第103話 チョコは見た目も最低限ね。+翡翠の夢

 山積みだった問題を無事(?)解決した俺たちは我が家に転移。


 さっき渡したお手製アーティファクトのおかげで二人が外宇宙を見ても「おーすごい!」くらいの反応で済んでいるので大丈夫でしょう。


 しいて言うなら門を開いてすぐのところにいたヒュプノスが海上ちゃんたちと鉢合わせになって意思を失って床に「コテリ!」していたくらいだろう。


 …すまん。


 そして今はキッチンで皆チョコレートつくりをしている。


 最初は人が二人でやっとの広さでしたが空間魔術で拡張したので問題なくなり、

 見た感じは家庭科で使う調理室みたいな感じである。


 昔は分からなかったけど学校の調理室って結構設備いいよね。


 …ん?俺?俺は今コタツに入った状態で寛いでます。


 チョコづくりはそこまで難しくないし、

 何よりうちの嫁たちがチョコを渡すのは俺だし。


 渡す相手がそこで一緒に作るのは少しおかしい気がする。


 斉木ちゃんと海上ちゃんは初心者みたいだけど、

 幸いうちの妻は経験者も何柱かいるし問題は無かろう。


 あとさっき倒れたヒュプノスが「コンボだどん!」とかで、

 連続気絶しかねないので腕の中に保護しておりますれば。


 ついでにフェンリルもね。


 放っておいてチョコに興味を持ってしまわれると、

おいしい物好きなフェンリルがチョコがおいしいと気づいてしまえばキッチンを強襲しかねないし。


 まぁ…バレンタインデーには食べさせてあげるから。


 俺が心の中でフェンリルに謝っていると、

こちらにとてとて歩いてきたアサトが嬉しそうにこっちに何かを出してきた。


「…ん…自信作」


 そう言って自信満々の表情で彼女がこちらに差し出してきた手にはチョコが乗っていた……人間の心臓の形をしたヤツが。


「スーパーの店員が『ハート形のチョコが人気!』って言ってた」


「それで心臓ハート型チョコですか?」


「ん」


 まぁまぁご丁寧に血管まで再現された本格的なつくり。


 いらぬところに本気を出されてしまわれた。


 残念ですが俺は自身の顔の前に腕を交差させて「×」を作りだす。


「ごめんアサト、出来が良すぎて食欲わかないわそれ」


「…駄目?」


「心臓とか内臓とかは食べ物のことはあるけど、

 チョコでそれを形作るのはあまり嬉しくないかなぁ」


「むむっ…そっか」


 ちょっぴり残念そうにした後に両手で持っていた心臓型チョコを持ち直し、

「たぁー」という気の抜けそうな声と共に心臓型チョコを圧砕する。


 そして砕けたチョコを残像が残りそうなスピードで拾うと『パクリ!』と口に入れてしまうのであった。


 仕草はかわいいのだがいかんせんやったことが心臓破裂だからあまり笑えない。


 俺が微妙な表情で固まっているとアサトの後ろから現れたヨルトが口を開いた。


「だから言ったでしょお姉ちゃん。貢物として時々心臓とか子宮とかが捧げられることはあるけど…そもそもナユタはそんなの欲しがらないって」


「…ぬー…」


 姉を叱責する妹ヨルトだが何故か彼女の両手は後ろに回っている。


 そして気のせいかその背の端から結構精巧につくられた脳みそらしき物体の形をしたチョコが見えるのだが?


ジト目でヨルトを見ているとそれに気が付いたヨルトが「あはは…」と目を逸らし、

 乾いた笑みを浮かべて姉を連れて退散したのでした。


 いつからバレンタインデーは人体模型を渡す日になったのか…。


 キッチンあっちから試行錯誤の声とか、破砕音とか、皿が砕ける音が延々聞こえたりするが俺が手伝うこともなく、一緒にいるヒュプノスとフェンリルも目を閉じて眠っているし俺も寝るとしよう。


 ……ん?


 俺が眠りにつこうとしたそのとき、

 俺の腕の中にいるヒュプノスがいつの間にか目を覚ましキッチンの方を見ていた。


 どこか真剣な表情であちらを見ている彼女は俺の視線には気が付いていない。


 そこそこ一緒にいる俺には彼女が何を思っているのかは何となく予想が付くけど…今は知らないことにしておこう。


 そう考えた俺は彼女に気づかれないように目を閉じコタツの熱に現を抜かし夢の世界へと旅立つのであった。




 ◆◆◆◆◆


 ―――始まったのはもう思い出せないくらいずっと昔。


 この宇宙に生まれたボクが持っていたのは夢を司る力だった。


 特殊かつ強力な力を持った私の周りにはいろいろな神たちが近寄ってきた。


 最初は同じ神として親しくなろうとしているのかと思った。


 …でも違った。


 みんな欲しがっていたのはボクという存在。


 もしくはボクの持っていた力。


 ただそれだけだった。


 口八丁手八丁でボクに甘言を吹き込もうとする神たち。


 終いには力づくで来る輩もいた。


 今はもう誰だったかも思い出せないけど。


 それから僕は…夢の中に籠った。


 外は怖いから。


 誰かの思考を考えるのも、生きるために誰かに合わせて笑うのも、

 都合が悪くて現実を見ないのも、仕方なく嘘をつくのも、

 臆病者のボクには難しかったから。


 ずっとずっと夢の中に籠り続けた。


 そうして時間が流れ続けたある日。


 漂っている夢の一つを拾い上げたボクが見たのは誰かの悪夢。


 昏色の純黒夢。


 でもその夢の持ち主はその夢とは正反対の生き方をしていた。


 だから興味を持った。


 初めて誰かを夢に呼びたいと思った。


 そしてそれを実行し、紆余曲折を経たボクはいつの間にか夢から出ていた。


 ただ待っていてくれる友達のために。


 …結局辿り着きはしてもそこから彼に迷惑をかけっぱなしなんだけどね。


 でもそれでも一緒にいたいと思う自分に戸惑いながらも甘えちゃってる。


 そんなボクだけど今回はそのお返しをする機会を得ることができた。




 ―――夜の2時・ナユタ家


 周囲が暗くなってからゆっくりとコタツの布団から出て、

 誰もいないことを確認したボクは安堵の息を漏らす。


「……よし!」


 誰かいたら意識が飛んじゃうからこんな時間になっちゃったけど…幸いみんな寝室で寝ちゃったみたい。


 …一応コタツの中にツァトグアさんがいるけど…大体コタツにいるボクでも起きたところを見たことはないから多分大丈夫だと思う。


 早速やりたいことを実行に移そうと足を前に出す。


「…『ガッ!』いたいっ!」


 床にある何かに躓いたボクは痛みで上がった足を重力に従って降ろし、

 そのまま足をぶつけた物体を踏みつけてバランスを崩し転倒。


「…い、痛い…」


 暗くてよく見えなかったものが転倒したボクの顔の隣に転がる。


 リモコンだった。


 こ、怖い!昼にあんなにお世話になったリモコン君も夜になったら牙をむくんだ!


「うぅ、やっぱりボクにはできないのかなぁ…」


 怖気に駆られそうになるけどボクはすぐに頭を振り、沸いた感情を追い出す。


 だ、駄目だ!今日こそいつもお世話になってるナユタ君にお礼するんだ!


「むふー!」と気合を入れるとともにボクは台所へと改めて歩みを進め始める。


 真っ暗な道と格闘すること約5分、

途中椅子とかにぶつかったりしたけど何とか無事に台所へと辿り着くことができた。


 途中休むために手を突いた扉から


『あ・な・た?もうすぐバレンタインデーですから私達からチョコを上げましょう』


『特製のチョコレートをこれからニャルにあげるために少し待っててね!』


『いやそのチョコ壺どう見ても俺をチョコにする気…いやぁ!

 …やめ…ゴボボボボボッ!』


 こんな音が聞こえた気がするけど聞かなかったことにしよう…怖いし。


「……よし…あとは明かりをつけて冷蔵庫を…」


 自然な動作で台所の照明をつけるためのスイッチに手を伸ばして…ボクは重大な問題に気が付いた。


 手のを伸ばす。


『ぶんぶん!』


 飛び跳ねる!


『ぴょん!ぴょん!』


 頑張って壁を登ろうとする。


『カリカリ…ズサササーッ!』


 ………あっこれ…。


「…と、届かない…」


 あの手この手で何とか頑張ろうとするがやっぱり届かないものは届かない。


 普通の神なら宙に浮くとかできるだろうけど夢の世界以外でボクの権能は一切機能しない。


 一応頑張れば一定の空間を夢と入れ替えることはできるけど…。


 ちらっと暗闇の方を見る。


 今寝室ではみんなが休んでいるし、

 いきなり神の力なんて使ったらみんなが起きちゃうからそれはできない。


「…うぅ」


 どうしようもなくなったボクは膝をつく。


 …やっぱりボクはダメダメだ。


 夢の中以外は何もできやしない。


 情けない現実に瞳がから涙が流れそうなったそのとき。


『パチッ!』


 スイッチが入る音と共に台所の明りが付いた。


「…えっ?」


 驚いたボクが顔を上げるとそこには何もなかった…けど、

 ゆっくりと空間が歪むとそこに隠蔽魔術を解いたナユタ君が姿を現した。


「…な、ナユタ君!?…」


「いやぁ…あはは」


 何やら気まずそうにするナユタ君だったけど短い時間頬をかいた後に、

 床に座り込んでいたボクをを持ち上げる。


 その動作はもう慣れたもので自然な動きでボクを腕の上に乗せた。


「…いやさ、困ったときに手助けしようと思ったんだけど…。

 頑張ってるヒュプノス見たら割り込みづらくて」


「…どうしてボクが夜中にチョコを作ろうとしてるってわかったの?」


 密かに昼の間にチョコをつくているみんなを見て誰にも話さず(そも話せない)計画していたのに。


 すると恥ずかしそうにボクが好きな笑顔でナユタ君が返事をしてきた。


「そりゃなんとなくな。最近は一緒にいることも多いし、

 真剣な表情でキッチン見てたからチョコ作りたいのかなって」


 そう言いながらナユタ君は冷蔵庫の扉を開ける。


「じゃあ手伝うから一緒に作ろう。朝までそんなに時間無いし」


「…う、うん」


 どうしよう…サプライズであげようと思っていた相手から教えてもらいながらチョコを作ることになっちゃった…。


 この後どんな顔でナユタ君に渡せばいいだろう…?


 まともなチョコが出来るかも分からないのに先の心配をするボク…だったのだけど…。


「いやぁ~ヒュプノスにもチョコあげたいくらい親しい相手ができたなんて俺も嬉しいよ。貰う側もきっと驚くだろうな!」


「…そうだね」


 屈託ない平常運転のナユタ君がいつも通り笑う。


 …相手が鈍感なナユタ君でよかった。


 これなら明日手渡しても驚いてくれそう。





――ここから朝までナユタ君と一緒に生まれて初めてチョコレートを作ったんだ。


 とても楽しくて最初にあった不安なんてどこかに消えていた。


 夜よりも明るくてずっと温かい友達が傍にいてくれたから。


 初めて作ったチョコは不格好であまり上手じゃなかったけど…渡されたナユタ君が大いに驚いてくれて、そして喜んでくれた。


 それは以前いた夢の中では生み出せなかったもので。


 きっと君が傍にいてくれたからだよ。



 …ナユタ君、ボクね…新しい夢ができたんだ。


 その夢はボクの力でも生み出せなくて、眠っても見ることはできないけど。


 いつかナユタ君と一緒にその夢を見たいんだ。


 君と一緒にいる大切な人たちと一緒に。


 …だからいつか勇気を出せるときが来るか、ボクと同じ夢を見ている誰かに便乗するような形でもいいから…伝えさせてほしいんだ。


 ボクの新しい夢を。




 今日もナユタ君の家は平和です。


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