第85話 特に何もしてないけど増えたんです

 どたどた騒がしかった諸々が落ち着き、

ナユタ家では騒がしくも平和なパーティーが無事開催される。


 人の歴史にも名前を刻まれるほどの神たちだったり、

人の世界の元偉人だったり、格故に世界に名前の広がってない外の神たちだったりが混在しているが特に争いもなく、みなパーティーを楽しんている。


 顔を合わせれば争うのが日常な神たちでも今日この日はここで争うことはないのだろう…よほど仲が悪くなければだが。


なおナユタ家のペットの猫たち、シャンタク、ショゴス、ダロス君はそれぞれご馳走をもらい仲良くパーティーを楽しんている。


バラバラの種族の彼らだがすでに家族意識が完成しているらしく、

皆シャンタクの背中で仲良くパーティーを過ごしているのだった



 そして各々適当なメンバーと飲んでいる神たちはゆったりと談笑を繰り返す。




「…いやぁ、なかなかのメンツだねぇ!さすがはナユタ君だ!」


「誰かさんのせいでナユタの苦労が灰燼に帰しかけたけどね」


「…あはははは…悪気はなかったんだ、勘弁してくれヨルト」


「ほっほ!まぁそう怒る出ない外宇宙の副神。

 おんしが彼を好いておるのは分かるが、イグに悪気がなかったのも事実なのじゃ」


「…ふん」


痛いところを指摘されて頬をかくことしかできないイグに助け船を渡すオーディン。


 そんな彼に少し恨めしそうな大人姿のヨルトがグラスの酒を飲みながら話す。


「…いいけどね別に。あの狼神がここで暴れたら撃退すればいいだけだし」


「しかしおんしもずいぶん変わったものじゃな。以前見たときは周りのすべてを睨んでおったのにのう。今では彼と姉神と一緒に笑っておるのだからの」


「…悪い?」


 ちょっぴり恥ずかしそうにグラスで顔を隠しながら訪ねるヨルト。


 そんな彼女にオーディンは優しく微笑み返す。


「よいよい。独りぼっちだった頃より幸せそうで安心したぞい」


「あんたは相変わらず世話焼きね。

 ……そういえばあんた今ナユタにくっついてるあの狼神に喰い殺されたんじゃなかったかしら?あいつそこにいるけど大丈夫なの?」


「ほっほ!昔のことじゃしロキの娘っ子ももう忘れておろうて!」


 そう少し大きめの声で笑うオーディン。


 その声にテーブルにあった鶏肉に嬉しそうに噛り付いていたフェンリルの耳がピクリと反応する。


「…がう!聞き覚えのある声だと思ったらクソ爺!まだ生きてのかだぞ!」


 警戒心MAXで姿勢を低くし今にも飛び掛かりそうな殺気を放っているフェンリルに先ほどの笑顔のまま硬直しているオーディン。


 そんな老神に呆れ顔でヨルトがツッコミを入れる。


「…誰が忘れてるって?」


「…もうラグナロクからずいぶん経っておるのじゃがのう」


 苦い表情のオーディン。


 そんな彼の状態を気にするつもりのないフェンリルが低い姿勢のまま唸っているとその後ろからやってきたナユタがしゃがみフェンリルの頭を撫でる。


「フェンリル、できれば襲い掛かるとかは無しにしてくれると助かるんだけど…。

 せっかくのパーティーだし怒るよりも笑って過ごそう…なっ?」


 困り顔で「よーしよーし」とフェンリルを撫でるナユタ。


 撫でられているフェンリルは徐々に怒りの表情を気持ちよさそうな表情に変えた後、おとなしくなりナユタに抱き着く。


「……ナユタがそういうなら…わかったんだぞ。

 命拾いしたなクソ爺!いつかグレイプニルの恨みは返すんだぞ!」


 そう言いながらオーディンに背を向けてナユタとともに料理の並んだテーブルに戻るフェンリル。


 それは図らずも子連れの家族のようだった。


 彼女の様子をしみじみと見る北欧の主神オーディンは驚くような声音で呟く。


「指図されることが大嫌いなあやつを既に懐かせるとはのう。

 さすがじゃなぁ……ところでおんし…どうしたんじゃ?」


 心配そうにオーディンに声をかけられたヨルトは顔を手の平で隠し、

 ため息を吐きながら返事をした。


「…いいえ、何でもないわ。

 ちょっとそろそろうちのベッドが手狭になってきたと思っただけよ…」


 自身の力で未来を覗き見ることも可能な彼女だが、そんなことをしなくても予見できる未来に「まぁいいけど…」と小さく夫の悪い癖を嘆くのであった。


 そんなヨルトが持っていたグラスに新しくお酒を注ごうとしていると、

ゼウスとその肩に乗っているアサト彼女たちの方へと歩いてくる。


「………ん」


 無言で持っていたジョッキを前に出すアサト。


 それを見たヨルトは瞬きの間にいつもの幼い姿になりゼウスの方でジョッキを掲げている姉へと歩み寄る。


「どうしたのお姉ちゃん?」


「…ん…ゼウスが胃も全能だって。だから飲み比べ」


「がっはっは!

 年は取ったがまだまだちびっこ主神に負けるほどは衰えておらぬ!」


「そして付近にいた僕も巻き込まれたわけ。

 一応蟒蛇うわばみだけどさぁ…せっかくだからと他の主神とか同じ蛇でも誘おうかなって」


 鼻息荒く宣戦布告をするアサトに高笑いするゼウス。

 その後ろから酒を飲み手の咥え、酒を飲みを繰り返すウロボロスも現れる。


「おや!飲み比べかい!いいね!

 こう見えて僕も立派な蛇だからね!お酒には強いよ!」


「ほっほ!まだまだ若いもんには負けんぞい」


「ふっふっふ!私もお酒強いからね!負けないよお姉ちゃん!」


 こうした流れでパーティー会場の一部分では神々のラグナロク飲み比べが始まるのだった。



 ◆◆◆◆◆



 ―――一方その反対側では…。


 世にも奇妙な雰囲気の3柱が揃い静かに酒を飲みながら会話を楽しんていた。


 普段は揃うことなどない身勝手の極み3柱(本来は4柱)が珍しく顔を合わせたことにより何やら謎の空間が醸し出されている。


「いやぁ…いつも寝てばかりだがこういうのは起きていてもいいかもしれないな」


「あんたは寝すぎなんじゃないかしら?

 私なんて牢に入れられてから一睡のしてないのに」


「何故だ?」


「寝たら妻たちあいつらに好き勝手されるから怖くて寝られない。

 今日は酒飲んで気持ちよく寝るんだ私」


「相変わらず思想も理念もなく適当に生きているのですね、あなたは。

 ある意味では感動を覚えてしまいそうです」


「自分の性癖のためにすべてを計画するあなたに言われたくないわよ!」


「自身の理想のために最善を尽くすのは当然では?」


「相変わらず気持ちのいいくらいぶっ飛んでるなニグラス。

 お前がナユタの眷属とか信じられんぞ」


「ツァトグア、それはどういう意味でしょう?」


「いや、そのまんまの意味でしょう?

 あたしもツァトグアの言ってること分かるわ。

 究極に自分しか考えないあんたと、究極に自分を考えないナユタ。

 太陰大極図かってくらい対局じゃんあんたら」


「わかる」


 グラスを口で加えてブラブラさせながらそう追及するニャルと、

 寝っ転がりながらローストビーフを口に放り込むツァトグアに問われたニグラスは「ふむ」と小さく漏らすと自身の手にはめている黄金のガントレットのとがった指先でオニオンリングを拾い目の前に上げる。


「対局というのは確かですね。我が神は私とは違う考えを持っていらっしゃる。

 ですがだからこそ私よりも他者を堕落させる術に長けているあの方を尊敬しているのです」


「あんたが尊敬とか恐ろしいわね…」


「ここまで行くとある意味、神の力なんぞよりもナユタそのものが恐ろしいぞ」


「よねぇ…でも問題はその誰よりも恐ろしい相手をここにいる全員が信頼しちゃってるってことよねぇ…」


「そういった意味ではやはりあの方は紛れもなく『外宇宙統一神』という肩書に恥じぬお方ですね」


「ナユタにそれ言ったら『やめてくださいお願いします』って嫌がるけどね!」


 外宇宙で害悪と言われる神に3柱に恐れ敬われ親しまれるナユタ。


彼の話題が尽きぬ3柱はパーティー間、のんびりと酒と食事を楽しむのであった。




 ◆◆◆◆◆




 パーティーが始まって数時間が経ち、ナユタはようやく自由時間を得ていた。


 最初の一時間は今日の一件でものすごく彼に懐いたフェンリル、


 身の安全の確保のためにナユタに張り付いていたステンノ、


 なんとなく負けたくなかったウタウス、


 豪華料理を食べるために人型のままナユタの頭の上で正座するリベルギウス、


 この4人(?)に連れまわされていた。



 そしてその後は愚痴をつまみに酒を飲み悪酔いしていた明智光秀と互いの苦労話をするのに1時間。



 その流れで捕まった信長と秀吉に絡まれ、申し訳なさそうなハスカの横で一時間。



 これらを乗り越えパーティーの主催者はようやく自身で選べる時間を得ていた。


 そして彼は今現在、楽しそうに歌うウタウスの新曲を楽しそうに聞いていた。


「隠しまーしょ♪ ぜーんぶコ・イ・ゴ・コ・ロ♪ 消して仕舞うの。

 愛しい♪ あなたに♪ ばれないように~♪」


 いつもと違うクールな歌声のウタウスの歌を目を閉じて聞くナユタ。


 その傍らではその様子を見て微笑ましそうにしているさゆり、大人姿のネムト、

 クロネ、それに加えてウタウスの友神であるナチャが談笑していた。


「アイドルのライブを家で聞けるなんてすごいなぁ」


「…と言ってもあの歌はどう考えてもナユタ向けのものなのじゃけどの」


「…あはは…やっぱりそうだよね」


「のじゃ」


「いいではないですか。

 素直に気持ちを伝えられないという経験はあなたもあるでしょうクロネ」


「う…否定はせんが肯定もしないのじゃ」


「ふふふ、クロネを素直にさせるにはお酒を飲ませなければいけませんね」


「…にゃぁー!やめるのじゃ!パワハラ反対なのじゃ!」


 酒に弱いクロネはネムトの持っているジョッキから逃げの姿勢で構え、

 少し揶揄うネムトは楽しそうにクロネにジョッキを向ける。


 その二人の間にいたさゆりは一応手で静止する動作をするのだった。


 もっとも…さゆりもアルコールに強いわけではないので腰が引けているが。


 そんなクロネとさゆりの様子を思う存分楽しんだネムトは元いた場所にストンと座り酒を呷る。


「…ふぅ…さゆりもクロネもお酒に弱いのでこちらでは飲み比べできないのが残念ですね。あっちではアサト達が楽しそうです」


 そう楽しそうに漏らすネムトに少し遠慮気味なナチャがおずおずと挙手しつつ質問をした。


「…そのぉ…聞いておきたいことがあるんだけどぉ…いいかな?」


「はい、どうぞ」


「さっきの会話的になんだけどさ…やっぱりウタウスっちの気持ち…気づいてる?」


「ええ、気づいていますよ」


「えっと…すいません気づいています」


「当然気が付いているのじゃ」


「…だよねぇ~」


「やっぱりか」とため息をつくナチャ。


 だが、その質問の答えを聞いたことで新しい疑問が湧いて出たのか顎に指を当てて「うん?」と分かりやすく首を傾げて質問を続けた。


「…気が付いてて笑いながら見てるってことはウタウスっちがナユタっちのこと好きでも大丈夫ってこと?」


「もちろんです、裏表なく旦那様のことが好きなのは伝わってきますからね」


「そうですね、私もずっと告白できなかったから気持ちわかるし…

 ちょっぴり応援してます」


「今現在でも5人。今更増えても気にはせんのじゃ。

 どうせナユタなら平等に愛してくれるじゃろうしの」


「……そっかぁ…うん。それを聞いてちょっと安心かな。

 これでウタウスっちが告白して『オノレユルサン!ジワジワトナブリゴロシニシテクレルワ!』…とかなったら可哀そうだしね」


「どんな目で我らをみとるのじゃ…おぬし」


「じゃああとはナユタっちが告白を受けてくれるかどうかだけかぁ…。

 成就するといんだけど」


 友神を応援するナチャは必死に歌を歌い遠回しに想いに気づいてもらおうとしている友神を見る。


 しかしその言葉を聞いたナユタ妻3柱は「うーん…」と少し言いづらそうにナチャにある真実を告げた。


「それなんだけど…多分大丈夫だと思う」


「…大丈夫…?……って!?ウタウスっちの告白!?まじ!」


「そうですね」


「え?え?何で?」


「うちの夫は優しいからの。

 親しい相手の好意を無下にすることは絶対無いのじゃ。

 …ぶっちゃけここまで親しくなったウタウスが正面から『結婚してください』といったなら普通に家族の仲間入りじゃ」


「…マジかぁ…ウタウスっちェ………」


 驚愕の真実に今現在直接告白できてない友神を見るナチャ。


 その目はとても悲しそうだったそうな。


「でもアイドルって結婚したら引退しなきゃいけないんじゃ?

 ウタウスさんアイドルやめることになるんですか?」


「あっそれは大丈夫!最近の外宇宙のアイドルの属性には『人妻属性』もあるから結婚しても別に仕事続けられるし!」


「なんじゃそれ…」


 もはやウタウスが家族になる前提の話を続ける4柱。


 ちなみに今回の歌を歌い切ったウタウスが汗だくでナユタに「どうっすか!」

 と感想を求めるが「うん、いい曲だな!」と返され、

 やはり状態は進展せず、ウタウスはこの後やけ酒に入るのだった。



 ◆◆◆◆◆



 …パーティーが始まって早5時間ほどが経った…と思う。


俺は少し酔いが回ってきたので中庭で酔い覚ましに座って雪の降る空を眺めていた。


 勢いでやったパーティーだがうちの妻も友神たちも新しい友神たちも楽しそうで何よりだ。


これでこの後、おそらく俺が行動不能になる予定でなければ大満足だったろうなぁ。


 まだ自分に掛けている魔術の効果の効き目がっ切れないことを俺が確認していたそのとき、俺の後ろから誰かが歩いてくる音がする。


 その音に振り向くとそこにはいつも通りの変わらない表情のアサトがこちらに歩いてきていた。


 無言のまま歩いて来たアサトは自然な動作で胡坐をかいている俺の足の上に座りそんなアサトを俺は抱きしめて一緒に空を見る。


「アサトも酔い覚ましか?」


「…ん…そんなところ…。

いっしょに飲み比べしていたみんなが飲み過ぎで倒れて…暇だったからこっち来た」


「そっか」


 あの屈強な神軍団を下してこの余裕、さすが我が妻である。


 そのまま俺とアサトは白い粉雪の降る夜空を見ているとふとアサトが喋り出す。


「…ナユタ…ありがと」


「…うん?どった?」


「体痛いのに頑張ってくれた」


「そんなの気にするなよ。

 こうしてアサトやみんながやりたいことしてるのが一番いいんだ」


 俺に身を任せ体重を預けてくる愛妻の礼を受け取りつつも、

 俺はお返しにいつも通りのなでなでを返す。


 まだ長い間と言えない結婚生活でもこのやり取りは俺たちだけの愛情表現だ。


「去年はまだナユタやベルとかだけだった。………あとオマケでニャル」


「そうか?……いや、そうだったな。………みんなと一緒なの…嫌か?」


 その俺の問いにアサトは首をぶんぶんと横に強く振る。


「…ん…そんなことない。…いつも騒がしくて…いつもあったかくて…楽しい」


「…そっか、良かったな」


「ん」


 気持ちよさそうに目を細めるアサトの顔を見ながらちょっぴりくせっけのある金色の髪を優しく触る。


 多分俺と彼女は1年前とそんなに変わったわけじゃない。


 これからもそれはたぶん変わらない。


 それでも俺は腕の中で1年前には見ることができなかった花が咲くような笑顔を自然にしている妻に恋をし続けるだろう。


 彼女が俺に恋し続けてくれているように。



 俺とアサトが静かに雪空を眺めていたそのとき、

 家から騒がしい声が俺たちを呼んでくる。


「おーいナユター!これから全員強制参加の飲み比べ大会するわよ!

 この無貌の神にひれ伏しなさーい!」


「かっかっか!ナユタ!本能寺の続きといこうぞ!」


「殿!自重してください!」


「にゃははは!ナユタ一緒に飲むのにゃー!」


「クロネさん!これ以上飲んじゃだめだよぉ!」


「わう!酒だぞ!」


「マスター。飲酒」


 リビングに続く窓枠では収まらない数の友神と妻たちが待っているその光景を見て俺とアサトは顔を見合せ笑い合う。


「はいはい!………んじゃ!行くか!」


「ん!」


 騒がしいパーティー会場へと雪を踏みしめて歩き出す。



 まだ今日という日と騒がしい神々の宴は始まったばかりだ。



 ――――今日も我が家は平和です。

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