、奈月遥は立ち尽くした。細かな雨が地面を叩き、雨花が音を立てて咲き散っている。

(なんで!? 雨は抜けて、電車の中じゃ降って……はっ!?)

 奈月遥は気付いた。視線の先に、灰色の傘を差してにっこりと、友達を迎えたみたいな顔している未言巫女の存在に。

「追いかけて来ちゃった♪」

(あ、雨渡るっ!? 来ちゃったじゃないよっ!?)

 人目を気にして声は上げなかったけども、奈月遥の心の中は自分の絶叫が反響していた。

 空を見上げ、渡ってきた雨を見、雨花の様子を確かめる。

(今なら……行ける!)

 奈月遥はまだ強くない雨に決意を固め、トートバッグの開いた口から米袋へ雨当たらないように、自分の腕を盾にして、雨渡る中へと一歩踏み出す。

(よし、今日は冬物の厚いパーカーだから、この程度の雨なら防げ……雨が強くなってきてる!?)

「わーい、母様だー」

 雨に濡れて進む未言屋店主の姿、雨渡るの未言巫女は大はしゃぎで雨を強くする。

 風が渦巻き、雨が乱れ、横殴りになる。

(あああああぁぁぁぁぁ、洗濯物……もう、だめだ……)

 奈月遥は泣きそうになりながらも、進む。雨は建物を叩いていて、洗濯物の無事は絶望的に可能性が低くなった。

 そして、雨は冷たく、奈月遥は手足から体温が失われていくのを実感した。

(あ……指し凄む……)

 冷たくなって感覚のなくなる指先に、その未言を思い浮かべた。

 雨に顔が濡れないように俯いていたのを、ちらを上げれば、呆れ切った冷たい視線でその未言巫女が無表情を向けていた。

「いや、だから駅前のコンビニで傘を買えばよかったのよ」

「だって、行けると、思ったんだもん……」

 指し凄むの未言巫女に辛辣な言葉にもめげず、奈月遥は一層強くトートバッグの口を堅く閉じて、泣くのを我慢して進む。

家まで駅から十五分。ただその時間を耐えて足を動かし続けることで、奈月遥は家に辿り着き、雨渡る暴力から逃れた。

「うぅ、洗濯物……」

 荷物を床に置いて、濡れた体も構わず、奈月遥は洗濯物を取り込む。

 濡れ具合によっては洗濯のやり直しを覚悟しつつ、まずはバスタオルに手を当てて、動きを止めた。

「うそ、濡れてない!? ど、どれも濡れてないよ!」

 見事に乾いて雨の暴挙から免れた洗濯物の無事に喜びを噛みしめつつ、まだ降る雨に侵略される前に部屋の中へ取り込んだ。

「それにしても、天気予報じゃ今日は雨降らないはずだったのに降ったし、あんな酷い雨で洗濯物は無事だし、まるで妖されたようなき、ぶん……妖す?」

 奈月遥はふとそれに気付き、その未言巫女を見付けた。

 とっても輝かしいいい笑顔で、妖すの未言巫女が握り拳を高く掲げて勝利の宣言をしていた。

「あ、妖すーーーー!!?? あんたの仕業かっ!?」

「もっち! お米五キロを持って帰るというイベントを受けたんだもの、ちゃんとこの小説のネタになるようにがんばったよ!」

「あなたって子はーーーー!? そんなことをがんばらなくていいのーーーー!? なに、雨渡るも指し凄むも妖すが呼んだの!?」

「うん」

「母様と遊べるって妖すが言ったんだもん、わたしは何も悪くない」

「や、わたしは普通に自然の摂理で出てきただけだけど」

 今日も今日とて、未言屋の日常は平和です。

*タイトル『雨渡る、それから……』が妖されて『妖す 謀略編』に変わりました*

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