第68話 騒乱のナユタ家 → 友は本能寺を去れり

 ―――ナユタ家。


 魔術の暴発によりナユタが過去の本能寺にいたその頃。


ナユタが行方不明になったことによりナユタ家のリビングでは大騒ぎになっていた。


「ど、ど、ど、どうしよう!?どうしよう!?

 な、ナユタ君が…ナユタ君が!?」


「お、おち、落ち着くのじゃ!?おち、おち、おち…にゃぁぁぁぁぁぁ!?」


 先ほどまでナユタのいた場所の床をバンバン叩きながらきょろきょろと首を振り彼を探すさゆり。


 その横では頭の上の猫耳を両手で押さえてあわあわとリビングを走り回っているクロネ。


 完全に混乱状態でリビングを暴走しナユタを探す二人に落ち着いた様子のアサトとヨルトが声をかける。


「……ん…さゆり…クロネ…落ち着く…」


「そうだよ、多分この辺にはナユタはいないよ」


「あぅ…えぅ…」


「ぬぬぬ、そう…じゃな」


 冷静な姉妹たちに指摘され錯乱気味だったさゆりとクロネが少しだけ落ち着き姉妹の方へと向き直る。


 彼女たちの前には動揺すらせずに自分たちを見つめるアサトとヨルトがおり、

ふと同じ疑問を感じたさゆりとクロネがアサトたちに疑問を問う。


「…えと…二人ともなんでそんなに落ち着いてるの?

 大好きなナユタ君がいなくなっちゃったんだよ?」


「確かに…一番慕っておるお前たちが、

どうしてそれほど落ち着いていられるのかが疑問じゃな」


 さゆりたちは首を傾げながら問うが、

 その質問をされたアサトたちも同じように首を傾げて返答した。


「…?…ナユタならこのぐらい心配ない…ん…」


「うんうん!ナユタなら溶岩の海に落ちても

『アイル!ビー!バック!』って浮かび上がってくるよ!」


 自信満々にそう返す2柱。

 

 信頼しているからこそ彼女たちは、


「どんなことがあってもナユタなら大丈夫!」


 という自信によりそこまで心配はしていなかった。

 おそらく本人がこれを知ったらこれはこれで泣くであろう。

「ちょっとくらい心配してくれてもいいのよ?」と。


 尚、ヨルトの言っている映画のシーンではどちらかというと溶岩から

「浮かび上がる」というよりは「沈む」イメージの方が強い。

 これもまたナユタが聞いたら泣くだろう。



「二人とももうちょっと落ち着こうよ。

 ほらネムトもいつも通り寝てるよ?」


「……ん…ネムトを見習う…」


 そうアサトヨルト姉妹に言われ、

 視線を床で伏せているネムトに向けるさゆりとクロネ。


 そこには微動だにせずに床でうつ伏せに眠っているネムトがいた。

 先ほどまで慌てていたさゆりたちとは違い静かに眠っている。

 ………ように見た目だけは見えた。


「…?…あれ?」


「さゆり?どうしたのじゃ?」


 あることに気が付いたさゆりは顔を青くしながらクロネに思ったことを告げた。


「…く、クロネさん…ネムトちゃん…


「………言われてみれば…」


 眠っているとしても通常多少は動くはずの彼女が微塵も動いておらず、

 寝息すら聞こえないことに違和感を感じたさゆりとクロネは急ぎうつ伏せのネムトを抱き起す。


「ね、ネムトちゃぁぁぁん!?」


「に、にゃああああああ!?しっかりするのじゃぁぁぁぁ!?」


 ネムトは両目をぱっちり開いたまま意識を失っていた。

 皆が思う以上にナユタが消えてショックを受けていたのは彼女だったようだ。

 ……少なくとも意識を失う程度には。


 そんな彼女を見て再び錯乱するさゆりとクロネが

「どうしよう!?どうしよう!?」とリビングを駆け回り、

 その騒がしい音でコタツで寝ていた不動要塞ツァトグアが、

「やかましい!安眠妨害だ!」とマジギレして起き上がる。


 もはやカオスである。


 そんな様子をただじっと見つめるアサトヨルト姉妹は顔を見合わせる。


「……ん…仕方ない…ナユタ帰ってくるまで私たちでご飯作る…」


「そうしよっか、お姉ちゃん」


 そう言いながらカオスなリビングから退場しキッチンへと向かう2柱。

 やはり主神と副神は格が違った。


 そしてその途中、ふとあることに気が付いたアサトがヨルトに話しかける。


「…そういえばベルは?…」


「ダロス君と一緒にナユタ迎えに行ってたよ」


「…じゃあナユタも晩御飯間に合いそう…」


 そんな会話をしながら騒がしいリビングを背にキッチンの奥へと消えていく2柱なのだった。



 ◆◆◆◆◆



 絶賛大炎上中の本能寺にて信長さんの(あの世への)送別会に付き合う俺。


 庭の炎が徐々にこっちに迫ってくる中、意外にも俺と信長さんは熱く語り合い親交を深めていました。


「…でなぁ!わしはそれを実行したんだナユタ!

 やらねばならなかったからな。だがその結果周りの者はわしを『第六天魔王』とかいうわけのわからん恥ずかしい名前で呼び始める始末。

 …じゃあどうしろというのだ!」


「あぁ…わかるよ…俺も知らないうちに『神』とか言われてたし。

 せめてもう少し自分で名乗って恥ずかしくない呼び名とかにしてほしいよなぁ」


「まったくだ!」


 お互いに酒を注ぎ合い語り合いなんだかんだで打ち解けた俺と信長さんは焦げ臭くなってきた和室の中で愚痴る。


 話してわかったんだけど普通に信長さんいい人だ。

 うつけとか『殺しまえ、ホトトギス』とかそんな性格ではない。

 どちらかというと苦労人かな。


 するとさっきまでやや興奮気味だった信長さんは酒を呷ると、

 頭をクールダウンできたのかこちらに一つの疑問を投げかけてくる。


「……そうだ、ナユタよ。お前は確か未来から来たんだったな」


「そうだな。まぁ…来たというよりはただの事故なんだけど…」


「では聞くが…未来はどうなった?戦は?」


 真剣な表情でこちらにそう問いかける信長さん。

 だから俺もおふざけなしの返答をする。


「争いがないってわけじゃないけど…

 …少なくとも戦争とかそんなことはなくなったよ」


「…そうか」


 答えを聞き複雑そうな表情で頷くと酒を再び呷る信長さん。

 そこには何とも言えない感情が含まれていそうだった。


「…天下を統一するというのは過程よ。

そのあとに民の安寧を作り上げるのがわしの本来やるべきことだったのだ。

…まぁ…ここで死ぬる時点で不可能だが…のちに良き世になっておるならよいわ」


「………全然納得のいっている表情じゃないけど?」


「かっかっか!それはそうじゃろう!

 やりたいこと、やるべきこと、多く残したまま死ぬのだからなぁ。

 まぁ…やるべきことに関しては光秀は真面目だから代わりにやってくれるだろう…あいつが生き残ればだが。こればかりは…是非もなし、だ」


 そうちょっぴり悲しそうな表情で言う信長さん。


 やっぱり俺の思った通りいい人だ。

 少なくともここで死なせるには惜しい、そう俺が感じてしまう程度には。


 だけど信長さんを助けるために光秀と戦ったりしたらそれはそれで問題になりそうだし…どうしようかな…。


 そう俺が考え事をしていたそのとき、俺の真正面に座っている信長さんが首を傾げながら俺の後ろを指さし話す。


「…はて?面妖な…ナユタ、その者たちはお前の連れか?」


「えっ?」


 その言葉で俺は後ろに振り向くとそこにいたのは…、


「完了」 「わん!」


 ダロス君の背中に乗っているベルの姿だった。


「マスター。無事」


「わん!」


「おー!迎えに来てくれたのか!ありがとうなベル、ダロス君」


 自力でも帰れるのはベルも知っているから多分心配してきてくれたんだろう。


 いい子達やで。


 家族のやさしさに嬉しくなり1冊と1匹の頭を撫でていたそのとき、

 先ほどまで考えていた問題の答えを思いつく。


 そういえばこの間ベルが暇つぶしに魔術アイテム改造してたな…。


 と、考えていた俺だが信長さんに返答していないことに気が付く大慌てで答えを返すのだった。


「…っと、信長さんこの子たちは俺の家族たちだ。迎えに来てくれたらしい」


「…ふむ、そうか。ではそろそろお開きとするか。

 火も廊下まで来ていることだしな。

 ナユタ、お前との飲み、存外楽しかったぞ」


「俺もだよ、信長さん。

 あーっとちょっとまっててくれないか?渡したいものがあるんだよ。

 …ベル、この間作ったやつ持ってきてるか?実験で出来たやつ」


 信長さんに待機してもらいそうベルに問いかける俺。

 問いかけられたベルは頭の上に「?」を髪の毛で作り答える。


「……虹色水鉄砲?」


「そんな神をも滅ぼすリーサルウェポンじゃなくて!

 …ほら『銀の鍵』の改良版作ってたろ」


「(ごそごそ)……これ?」


 ポッケをあさり小さな手で銀色の鍵を取り出すベル。

 そうそう、これこれ。


 ベルから「鍵もらっていい?」と了承をもらった俺は信長さんに近寄る。


「信長さん、はいこれ」


「…なんぞこれは?」


「『銀の鍵』って言って魔術のかかった鍵なんだ。

 適当な空間にさして捻れば好きな空間に飛んでいけるっていう便利な道具。

 本来はMP消費とか条件とか詠唱とかあるんだけど…その鍵は改良版だからただ捻るだけで使えるよ」


「これを…わしにか」


「どうせここで死んだことになるんだから。

 残りの人生は好きな場所に行って好きなことしても罰は当たらないだろ?

 美味しいお酒のお礼だ、持って行ってくれ」


 俺の餞別をしばらく見つめていた信長さんだが小さく唸ると自身の背後に鍵を刺して捻る。


 その空間は歪みそこには木や草が茂る暗い森につながっていた。

 どこか離れた森へとつないだんだろう。


 自身の行きたい場所にうまくつながったことを確認できた信長さんはもう一度、

 手に持っている鍵を見つめた後に俺に向き直る。


「ふむ、ではありがたくもらっておこう」


「好きに使ってくれ」


 そしてつなげている空間の方へ進むためにあちらに歩き出した信長さんが赤色のマントを揺らしながら俺に話しかける。


「ではわしは一足先にここを離れることにする」


「あいよ、元気でな」


「そちらもな。……そうそう、それとだ」


 何かを思い出したようにこちらに視線を送る信長さんが笑顔で俺を見る。


「友よ、この借りは忘れんから覚えておくがよい。かっかっかっかっか!」


 嬉しそうに高笑いをする信長さんは空間の先へと歩いていき、

 そして彼が渡り切ったところでつながっていた空間が閉じる。


「…お元気で」


 室内まで燃え出した本能寺で友人を見送り終えた俺は、

その後、迎えに来たベルとダロス君と一緒に家へと帰るのだった。



 ◆◆◆◆◆



 ブレイズ本能寺から無事帰ってきた俺は現在リビングに入ってきていたのだが…思った以上に謎の状況になっていた。


 そこには仁王立ちしているツァトグアとそれに向かい合うように正座させられているさゆり、クロネ、ネムトの姿があった。


 ………何事?


「いいかお前ら!親しき仲にも礼儀あり!コタツの中にも眠り在り!

 その横で大声で騒ぐなど恥を知れい!!!」


「「「 ごめんなさい 」」」


「そもそもお前らの頼りになる旦那だろ?こういう時に信頼しないでどうする?」


「「「 はい…その通りです 」」」



 何故かおこで俺の妻たちに説教しているツァト。

 何故かしょんぼりしながら説教されている妻たち。

 その横で晩御飯を並べているアサトとヨルト。


 どうしてこうなった?


 と、リビング入り口で困惑している俺に気が付いたアサトとヨルトがぴょんぴょんしながら声をかける。


「…ん…おかえり…」


「あーナユタ!おかえり!」


 俺もそれに反応して「おかえり」としようとしたそのとき、

 ツァトの前で正座していたさゆり、クロネ、ネムトが『バッ!』という効果音が出そうな速度でこちらに向く。


 そして物凄いスピードで俺に抱き着いてきた。


「ふぇ…ナユタ君…無事でよかったよぉ」


「よかったのじゃぁ」


「…ぐすん」


 俺に抱き着き涙目でそう言う妻たちを見てようやく俺は結構心配をかけていたことに気が付く。


 そりゃいきなり消えたら心配するよな。

 

…そんなことも気づかずにお酒を飲んでました…ほんとすんません。


 そんな妻たちを安心させるようにひたすら頭を撫でることしかできない俺なのであった。


 はぁ…不甲斐ない旦那ですまん。


 そのとき俺の傍まで来たアサトとヨルトが俺に当然の疑問を聞いてくる。


「…ん…ナユタ…どこで何してたの?」


「すぐに帰ってこなかったし何かあったの?」


「ん?……んー…そうだな…。

 全部説明するのは長くなりそうだから纏めて言うと…

『友は本能寺を去れり!』かな?」



 言ったことがよく分からなかったのか俺の前で首を傾げる姉妹たち。

 そんな彼女たちの頭も優しく撫でる俺なのであった。



 今日も我が家は平和で…本能寺は燃えました。









 ———実はナユタが過去に行ってきた後に歴史の教科書の1ページに死んだはずの織田信長が明智光秀の正面に突如現れて腹パンして消えたという『信長の亡霊』という事象が起きていたことは今のナユタは知りもしなかった。

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