第99話 不注意に注意してもやっぱり不注意

 重なる瞳、心が繋がら…ないなぁ!


 お願いだからこっちを睨むのを止めてはいただけないでしょうか!


 よくわからないが未だ敵意満々でこちらを見ている。


 知らない子からここまで睨まれると傷つく。


 小生傷ついちゃう…。


「…どうしてあんた陰陽術使えんのよ!?」


「…えっとぉ…説明書に書いてあったから?」


「…っ!?こんなところで死んでたまるか!」


 若干焦りとかよくわからない感情とかが見え隠れ。


 …ひょっとして彼女ちょっとした狂気に陥ってない?


 パニック的な?


 そんな感じで彼女の様子を観察していると、今度は胸元からいそいそとさっきとは別の祝詞が描かれた術札を出すと大きな声で読み上げる。


「我が呼び声に応えここに現れよ!刃の化身、古き獣の欠片!【かまいたち】!」


 彼女の手元の札が地面に落ちて溶け込むとその術式が床に移り、

 そこから一匹の小動物が飛び出してくる。


 白い毛並、細身の四肢、体の長いネズミのような特徴、

 イタチですねはい。


 ただ少し違うのは本来前足の部分が切れ味のよさそうな鎌になっている。


 草刈りに便利そうっすね。


「シャッ!」


 勢いのついた声と共にぴょんとこちらに跳ねるかまいたち君。


 だがしかし…常人には見えないほどの速度でこっちに飛び掛かってきたかまいたち君に平然と割り込んだ者がペットボトルを握るみたいにかまいたち君を捕まえる。


「シュ?」


 顔をあげるかまいたち君。


 そこには恐ろしい獣神の瞳をより鋭くしてかまいたち君を睨んでいるフェンリルの姿があった。


「…ネズミ…お前ナユタを殺そうとしたな!

 ナユタをいじめる奴は許さない!このまま握り潰してウォーリーしてやる!」


 ……料理な。


 てか料理もダメだけどな!


 俺の腕の中にいるヒュプノスも慌てた表情でこっちを見ている。


 すかさず俺はおこなフェンリルの頭にチョップを軽くかます。


「きゃん!何するんだナユタ」


驚いてこっちを見るフェンリルの隙をついた俺は彼女の手からかまいたち君を救出。


 小動物の命ダイジ。


「フェンリル、

 庇ってくれるのは嬉しいけどな?すぐに殺すとかそういうのは俺嫌いだぞ。

 フェンリルがいい奴なのは知ってるからそうゆうのは今後我慢してほしいんだけど…駄目か?」


 神様の世界だと「殺し合いは挨拶!」みたいな世紀末ルールみたいだが、

 普通にしてればフェンリルもただの可愛い犬耳の女の子なわけだし。


 俺の頼みを聞いて「わーう?」と悩むフェンリル。


 そして少しすると縮めていた耳を「ピンッ!」と伸ばしたフェンリルが両手をあげて返事をする。


「うー…わかった。ナユタが嫌ならやめる。

 今度から手足を砕く位で許す」


「ありがとうなーフェンリル」


「わふぅ♪」


 礼代わりに頭を撫でると気持ちよさそうな声を漏らしたフェンリルが手の平に頭を擦り付けてくる。


 やっぱりいい子だよな。


 これで腕の中のヒュプノスも落ち着いて……あれ?


「ミッションコンプリート!」と視線をヒュプノスに向ける俺だったが何故かまだヒュプノスは慌てたままだった。


 顔から「あわ!あわ!」とした様子が形で表れているあたりどうやらまだ彼女の慌てている原因は解決できていないらしい。


 いまいち理解できないその状況に首を傾げていたそのとき、

 その傾いた頭にかまいたち君が飛び乗る。


 こやつ!一瞬のスキをついて俺の脳天に天誅を!?


 …と、思ったがどうやら違ったらしい。


 鎌だった前足はいつの間にか普通のちっちゃい手に戻っており普通に足をつけているかまいたち君は俺の頭の上に体を擦り付けている。


「シュ♪シュ♪シュ♪」


 この感じ、どうやら懐かれたみたいだ。


 嬉しそうに体を擦り付けるかまいたち君を人差し指で撫でていたら、

 今度は向かいにいた陰陽師っこがこっちに大きな声を出した。


「こらー!かまいたちー!何懐いてんのよ!?早くその悪の権化倒せー!」


 主人であるらしい彼女の命令…が。


「………しゅ(ぷいっ)」


 かまいたち君そっぽを向いてしまいました。


 …な、仲良くね?


 若干修羅場じみてきたその場を誰かが駆け抜ける。


 そしてかまいたち君がそっぽを向いたことで荒ぶっている陰陽っこの後ろから、

 彼女に彩芽が抱き着く。


「あーい、雫ちゃんすとーっぷ!これ以上何にもしないでいいから落ち着いて~」


「邪魔しないでよ!あいつ人間の姿してるけど実際は人の皮被った化け物でしょ!」


「…ぐはっ!」


 思った以上に棘が鋭い彼女の言葉が心臓に突き刺さり俺は膝をつく。


 遂に…人間扱いされなくなった…。



 ◆◆◆◆◆



 いろいろ混乱を極めた後、

なんとか瞬によって事情を説明され落ち着いてくれた女の子「海上・雫」ちゃんと、

 俺によって時間を巻き戻されて正気を取り戻した女の子「斉木・陽菜」ちゃんが、

 俺が人間だけど神扱いされていることについての説明を聞いている。


 …もっとも未だこっちを警戒している海上ちゃんはこっちに威嚇したままだけど。


 最近の女子高生って怖い。


「…つまりもともとはナユタさんも有馬探偵事務所のお仕事をしていたんですね」


「まぁな。今は面倒ごとに巻き込まれた末に寿退社したけど」


「おかげで有馬事務所の料理人が減るし、

 もう一人の料理人もあんたが奥さんとして連れていくし」


「やれやれ!」といった様子の彩芽。


 ……あれ?さゆりを俺の嫁に誘導したのってお前だったような…?


「そんなわけで若干人間離れしてるかもだけど一応人間だしただ一般人なわけで」


「あんたが一般人ならあたしらは道の小石になるわよ」


「そうかなぁ」


 未だに若干の棘がある海上ちゃんの言葉が事実か一般人枠の瞬に目を向けるが逸らされた。


今度は彩芽に目線を送ろうとしてなんとなくうざい顔してそうなのでこれをスルー。


 常盤さんと相楽さんに目を合わせるが彼らは胸元に「×」を腕でつくっている。


 俺はもう一般人とは言えなかとですか…。


 悲しい現実にショックを受けて途方にくれていたそのとき、

 呆れたようすでこっちを見ている海上ちゃんが口を開いた。


「……まぁ瞬さんが信頼できる友人っていうから一応信頼(笑)してあげる」


「なんか今妙な間がなかった?」


「気のせいヨ。……でも妖怪たちから崇拝されている恐ろしい神って噂の奴がただの人間とか…あっ駄目…もう頭痛い」


 ん?…しれっと今すごいこと言わなかったこの子?


「えっ?ちょっと待って?俺妖怪から崇拝されてんの?」


「そうよ。前に懲らしめた妖怪が崇拝している神って言ってたわ。

 なんかこう…『アブラカタブラ』みたいな長い名前」


「あーうん…ちょっと心当たりある…」


 あのクソ中2ネームか。


 長すぎて全部思い出せない海上ちゃんが「なんだっけ?」と額に手を当てていると後ろの陽菜ちゃんがアホ毛をピンとさせて挙手する。


 …あの髪どうやって動かしてるんだろう?


「雫ちゃん私覚えてるよ!

 確かね…『外宇宙統一創造神ナユタアムリタ』…」


 はいはい、ナユタアムリタナユタアムリタ。


「…えっと『ヘブンズホールネビュラ』…」


 はい!はい!ネビュラネビュラ!


「…『の大御神』だったと思う」


「…………延長戦入ってるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!??」


 折れそうな心に引きずられた俺は再び膝をつく。


 嘘やろ…また中2ネーム伸びてるやん…。


 衝撃の事実に復帰できずにいると彩芽の笑い声が聞こえる。


「ぎゃははははっ!おかしっ!それってつまりフルだと

『ナユタ・アムリタ・ヘブンズホール・ネビュラの大御神』ってことでしょ!

 和洋折衷じゃん!ぷふぅーっ!よかったねぇナユタぷふぅーっ!」


「がはは!よかったなナユタのおかゆ!」


 凄く楽しそうにこちらを煽る彩芽と僅か10秒足らずで間違えて呼んでくる誠。


 殴りたい…。


 ここまで純粋に他人に殺意を覚えたのは初めてかもしれない。


「はたいてやろか」と右手の平を握り拳に変えてプルプ俺が震えていたら、

 その視界の端にちっちゃな手が視界に入ってくる。


 それは俺の左腕に掴まったままのヒュプノスが必死にこっちに伸ばしている紅葉の手だった。


 …ひょっとなんか言いたいのかな?


 さっきからずっと焦ってた理由も気になるし、こんなにもアクティブなヒュプノスは初めて見るので起き上がり彼女を胸元まで抱き上げる。


 するといそいそと俺の耳に口を近づけたヒュプノスが、

            いつもより少しばかり大きな声で俺にある言葉を言った。


「……ナユタ君…コンロの火…きってない…」


「………」


 ……………


 …………………


 …………………………………あ゛あああああああああああ!?


 そ、そう言えば切った記憶がない!


 やばい、我が家が火事に…!


 …いやまぁ燃えても怪我する危険性があるのさゆりと猫くらいとか思わないでもないが…重要なのはそこではない……もちろん怪我していいわけはないが!


アサトやヨルトの模範となるべき俺がそんな失態を彼女ら見せるわけにはいかない。


どうせこっちの用事済んでるんだから未練は無し!と、俺は速攻で門を作り上げる。


「じゃあ俺料理の途中だったから帰るわ、じゃあな!」


 早口で瞬たちのリアクションも見ずにフェンリルを連れた俺は門をくぐる。


 間に合えー間に合えー!


 急いで門から首を出しコンロをチェック!


 火は…消えている。


 良かった、どうやら火は消えていたようだ。


 が、門から出していた首の後ろを誰かに掴まれる。


 ……ふ、振り向きたくない…。


 錆びた蝶番のような音を出して俺は首を回す。


 そこには満面の笑みを浮かべた俺の奥さんたちが腕組みをして横一列になって並んでいた。


 首根っこを引っ張られ門から引き摺り出される俺。


「旦那様?」


 今朝は子供姿だったはずのネムトがいつの間にか大人の姿になっているが、

それを気にする余裕は今の俺にはない。


「はい」


「言いたいことは分かるかの?」


「わかるよね?ナ・ユ・タ・君?」


「…はい」


「折檻じゃ~」「折檻じゃ~」


 ネムトに首。


 クロネに右脇。


 さゆりに左脇。


 そして楽しそうなアサトとヨルトに両足を持たれた俺はそのまま連行されました。


 どう考えても反論のしようもなく「彩芽が!」と言い訳をするのもみっともないのでおとなしく説教を受けることにします。…すいませんでした。


 ドナドナされる俺の視界に映ったのは、

 キッチンに残されたヒュプノスがこっちに手を振っている姿と、

 フェンリルが「ナユタ~海老天は~?」と尻尾を振っている姿だけでした。


この後、3時間健康マットの上で正座して叱られました。




 今日も我が家は平和です…。

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