第72話 限度は何事にもあるんやで…


 一仕事終えた俺は無事生還し今ここに存在する。


 まぁ…仕事時間15分だったけどな!


 捕まえるまでにかかった時間に至ってはもはや2分程度だし。

 とある事情のせいでな。


 だが捕まえて問題解決…かと思うじゃん?


 残念…なんと問題が片付いて新しい問題が現れてしましました。


 具体的には捕まえた犯人たちなんだけどさぁ…。


 ……う~ん…とりあえず依頼主のウタウスに確認を取ろう。



 俺は鎖でぐるぐるの3柱を後ろに引き連れながらライブ会場の裏側に進む。

 関係者以外立ち入り禁止とか書いてあるけど大丈夫かな?


 まぁ、関係者といえば関係者なんだけど。


 そんな感じのことを考えていると黒いスーツの人間っぽい奴らが近寄ってきて

野太い声でこちらを止める。


 どう見ても屈強な警備員さんです、ありがとうございます。


「止まれ!何者だ!」


 状況を整理しよう…これどう考えても不審者扱いじゃないですかねぇ…。

 

しかしよくよく考えれば俺は今、怪しげな奴らを鎖で縛って3人連れている…

…すいません…割と言い訳できなかったっす。


 仕方ない、頑張って誤解を解こう。


「えーと俺ナユタって言ってウタウスに頼みごとをさr…」


 と、俺が誤解を解こうと名乗ったそのとき、

 先ほどまで「やんのかゴラ!」ぐらいの勢いでこちらに迫ってきていた警備員さん達がよろよろと後ろに下がりながら顔面を蒼くする。


 そんでもって後ずさりすぎてついには後ろにこけた。


「…あ、あなたが噂の…!?し、失礼しました!!!話はクアチル・ウタウス様から伺っております!!!どうか命だけは!!命だけは!!!」


「あっはい」


 ……何故だろう…名乗っただけでみんな土下座を始めた…何でだろう…。


 扱いは完全に魔王のそれである。


 俺がいったい何をしたというのか…。


 若干へこんでいる俺は怯える屈強な警備員さんに案内される。

 …2人分くらい間を離されながら…。


 顔に書いてあるもん…「おとーさんおとーさん!ナユタが来るよ!」って。

 あの曲の魔王の気持ちがわかった気がする。



 でもって案内のもと無事犯人たちを引き連れてウタウスがいるであろう控室へと到着した。ちろっちろっこっちを見ている警備員が中へと入ってしばらくすると、

 中からアイドル衣装のままでこっちに走ってウタウスが寄ってくる。


 ライブが終わったばかりなのか、まだ体の所々が汗で濡れているが…頑張った証だと思うと凄く綺麗で誇らしいものに思えるな。


「ナユタ先輩!」


「おう、お疲れ。よしよし」


「…な、撫でないでくださいっすぅ~」


「ああ。悪い悪い、癖でな」


「……あっ…」


 撫でるのをやめると何やらウタウスが不満げにアホ毛をみょんみょんしながら俺をジーとみてくる。

 ……何ぞや?子ども扱いの抗議か?


「あー…それでストーカーだけど…捕まえたぞ、全員」


「本当っすか!?」


「全部で3柱。捕まえた奴らから情報を聞き出したし間違いもないはずだ」


「さすがっす!………あっ!ケガとかしてないっすか?」


「うちの魔導書が素早く拘束したから大丈夫だ。

 心配してくれてありがとうな」


 と、しぜ~んに再びウタウスを撫でてしまう俺。

 しまった…完全に撫でるのが癖になってる…。


「ウタウスが怒っているのでは?」と思い恐る恐る視線を向けてみると、

 …よかった怒ってない。どちらかというとご機嫌なようだ。


 手からはみ出ているアホ毛もゆる~く横に揺れているので気持ちいいみたいだ。

 撫でるのうまくてよかった。


「えっと…それで犯人たちどうしたっす?」


「あ~…それなんだけどさぁ…ちょっと処分に困ってな…どうやら俺も無関係じゃないらしいし…一応今後ろに連れてて…こいつらなんだけど…」


 俺は後ろから鎖でぐるぐる巻きの3柱を前に出す。

 そしてそれを見たウタウスが驚きながらこちらを見てくる。


「…ナユタ先輩、こいつらって…」


「やっぱり?…だよなぁ。

 ………仕方ないからいったん家に連れて行こうと思うんだけど…

 …ウタウスも同行するか?」


「はいっす!着替えるから待っててくださいっす!」


「ほいほい」


 こんなやり取りの後、

 私服に着替えたウタウスとともに俺は我が家に帰宅するのだった。


 今回の人騒がせな騒動に決着をつけるために。


ちなみにこの後シャンタクには頑張ったご褒美に美味しいお中元ハムセットをあげました。嬉しそうに頭の上でハムをリフティングしてた姿はとても愛らしい。



 ◆◆◆◆◆




 で、無事ウタウスと一緒に我が家に到着。


 今はリビングの中へと入るところだ。

 

廊下からリビングの扉を開け中に入るとそこには我が家の妻たちが勢ぞろいしていた。


 そしていつも通り幼女姉妹がこちらに走り寄る。


「…ん…おかえり!」


「おかえり~!ナユタ!」


「ただいま、アサト、ヨルト」


「「 あー!ウタウスだー! 」」


「お邪魔するっす」


 ウタウスの周りでぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねるアサトとヨルト。

 …くっっっっそ可愛いんだが?


 俺が可愛すぎるうちの妻たちをを撫でたい衝動にかられていたそのとき、

 ゆっくりとこちらに来たさゆりとクロネ、それとさゆりに抱きかかえられたネムトが俺を出迎えてくれた。


「おかえり、ナユタ君」


「なのじゃ」


「おかえりー」


「ただいま」


「それで?犯人を捕まえたのじゃ?」


 猫耳を「ピン!」としながらクロネがそう俺に尋ねてくる。


「……捕まえたよ…捕まえたけどさぁ…」


「その犯人はどこだぁ!ナユタァ!!!!」


 俺がクロネ達に返答しようとしていると奥の方からジャラジャラとうるさい何かがこちらに高速で転がってくる。


 それは我が家の問題児…ニャルだった。


 予想通り鎖で捕まっている。

 一応の策を用意していてよかった。


 そんな俺の安堵も知らずにこちらを問い詰めるニャル。


「それで!どんな奴だったんだ!

 我らがクアチルたんに手を出したんだ!

 ギッチョンギチョンのめっためったにしてくれるわぁ!!!」


 さて興奮状態のニャルには悪いが俺はさらに答えにくくなったよ。


 なんだろう…なんて言ったらいいんだろう?

「またお前か」とか?それとも「いつもあなたの後ろに!」とかだろうか。

 少なくとも俺の心境はそんな感じである。


 う~ん、う~んと悩む俺とそんな俺を見て首を傾げる妻たち、そして床で高速スピンをするニャル。


 うぜぇ…。


 このまま悩んでいても仕方ないし各々でさっきの質問の答えを見ていただくことにしよう。


 と、完全に思考放棄した俺は真顔で後ろから犯人の3柱の人間の姿をした奴らを前に出す。



 眼鏡をかけた20代の男。ちょっとチャラい20代くらいの男。

 そして大阪とかによくいそうなぽっちゃりしたおばさん。


 これらの姿を前に出す。


 すると…、


 ク「……なるほどの。はぁ…そういうことじゃったか」


 ネ「まーたーおーまーえーかー」


 さ「…えっ?えっ?えっ?」


 ニャ「…………………………」


 呆れるクロネとネムト、戸惑うさゆり、絶句するニャル。


 様々なリアクションが見てとれる。


 まぁ…そんな感じになるよね。


「ね、ねぇナユタ君」


「なんだ?」


「この人達、みんなの知り合いなの?」


 周りの反応が理解できずにそう俺に耳打ちして問うてくるさゆり。


 さゆりはまだ感知魔術とかその応用とかできないからそこの3柱が何なのかわからないんでしょうな。


 ならばわかりやすく教えてあげるしかないな。


「えっとさゆりも知ってるっちゃ知ってる奴らだよ、こいつら」


「…この男の人2人と…女の人を?お、覚えてないよ?」


「いや、古い知り合いとかってわけではないんだけど…そうだなぁ…。

 …おいお前らうちの嫁が状況を把握できてないから自己紹介しろ。

 姿!」


 俺にそう言われたストーカー犯人の3柱は鎖でぐるぐる巻きのまま静かに横一列に並び自己紹介を始める。


「どうも初めまして、ニャルラトホテプです」


「ちゅーっす!ニャルラトホテプでぇす!」


「ニャルラトホテプよぉ!」


 元気な挨拶ありがとうございます。


 …えー、そういわけなんです。

 ここにいるのは全員ニャルなんですよ。


「…もしかしてニャルさんの化身さん?」


「いや、こいつら化身じゃないんだよ」


 捕まえた当初からわかっていたがこいつらはニャルの本体で間違いない。


 ベルが簡単にこいつらを見つけたもそれが原因だろうな。

 残念なことに無貌の神こいつらが生みの親だし。


 まぁ、おかげで捕まえる際にベルの開発していた「ニャル拘束用鉄鎖」が役に立って一切の反抗を許さずに捕獲出来たら楽でよかったっすわ。


 ただし本体は本体でもこの世界とは違う別の世界軸からこっちの世界に来た奴ららしい。こいつら曰く…、


「クアチル・ウタウスがアイドルをやっているのはこの世界だけ!

 だからこの世界に来た」


 とのことです。


 でもってなんでストーカーしてたかというと…、


「不審者がクアチルたんに近づかないように守ってたんだ!」


 とのことです。


 ……いやお前らが不審者だよ!!!


 これには心優しいウタウスさんも「……ひぇっ…」と怖がってました。


 行き過ぎたファンはもはや犯罪者だっつーの。



 捕まえた時からこいつがニャルだということは気が付いていたんだが、

これでも立派な身内なのでウタウスと我が家の家族の判断を仰ぐためにここに連れて帰ってきた。



 事情説明も無事終わり我が家の全員の判決を下す。

 当然結果は有罪。


 あの心の広いさゆりでさえ「さすがにストーカーはよくない…かな」

 という感じで情状酌量の余地なく満場一致で有罪判決が出ました。


 それに従いこいつらを沖縄県警でも渡そうと常盤さんあたりに連絡しようとしたそのとき、俺の邪魔をするものが現れた……(うちの世界の)ニャルです。


「待ってくれぇ!こいつらは悪くねぇ!

 ちょっと方法を間違っただけでこいつらは悪くねぇんだ!

 そして俺も悪くねぇ!」


 別の世界の自分を庇う様に前に出てさらっと保身に走るニャル。

 どっちかになさい。


「残念だがそいつらは豚箱行きだ。ニャルだから容赦はしないぞ」


「そこは『たとえ友人でも容赦しない』が普通だろ!?

 何でヘイト上がってんだよ!」


「…だってニャルだし…存在が迷惑な奴だし…」


「ひどい!」


 こいつの扱いはきっとこれでいいのだ。

 古事記にも解体新書にも古今和歌集にもそう書いてある。


 もめるニャルと俺がやんやんしていると俺の後ろから腕を胸元でくんだクロネが尻尾を左右に振りながら前に出て来た。


「どうせ鎖で何もできなくなっておるのじゃ。おとなしくせい。

 犯罪行為をしたぬしが悪いのじゃし」


「俺はやってねぇよ!?

 …ていうかそれだったらお前だってまだナユタに告白する前に猫の姿でナユタの後ろをスト」


「…ニャァァァァァァァァァ!?」


『スパアァンッ!!!』


「へぶらっ!」


 何かを口走ろうとしたニャルに亜音速で近寄ったクロネの回し蹴りがヒット!

 超エキサイティング!


 憐れニャルは空中で美しい4回転ひねりを見せた後、頭から地面に落ちる。


 そして若干興奮状態のクロネは俺の後ろで「フシャー!」と威嚇している。

 …これはこれで可愛いな…。


 もはや病院送りかと思われるニャル。

 だがなんと地面に落ちた後、体をぐにゃんぐにゃんさせ「ふっふっふ…」と笑みを漏らしながら起き上がった。


「馬鹿め!これも作戦の内よ!見よ!」


 そう言い自身の体で『大』の字を作るニャル。

 その体には先ほどまで巻き付いていた愛娘作成「ニャル拘束用鉄鎖」がなくなっていた。おそらく奴は鎖から脱出するために鎖をクロネに攻撃させたのだ。


 な、なんて賢いようで自分の命を削る作戦…!?

 …参考にならねぇ!


 自由の身になったことでどこからともなく出した工具で鎖を切って他の世界のニャルを助けるニャル……言葉にするとややこしいな。


「くっくっく!もはや警察に送るというのであればお前たちの意識を刈り取った後に記憶を改竄してくれるわ!」


 その発言の後に4体のニャルがゼリー状になって引っ付きなんかよくわからない光の柱が上がる。


 そして光が消えそこに現れたのは…


 触腕とか鉤爪とか手が自在に伸縮する形のない肉の塊と咆哮する顔のない円錐形の頭っぽいものが付いた不定形の木の根っこみたいなやつ。


 いわゆる神の姿のニャルだ。

 初めて会った出会った時もこの姿だったな。


 そして今見てもやっぱり干からびた木の根っこにしか見えない。


 ただしサイズはあの時と違いとても大きくなっている。


 つまりは引っ付いて合体したのだろう。

 ……どこのスライムですかあなたは。


「「「「はぁ~はっはっはっはっは!もはや俺に敵う者はいない!

 今の俺は通常の3.5倍の強さを誇っている!」」」」


 ……弱くなってね?0.5ホテプどこ行ったのよ?


 しかし0.5ホテプ無くなっても大きくなったことには変わりなく結構厄介だ。


「どうやってこいつをボコして反省させようかな」と俺が考えていたそのとき、

 何やらニャルの後ろに大きな影が現れてニャルの頭を鷲掴みにする。


 俺の目が確かならば そこにいたのは、


   白い髭を伸ばし柔らかい笑みを浮かべる

          

        うちの天井並に背の高い

            

             筋肉ムキムキマッチョマンのお爺さんだった。



「ふぉっふぉっふぉ、見つけたぞ無貌の。

                また悪さしよってからに」




 …優しい口調のお爺さんに捕まっているニャルの顔は…とても真っ青でした。

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