第100話 現代陰陽術師の日常生活
―――とある民家
布団から起き上がる。
いつもと同じように閉じかける瞼を擦りながら布団をたたんだ私は家の庭に出る。
まだ冬が終わりきってない朝の空気は肌寒いけど習慣として私、
海上雫の一部になっている行動のために肌襦袢のみの姿で庭の井戸に立つ。
そして…
「…う…冷た…」
汲んだ水を肩から体にかけて身を清める。
これは禊。
陰陽術師が自身の身を常に清めておくための儀式。
これを毎日欠かさずにやるようにと今は亡き母が言っていた。
だからやってるのかと言われればそうでもないけど。
実際さっきも言った通り習慣に近いかもしれない。
朝にも弱いから目覚まし代わりにもなるし。
そんなことを考えていた私はふとこの間の事件を思い出す。
殺された友達の仇を取るために妖しい宗教の本拠地に乗り込んだ時のことを。
妖怪退治やらなんやらをこなしていたからどんなことが起きても大丈夫だと思っていたけど…まだまだ知らないことも自分の力不足を思い知らされた。
瞬さんがいなければもしかしたら陽菜も危険に晒していたかもしれない。
……あとあの神もついでに感謝しておこう。
力不足だとは今まで思わなかったけど、
だからと言って今よりパパッと強くなる修行方法なんてものはないし。
何故なら現代にいる陰陽師はそこまで大きな妖怪退治を行わないから。
昔ならそれこそ大きな妖怪同士の争いとかあったみたいだけど…。
今の時代に…というか200年前くらいからそういうのは無くなったらしい。
私の師匠にあたる父さん曰く、
『昔は妖怪同士の争いが絶えなかったが、
今は妖の神が統率しており人間の世界を荒らす妖怪がそもそもいなくなった』
だとか。
それでも頭の悪い妖怪とかが暴れたりするのを懲らしめるのが今の陰陽師の仕事。
強力な妖怪は賢く命令を聞くため今の時代、人間を襲ったりはしないらしい。
つまり今回の敵だったあのクラゲは弱い妖怪よりも強く、
そしてそのクラゲの群れを一瞬で消し飛ばしたあの神男は…考えないことにしよう。
気づいたら正気を減らしそうな事実を頭を振ることで忘れようと私がしていると…、
「…えいっ!」
「ひひゃっ!?」
突然後ろから抱き着かれて思わず変な声が漏れる。
急いで大事なところを隠しながら飛び退くとそこには笑顔の陽菜が立っていた。
「おはよう雫ちゃん」
「陽菜ぁ…びっくりさせないでよ…」
たぶん恨めしそうな表情だった私に「えへ」とあまり悪びれてない親友が舌を出す。
「ごめんごめん、呼んでも気づいてくれなかったからちょっと驚かそうと思って!」
「…もうっ!…あれ?そういえば何でうちに来たの?
確か今日の予定って10時くらいからじゃ…」
襦袢を着て彼女のもとに行き思う疑問を問いかけると、
若干拗ねた表情に変わった陽菜が頬を膨らませて答えを返してきた。
「…雫ちゃん?もう10時だよ?」
「…えっ?」
今日は10時からスーパーに買い物に一緒に行く約束を陽菜としていたけど禊をしながら考え事していたせいか思ったよりも時間が経っていたみたい。
実際近くに置いていたスマホを確認したら10時15分。
待ち時間になっても来ないから陽菜が迎えに来たみたいで。
私は慌てて家へと駆けていきながら後ろの陽菜に言葉を残した。
「ご、ごめん!すぐに!すぐ着替えてくるから~!」
「体まだ濡れてるから拭いてからにしてね~!」
どたばたと家の中を走り回った私は何回か足に小指をぶつけて悶絶するのだった。
◆◆◆◆◆
ようやく準備が整いスーパーへの道を歩きながら私は陽菜に頭を下げていた。
「ごめん、あんなに時間経ってるとは思わなくて…」
「いいよ雫ちゃん昔から考え事してると時間が流れるの忘れちゃうもんね。
小学生の頃もホームルーム終わっても考え事して1時間くらい経っても気づかないから私が声かけたりしてたんだし!」
「うっ…昔のことは…忘れて…」
赤面する私を得意気な表情で見てくる陽菜。
事実だから否定のしようがない…。
…何とか別の話題に切り替えなくては。
そう考えた私は今日の買い物のの目的に焦点を当てた。
「そういえば陽菜…どんなチョコ作るか決めたの?」
「えっ?…う~ん、はっきりとは決まってないかな。
本命のチョコ作るのは初めてだし!
でも誠さんなら大きいチョコの方が好きだと思うの!」
嬉しそうに笑う陽菜。
…真っ直ぐにそう言えるのはちょっぴり羨ましい。
「そういう雫ちゃんも今回は本命でしょ?」
「うぇ!?う…そ、そうだ…よ?」
「何で疑問形なの~?瞬さんに渡すんでしょ」
「……うぅ…わかる?」
「誰でもわかるよ~。この間、彩芽さんも言ってたでしょ?」
そう言われこの前の事件の時に偶然知り合った女(できれば知り合いたくなかった)が別れ際に言っていた言葉を思い出す。
『てかさ!二人とも○○町ってマジ!同じ町に住んでたとか偶然~!
せっかくだし愛しの瞬キュン!…に!
チョコでも作れば?もうすぐバレンタインだし!』
にやにやとした大変うざったい表情が脳裏によみがえりちょっと腹が立つ。
瞬さんに出会えたのは嬉しかったけどあいつにはあまりいい感情は抱いていない。
隙あらば胸をまさぐってくるのがとても腹が立つ。
…特に瞬さんの前で…。
苦虫を嚙み潰した表情であろう私を苦笑いを浮かべた陽菜が見つめる中、
ふとあの女がおまけのように言っていた台詞を思い出した。
『そういえば同じ町ってことはスーパーって多分ダイナマートだよね?
だったら気を付けた方がいいよ。あそこ結構神様うろついてるから!』
……ないない。なんで神様がスーパーに行くのよ。
どうせあの女が適当なこと言ってるだけよね。
いらぬ思考に頭をブンブンと横に振った私は陽菜と一緒に目と鼻の先のスーパーへと向かうのだった。
◆◆◆◆◆
「…うわぁやっぱり日曜は人多いね…」
「そうだねぇ。
それにやっぱりバレンタインデーのために来ている人も少なくないかも」
「チョコだけ先に買っておく?」
「結構いっぱいチョコフェアしてるみたいだし多分大丈夫じゃないかな」
とりあえずチョコはいっぱいありそうだから後回しにすることに決定した。
一緒にお泊りでチョコを作る予定なので、
そのための夕飯や朝食用の食料を先に買い物かごに詰めることにした。
ネギ、鶏もも、水菜、人参。
必要な食材を無心で買い物かごに詰めていく。
勿論適当じゃなくてスーパーの中で出来るだけ質のいい物を。
「…えーと、あとは豆腐…」
視界を回して少し離れた場所にいつも買っているお気に入りの豆腐を見つけた。
安くて食感もよくておいしいやつね。
一つだけ残っている豆腐を他の人にとられないように手を伸ばし手を重ねると、
その私の手に白い肌の綺麗な手が重ねられた。
「…あら?」
驚いたような声の主を探して顔をあげるとそこには絵に描いたように綺麗な和服を着た蒼髪の女性が買い物かごを片手に立っていた。
彼女のすべすべで吸い付くような手が私の手に重ねられていて思わず体温が上がるが彼女は「すっ」と手を引くと困ったようにその手を自身の口元に当てて笑った。
「すみません。最後の一つだったのでつい周りを見ずに手を伸ばしてしまって」
「…あっいえ…こっちも似たようなものなので…」
思わず敬語でおどおどしてしまう。
それくらい綺麗な人だった。
「あの…これ何ならそちらに」
「いえ、大丈夫です。
どのみち1パックではうちの子たちの数には足りませんのでそちらでどうぞ」
「ありがとうございます」
「はい、それでは私は失礼しますね。
急がないとあの子たちがかごにお菓子を沢山詰め込んでしまいますので」
少しい急ぎ足で向こうの方へ行く和服美人さんの後姿を見てふと私は気が付く。
…あれ?…今の人…神…だったような…?
陰陽師たる私は当然人とか妖怪とかの見極めは付く。
ただあの人はなんか人でもないけど妖怪でもない。
もっと…こう…外宇宙てきな…何かだったような…?
ふっと頭の中に
『あそこ結構神様うろついてるから!』
…いやいやナイナイ…。
今のは美人過ぎて神様オーラが出てただけ…うん、きっとそうだ。
「ありえないって…」と私が頭を振っていると隣からひょいと顔を出した陽菜が遠くを見る。
「すっごく綺麗なお母さんだったね」
「そ、そうね」
「…?どうかしたの?雫ちゃん」
「何でもない。うん、何でもない」
頭の上に「?」を浮かべた陽菜と一緒にチョコ売り場に移動していたそのとき、
「…今のうちにお菓子を確保する…!」
「お姉ちゃんが好きなのばっかりずるいよ~!こっちのお菓子も~!」
私達の横を買い物かごいっぱいにお菓子を詰め込んだ子供たちが通り抜ける。
そして通り抜けるときに私の足にかごが当たった。
するとそれに気が付いた金髪の子供がかごを置きこちらに「とてとて」と歩いてくると意外にも礼儀正しく頭を下げてきた。
そしてそれに追従するようにもう一人の子供も頭を下げる。
「…ん…ごめんなさい…」「お姉ちゃんのかご当たっちゃってごめんなさい」
「ううん、大丈夫だよ」
「でもスーパーの中を走っちゃいけないよ?
さっきみたいにぶつかっちゃうからね」
「「 は~い! 」」
陽菜のお叱り受けた子供たちは元気に挙手しながら返事をすると、
また買い物かごを持って少し早足で歩いて行った。
……ってあれ?もしかして今の子たちも……。
「いやいやそんな馬鹿な…」と一人私が精神状態にリセットをかけているとようやくチョコ売り場に辿り着く。
よし、ここでチョコを買って早くこのスーパーから離脱を…。
そう思ってチョコを見ていた目を上げるとそこには両手に板チョコを持って唸っている猫耳パーカーを着た女の子がいた。
「はて…どっちのチョコの方が口当たりが良いのじゃったかの…?
…にゃぁ…似たような商品を別々の会社で出すのはやめて欲しいのじゃ…」
妙に年寄り臭い口調に若干興味を持ってしまい見ていると彼女と視線が合う。
……あっやばい、この人も神…。
しかもよくよく見るとパーカーの頭についている猫耳がちょっと動いている。
…多分パーカーの中の本物の耳があそこに入ってるんだろうなぁ…。
ついつい彼女の様子を観察していると今度はあちらがこっちに気が付いた。
「…んむぅ?いまどき伏魔の巫女とは珍しいの。
別にチョコを買いに来ただけじゃから騒ぐでないぞ?」
しかもしれっと私が陰陽師ってばれた…。
もうやだこのスーパー怖いよ…今まで私はこんな魔窟で買い物をしていたのか…。
私が一人戦慄し、唖然とする私に陽菜が「おーい?雫ちゃーん?起きてる?」と呼びかけられていたらふと2人の人が近寄ってきた。
「クロネさ~ん、板チョコ決まりましたか~?」
「クロネ~別に溶かして使うんだろうしそこまで拘らなくても…」
ふと近寄ってきた男のほうと目が合う。
それはつい最近強烈に印象に残った知り合いの知り合いだった。
「「 あっ 」」
視線が重なってお互いが固まる。
このとき
『だったら気を付けた方がいいよ。あそこ結構神様うろついてるから!』
…今度会ったら一発ボディブローをしよう。
私は心のどこかでそう誓うのだった。
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