第108話 便乗するのはよいことだ

 さて俺は今いつも通り困っている。


 なぜかって?


 そらいかついスーツ着たマフィア妖怪どもに頭を下げられながら、ご機嫌な彼らの主人の狐神様に熱っぽい視線を送られ、なおかつ浮気疑惑により妻たちに掴まれている俺の四肢から悲鳴があがってんだから当然やろ!


 俺の腕の中にいるヒュプノスもあわあわである。


 だがそろそろ事態を収束せねばモタナイ(四肢)


「こうして200年ぶりにお会いしましたがお変わり無いようで安心しました」


 嬉しそうに話しかけてくる彼女だが、

 俺まだ30年すら生きてないのですが…。


 楽しそうに話す狐神様。


 ですがこちらは生きた心地がしません。


 しかしこの神様さっき「お久しぶりです」とか言ってたんだよなぁ。


 つまりは知り合いの可能性があるのだが俺の記憶にこんな美人九尾狐さんはいないはず…。


いまいち状況が理解しきれてない俺がひたすら「あっはい」と

返事をしていたその時、顔を赤らめた狐神様が爆弾を投げ込んできた。


「つきましてはナユタ様、そのぉ…改めてお約束を果たさせて頂きたく…」


「約束?」


「はい!その…結婚について…」


『メキメキッ!』


 あっ殺される。


 四肢から不穏な音を聞いた俺から汗が滝のように出る。


 そして未だに現状は打破されていない。


 このままでは妻たちに五等分されかねない俺は仕方なく言いづらい今回の問題の核心を正面の彼女に問うことにした。


「…えーと…ど、どちら様でしょうかぁ…」


 遠慮気味に目を逸らして問うた結果…、

 先程まで嬉々とした様子だった彼女が『ビクッ!』と小さく震える。


「…あっ…いえっ…すいません…。そうですよね…200年も前の約束など…お、覚えておられませんよね…」


 一気に耳と尻尾を落ち込ませ、瞳には涙を流しながら完全な泣き顔で声を絞り出す狐神様。


 …ヤバい…罪悪感が半端じゃない…。


 先程までお祝いムードだった周囲の妖怪マフィアたちもどうしていいか分からず右往左往。


 そして…、


「…ナユタ君、女の子との約束忘れるなんてひどい…」


「うむ、最低なのじゃ」


「「 ひどーい! 」」


「……旦那様」


 遂に妻たちまで敵に!?


 周りをの全てが俺をジト目で見る。


普段フォローしてくれるさゆり、クロネ、ネムトまで失望の眼差しで見てくる始末。


 見ていないのは状況が分からず首を傾げているフェンリルと俺の腕の中で慌てているヒュプノスくらいなものである。


 …すいません、本当に心当たりがないんです。


 そもそも!200年前に俺は生まれてないんやってっ!


 だいたい俺が妖怪と会ったことがあるのってヒュプノスの夢くらい……夢?


 そこまで考えて一つの心当たりにようやく辿り着く。


 …夢の中…妖怪…金色の狐の女の子…約束…。


 …そういえば一人だけ俺の知り合いには目の前で涙を流している彼女と特徴いくつか同じ特徴をもっている女の子がいた。


 だか決して忘れていた訳じゃないんだ。


目の前の彼女と記憶の少女はあまりに差がありすぎて候補から外していただけで。


 …だって…まだ彼女と出会って約三カ月しか経ってないし…。


 …でも他に思い当たる子もいないので恐る恐る彼女に直接尋ねてみることにする。


「…ひょっとして…ツクモだったり…する?」


「!」


 単語を聞いて狐耳が『ピンッ!』と反応し、

 元気をなくしていた耳と尻尾が跳ね上がった。


 先程とかわらず瞳から涙は流れてはいるが、表情からして今回は嬉し涙らしい。


「…お、覚えていてくださったのですね!」


「いや、忘れてた訳じゃなかったんだけど…。俺の記憶のツクモはもっと…」


 言葉を途切れさせながらツクモを見る。


 幼かった頃の面影はあるものの成長に合わせて大きくなった耳、数の増えた立派な尻尾、そして絵に描いたような和服美人の女性に成長している。


「…もっとちっこくて可愛かった印象だったから…おっきくなったなぁと…」


「成長はやいなぁ…」と思いながら彼女の頭を撫でる。


「……ふわぁ」


 すると彼女は嬉しそうに涙の流れている目を細めて頭を手の平に当てるようにぴょんぴょんとその場で小さく跳ねる。


 それに合わせてさゆりには勝らぬものの立派な大きさの胸が上に下にと無邪気に揺れている。


 …ホント成長はやいなぁ。


 さて、ここで重要になるのはツクモとの「約束」である。


 すでに相手がツクモだと分かったから当然ながら彼女の言う結婚についても思い出している。


 どういうことか分からないが彼女が200年待ったということは真実だろう。


 短かい時間しか一緒にいなかったが嘘をつく子ではないことは知ってるし。


 …つまり俺のこと200年想い続けてくれていた訳で…。


 そんな彼女を無下に扱えるわけもなし…要するに俺の選択肢は一択なのであった。


 俺は彼女の頭を撫で続けながらそれを伝える。


「…えーとじゃあツクモも…結婚…する?」


「!…いいのですか!?」


「約束したからな。

 うちの嫁たちがいいっていったら問題ないよ」


 …とは言ったもののうちの妻たちが断ったことはないし…きっと今回も大丈夫であろう。


とか考えつつうちの妻たちに視点を移して…「おっ?」と珍しい光景に目を丸める。


いつもなら頭の上に「◯」をつくっている妻たちが今回は皆「△」をつくっている。


「✕」ではないことから駄目ではないらしいが何やらありそうなのを感じた俺はツクモと妻たちの間から静に離脱した。


 そうして嫁と嫁候補が向かい合った。


「では、これより『ナユタ妻審査』…を始めるのじゃ!」


 挙手したクロネから聞き慣れない単語がでてくる。


「旦那様とツクモ様は面識はあるようですが、我らは初対面。誰とも分からぬ輩に『はい、大丈夫』とはいきません」


「ですので私たちが厳正な審査のもとツクモさんをナユタ君の妻に相応しいかどうかを見極めさせてもらおうと思います」


「…ん…覚悟はいい?…」


「手加減しないわよ!」


「はい!よろしくお願いいたします!」



 こうしてなにやら厳正な試験が行われることとなった。


 …ところでこんなのいつ考えてたんですか…?



 ――審査中…。



 ヨ「じゃああんたは何でナユタのこと好きになったの?」


 ツ「困っていたところを助けて頂きました」


 ヨ「わかる!」


 ク「ではどんなところが好きなのじゃ?」


 ツ「優しくて格好よくて強くて…でもでもどこか抜けているような可愛らしさも愛おしいです!」


 ク「わかりみに溢れるのじゃ!」


 ネ「では旦那様にどのようなことをしてほしいのですか?」


 ツ「えっと…その…抱き締めたまま撫でてほしい…です」


 ネ「分かります!」


 さ「得意料理は何ですか?」


 ツ「和食ならほとんどはつくることが出来ます。

 洋食は練習中ですので振る舞うほどでは」


 さ「…じゃあ私は被らないようにイタリアンとか練習しようかな」


 ア「…ん~?…ん!…ノーコメント…これからよろしく」


 ツ「はい!よろしくお願いします」



 ――審査終了。



 満面の笑みで「〇」を作る妻たち。


 厳正な審査の結果、無事ツクモは我が家の家族として認められたらしい。


 …ていうか後半もう審査してなくなかった?


 まぁ…結果として無事円満に解決し、妖怪たちもどんちゃん騒ぎで喜んでいる。


あねさん!おめでとうございます!」


「ナユタ様ばんざーい!」


「「「「「「「 バンザーイ! 」」」」」」」


 …何やらまた信仰者が増えそうな雰囲気だが祝ってくれているのだしこれは仕方なかろう。


 先行きが見えないが良い結果で終わったことにほっと溜息を吐いていたそのとき、

 俺の腕をぐいぐいと誰かが引っ張る。


 見てみるとそこにはなにやら不思議そうな顔をしているフェンリルがいた。


「どした?」


「…なんでみんな嬉しそうなんだ?」


「ん?…まぁそりゃ俺とツクモが結婚するからだと思うけど」


「ケッコン…?…ケッコン…けっこん…」


「わうー」と両手を頭に当てて何やら考え事をしているフェンリル。


 だが少しすると手の平を『ポンッ!』と叩き顔を上げる。


「…わう!思い出したぞ!結婚ってあれだろ!好きな奴と好きな奴がずっといるって約束するやつ!母さんが言ってた!」


「うん、そうだな」


「ずっと一緒にいてそれで交尾するやつ!」


 …おーい!おかーさーん!!!


「わう!じゃあ俺もナユタと結婚する!」


「どうしてそうなった!?…わぶっ!」


 何やら楽し気なフェンリルが俺の顔に飛びつく。


「それで交尾する!」


「女の子がそんなこと言ってはいけません!」


 さっきまでツクモお祝いムードだった周りの妖怪たちも新しい出来事に「おっ?」と楽しそうにこちらを見守っている。


 …見てないで助けてほしい…。


 俺が必死にフェンリルの口を塞いでいると今度は抱き上げているヒュプノスが『ツンツン』としてくる。


「今度はどった?」


「…ぇ…その…」


「?」


 もじもじして顔を赤らめているヒュプノスがこちらを真っ直ぐ見てきた。


 …何故だろう…魔術とか使っていないのに未来が見えた気がする…。


「…その…ボ、ボクも…ナユタ君と…結婚したい…」


 唖然とした表情で固まる俺。


 いろいろ思考が追いつきません。


 待ってくれ…今さっき新しい奥さん出来たばかりで脳処理が追いついていないから待てくれ…。


 期待の眼差しでこちらを見上げるヒュプノスと「交尾!交尾!」といろいろ拙いことを連呼しているフェンリル。


 ただ親しくなったと思ったのは俺の勘違いだったのだろうか…。


 それともいつも通り2人の恋心に俺が気が付いていなかったのか。


 …何となく後者な気がする。


 念のためにマイワイフ達に視線を送るが…そこには新しく加わったツクモ含めて「〇」を作っていた。


 …もはや退路無し。


「あー…わかったわかった。じゃあ…」


「…ちょっと待つのじゃあぁぁぁぁぁ!」


 大声でクロネが俺の言葉を遮った。


 すると「〇」を作っていた手を解き、仏頂面でゆっくりしっかりと歩いたクロネが辿り着いたのは…ウタウスの正面だった。


 そしてウタウスの後ろに回ると首根っこを掴みこっちへと運んでくる。


「な、なにするっすかぁクロネさん!」


「うちの旦那に間接的に気づかせるとか不可能じゃからこの際便乗するのじゃ!

 いつまでラブソング量産するんじゃ!ナチャが心配しておったぞ!」


 短く言い合った後にクロネは振りかぶりウタウスをこちらに投げてくる。


 投げられたウタウスは虹色のツインテールを揺らしながら地面に転がった後に、

 ころころと回り、正座の体制で俺の目の前に転がってきた。


 …短い沈黙。


 その後頭を抱えたり地面に叩きつけたりとウタウスが奇行に走るが、

 急に意を決したような表情になったウタウスが口を開く。


「ナユタ先輩!ずっと前から好きでした!結婚してください!」


「ウターウス…お前もか…」


 重ねに重ねられたこの状況、もはや混乱の極みといえよう。


 しかし俺に親しいヒュプノス、フェンリル、ウタウスの心からの願いを断ることが出来る筈もなく…唸りに唸った末に俺はいろいろ諦めた。


 ここまでくれば6人も7人も8人もたぶん誤差だよ…きっとそうだよ…。


「うがぁーっ!わかった!わかった!今日から全員俺の嫁!以上!」


「「「「「「「「「「「「 わぁぁぁぁぁぁぁぁ! 」」」」」」」」」」」」」


 楽しそうに万雷の拍手をする妖怪たち。


 観客精神全開である。


「末永く、どうぞよろしくお願いします!」


「わう!やったー!」


「………えへへ…」


「や、やった!やったぁっす!」


「…あはは…まぁよろしくな」


 もはやお祭り騒ぎの現場を収める気力もなく苦笑いを浮かべる俺。


 問題は山積みな気がするが少なくとも嬉しそうにする新しい妻たちの笑顔を見て悪い気はしないのだった。



 今日も我が家は平和です。





 ――ちなみに。


「信長さん、今回は仕方ないから許してやろう」


「うわーん!ナユター!感謝するぞー!」


 なんだかんだでツクモをここに連れてきてくれたに近い信長さんは出入り禁止デキンを解除されたのでしたとさ。


 めでたしめでたし。

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