第114話 いっぱいあると便利なものな~んだ?

 有馬探偵事務所に寝泊まりしてはや3日。


 意外なくらい何事もなく平穏無事に過ごしている俺は今日もカーペットの住人と化していた。


 理由は簡単。


 そろそろ春なため気温が上がって来たこともありコタツでは暑くなってしまったので日光の当たるカーペットの上を陣取っているのだ。


 コタツも昨日片付けちゃったしね。


 たがコタツを片付ける際に猛反発した者もいたのです。


 勘のいい人はわかってるかもですが…はい、ネムトです。


『…いやだー!…断固反対ー!』


 持ち上げられたコタツの裏にタコのように張り付いて一時間抵抗していた昨日の光景が今も脳裏に浮かびます。


 このままでは埒が明かないので俺が彼女にコタツの代わりに何か渡すことで我慢してくれるよう頼み事なきを得たのだった。


 …で、その結果。


「……むにゃー…えへへー…」


 幸せそうに俺の腕の中でネムトが寝ることとなった。


 そう、コタツの代わりは俺だったのである。


 どうやら彼女の頭の中では


 俺 = コタツ


 こんな計算式が出来ているようだ。


 以降コタツが無くなった後は俺はコタツ人間としてカーペットで横になったままです。


 昨日の夕方くらいからな!


 …でもまぁなー。


 俺に抱きつかれたままのネムトは嬉しそうな顔でヨダレを垂らしながら眠っている。


 大人の姿のときとは違い寝癖だらけの髪にパジャマ姿で包まれたまま。


…こんだけ幸せそうにされたら逃げられないよ。


 喜ばしさと身動きがとれない悲しさの板挟みに合っていた俺の傍にクロネやツクモ、アヤネがお盆を持ってこっちに来た。


「ナユタ、ご飯なのじゃ」


「おーサンキュー」


 腕の中にいるネムトを起こさないように起き上がりクロネが「あ~ん」としているスプーンにかぶり付く。


「うまうま」


「先輩!こっちもどうっすか!」


 今度はアヤネのスプーンにパクり。


「もしゃもしゃ」


「ナユタ様、塩気もどうぞ」


 その次はツクモの唐揚げ。


「うみゃーうみゃー」


 腕が埋まっており妻たちから世話をされながら俺はふと思う。


 …ひょっとしてこれは介護されている?


 齢アラサーでこんな体験をしている俺は将来的にダメ人間になってしまうのでは?


 …いや、ひょっとして既にダメ人間なのでは?


 何やら考えてはいけない領域を見つけたような気がした俺は素直に思考をシャットダウンして妻の料理を食べるのであった。



 ◆◆◆◆◆



 さて、このまま帰るまでこの調子かと思っていたら意外なことが起こる。


『ポン!』


小さな音ともに俺の腕の中にいた小さな妻がいつの間にか大きな和服美人妻と入れ替わっていた。


 星が揃ったようです。


「……ハッ!?」


 急に起きた為か焦ってこちらに首を振り俺と目が合う大人ネムト。


「…か、かにゃ…」


 なんて?


「すいません!今退きます!」


 現状が恥ずかしくなったのか顔を朱色にして起き上がろうとするネムト。


 が、そんな仕草が大変可愛らしかった為逆に俺は逃げようとする彼女を抱き締める。


 しばらくの間赤面したままの震えるネムトを捕まえて頬擦りする毎に「ひん!」と可愛い彼女観察するのでした。



 ――30分後。


 カーペットの上にはさっきとは違い頭から白い湯気を垂れ流したままうつ伏せになっているネムトが横になっている。


 イジメ過ぎたかもしれない。


 だが可愛かったから私は謝らない!


 ということで自由時間が出来た俺は現在一緒にいる妻たちと遊んでいる。


 ちなみに今朝から不在の瞬達はどうやら既に仕事に行っていたらしい。


 家主不在とはこれいかに?


 別にやましいことをするつもりではないが、だからといってこれはダメな気がする。


「ふわぁ…ナユタ様ぁ」


「…んっ!…先輩~」


「にゃ~」


「わふ~…気持ちいぃ~」


 …別にやましいことなんてしてないですよ?


 ちょっと妻たちがアレな声を漏らしているだけですよ?


 さっきまでネムトばかり構っていた埋め合わせとして他の妻を愛でているだけです。


 クロネは猫耳を。


 ツクモは尻尾を。


 アヤネは頭のアンテナ(本人曰く触角)を。


 ミユキは狼耳を。


 凄まじい速度で入れ替わりつつ撫でている。


 一緒にいて分かったことだが俺の妻達は俺に撫でられるのが一番好きなようでこうして隙間無く撫でているのである。


 片寄り無く、雑味無く、優しく丁寧に撫でるのは大変で。


 俺はそろそろ某ポ○モンのカイ○キーを参考にしないといけない。


 しかしこれでも妻達の半分というのが困り事である。


 …なぜ俺はこんなに奥さんがいるのだろう?


 まったく原因の思い当たらない問題について「う~ん」と唸っていたその時、テレビがある部屋の扉が久しぶりに開きアサトとヨルトがこちらにトテチテトテチテ歩いてきた。


「あれ?どしたふたりとも?」


「…ん…ナユタ…呪い解ける?」


「…んーと、ごめん。とりあえず経緯を」


「メデューサの頭の呪いを上手くといて欲しいの」


 そう言いながらヨルトが指差していたのは扉から顔半分でこっちを見ているステンノの妹の片割れだった。


 ―2人の説明によるとステンノの妹「メデューサ」の頭の蛇はファッションではなく昔女神「アテナ」にかけられた呪いだそうで。


 それを俺にといて欲しいとのこと。


 普通に解くだけならアサト達でも出来るのだが今回は別。


 実は頭の蛇は自我があるらしくメデューサはその蛇と仲良しらしい。


 呪いを解いたら仲良しの蛇達が消えてしまう。


 でも呪いを解いて元の綺麗な髪に戻したい。


 で、どうしようもないから俺のところに来たらしい。


 …半径50メートル離れた位置で。


 姉の教育が行き渡ってるなぁ。


 そんなわけでベルを頭に乗せて30分解析。


 更に30分使って新しい魔術を構築。


 性能実験で一時間。


 …を時空間魔術でいじって10分で行う。


 我ながらセコいな。


 実験が完了した魔術をメデューサにかけた結果、彼女の頭は元の綺麗な髪に戻った。


 そして頭の上では新しく体を得た蛇たちが喜びの声をあげている。


「よしこれで…」


「「「「 わー! 」」」」


 嬉しそうなアサト、ヨルト、そして蛇姉妹はそのまま元のテレビ部屋へと撤退していった。


 …あの……結構頑張ったんだけど…せめて労いの一声くらいは貰えませんか…。


 目から涙を流しつつ床に膝を付く。


「いやいいよ。別にお礼が欲しかった訳じゃないしー。いいさいいさ」


 体育座りで俺がグレかけていると、さっきまでこっちを見守っていた妻達が笑顔で囲い優しく頭を撫でてくる。


「お疲れさまでしたナユタ様」


「はい、お疲れさまでした旦那様」


「がう!褒美をやるぞ!」


「お疲れなのじゃナユタ」


「お疲れっす先輩!」


「…お疲れナユタ君」


「お疲れ様ナユタ君」


 優しい手も、大雑把な手も、身長的に届かない手も、俺の心を癒してくれる大切な温もりなのでした。


 やはり我が家の妻達こそ至宝よな。



 ◆◆◆◆◆



 こうして無事3日過ぎガグから工事完了の知らせも来たので我が家にかえることとなった。


 といってもここの家主は依頼で不在なので特にすることもなく家に帰るだけなのだが。


 ステンノも妹達を迎えにきたしこれで万事問題はないだろう!


 ステンノが門を開き彼女の妹達が「すすー」と床を滑って門の中へと帰っていく。


 これを見送ったら後は家に帰るだけ。


「…ねぇ」


「…ん?」


 誰かに呼ばれた気がして顔を上げるとそこには門から顔を半分だけ出しその頭の上に三匹の蛇を乗せた妹片割れ…たぶんメデューサ、がこちらを恥ずかしそうに見ていた。


「……?…どうした?」


「………………ありがと…」


 ボソッとお礼を告げた彼女はさっと門に首を引っ込める。


 どうやらお礼を言いたかったらしいな。


 微笑ましい光景に心が和んでいたそのとき、


「…シャァァァァァッ!!!」


「うわぁっ!?」


 何故かマジギレしたステンノがこちらに全力で威嚇してきた。


 なして!?50メートル以内に近寄ってないのに!?


 そのままこちらに威嚇を継続しつつ去っていったステンノ。


 原因不明の殺意を感じる。


 なぜだ?


「…あーまたやっちゃった」


「…ん…常習犯…」


「じゃの」


「…あはは…ナユタ君」


「わう?」


「…なるほど…こうやって奥さんが増えていくんっすね…」


「流石旦那様です」


「ナユタ様…」


「………ナユタ君……らしいね…」


「???」


 妻達は何かよく分からないことを言っていただけで結局原因は分からないままなのだった。

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