第67話 しゃべる前に考えよう → ナユタ本能寺に在り

 庭の掃除を終えて室内へと戻った俺とニャルとティンダロスのわんこはとりあえず妻たちに新しい家族を紹介するために全員でコタツに集結している。


 ティンダロスは今現在、俺におとなしく抱きかかえられている。


 というか餌をあげたせいなのかものすごく俺に懐いた。

 餌の方には懐いてないのにな。


 今もコタツに半分入っている俺の上ですこし跳ねて顎に頭を当ててくる。

 1年間くらい放置されていたから誰かに甘えたいのかもな。


 ちなみに体から出ていた謎の青い液体は俺が頼んだら止めてくれた。

 今では完全にちょっぴり透明なわんこです。


 そしてコタツに集まっている家族たちに新しく飼うことになったペットを紹介し終える。


 結果として特に反対もなく受け入れられました。

 曰く「ナユタに懐いているならいい子」だそうです。


もともとうちにいるクロネの眷属猫たちが犬と猫で争わないか少し心配だったが、

 向かい合うとお互いにお辞儀をし「ニャッ!」「ワンッ!」と挨拶をした後に、

 手のひらを合わせて遊んでいたので仲良くなったようです。


 うちのペット賢すぎじゃない?


 こうしていろいろ済んだので今はティンダロスのわんこの名前を決める会議を開催している。


「…はい、というわけでこれからこの子の名前を考えていこうと思います。

 みんな何か言いのあるかー?」


「…ん…『犬』…」


「えっとね、えっと…『半透明』!」


 元気に手をあげながら名前の候補を言うアサトとネムト。

 だがその名前はさすがにどうかと思う。


 俺が胸元に腕で「×」を作ってお断りをすると、

 頬を膨らませて抗議するアサトとヨルトが可愛らしいです。


「…すー…すー…」


「かっこよいのだと『フェンリール』とかどうじゃ?

 確かどこかの犬の神の名前だったと思うがの」


「く、クロネさん…それ神殺しの狼の名前だったと思うんですけど…」


 話が長くてコタツの魔力に負けたネムトはすでに力尽き倒れている。

 ティンダロスのことを説明してる時点で頭がコクコクしてたから知ってた。


 そしてクロネが名前を提案したがとんでもない名前です。

 さすがにさゆりのツッコミが入り「だめかのー」となっているので、

 この名前も却下ということになる。


「ニャルは?」


「あたし?……う~ん『絶対両目潰すワン』かな」


「却下、次」


「即答!?」


 両目を潰された後に体を男から女(高校生っぽい)に変えたニャルの提案する名前は考えるまでもなくアウト。ていうかそれお前の私怨だろ。


「さゆりはどうだ?」


「ええと…可愛い名前がいいと思うから…『ティンティン』なんてどう?」


「えっ?」


 ……可愛い?可愛い…可愛いかな?

 しかも若干単語が危ない。

 まるで濁して言った男性器の呼び名のようだ。


 そしてそれを聞いたニャルが悪い顔をしている。

 …何か思いついたなこいつ。


「えっ?さゆり、今なんて言った?もっかい言ってくんない?」


「…ティンティン」


「えっ?よく聞こえなかったもっかい言って」


「て、ティンティン…」


「えっ?チン…えっ?ごめん、もっかい言ってくんない?」


「…あぅ…えっと…」


 悪い笑顔でさゆりをいじめるニャル。

 さゆりもさすがに自分の言ったっ単語が何に似ているかに気が付いて顔を赤らめている。


 しかしいじめっ子にその反応は逆効果だったようでさらにはしゃぎだすニャル。


「セイ!ワンモア!セイ!チン? なんだって?チン!」


「あぅ…あぅ…」


 いじめるニャルといじめられてプルプルしながら涙目のさゆり。

 …さゆりには悪いが涙目で震えている姿が小動物のようですごく可愛い。


 妻の可愛い姿に感動した俺は静かに背後に回りさゆりの頭を撫でる。


「相変わらずだなぁ…はははは」


「助けてよぉ!ナユタ君~」


 涙目のさゆりを満面の笑みで撫でていたら抗議が来たがそんな妻の姿も可愛いので抱きしめて撫で続ける。


 結局さゆりも撫でられるのが気持ちいいのか拗ねた表情のままおとなしく撫でられていました。


 事態が落ち着いた後、ティンダロスのわんこの名前は結局俺が決めて

「ダロス君」になりました。「君」まで名前です。




 ◆◆◆◆◆



 ダロス君の紹介も無事終わった昼下がり。


 外は相変わらず冷えているのでみんなコタツ周辺でぬくぬくしながらやりたいことをやっている。


 ちなみに新しくナッカーマになったダロス君は何をしているのかというと…、

 向こう側で猫たちとシャンタクと一緒に集まり何か話しているように見える。


「にゃ…にゃっ!」


「わん!」


「がう!」


 人間には理解できない単語で会話するうちのペットたち。

 ただ猫の言葉だけはわかる俺には「というわけだ」という会話が聞こえた。

 ……なんの話してるんだろう…すげー気になる…。


 ………後で猫たちから聞いておくか。



 ペット観察を終えた俺が視線をコタツの上に戻すとさゆりが魔導書モードのベルを開いて読んでいた。


 俺の魔術で正気でなくなるようなことはないだろうが…、

 そもそもなんで読んでるんだろう。


「さゆり?何でベルを読んでるんだ?」


『勉強。魔術』


「魔術?何で?」


「私だってやればできるってところをナユタ君に見せるの!」


 というのは頬を膨らませているさゆりさんでした。

 まだ拗ねているご様子です。


「別に気にしなくてもいいじゃないか~。

 さゆりのおっちょこちょいは小さいころからだし」


 頭をポンポンしつつ言う俺にジト目を向けながらさゆりが駄々をこねる子供のように腕をぶんぶんする。

 手に持っているベルから「あ~」という声が聞こえるから放してあげて。


「むぅ~!私だって成長してるんだから!」


「別に無理しなくていいぞ~さゆりは昔から可愛かったからな~」


「もぉ~!そこまで言うなら私の成長見せてあげる」


「ホゥ(梟)」


 そういったさゆりが魔術の詠唱を始める。

 どうやら成長の証としてここで魔術を見せるらしい。


 はっはっはっは!この魔術マスターナユタが見定めてやろうぞ。


「—————————…」


 さゆりの鈴を鳴らすような静かな声が

 長めの詠唱だから多分大型の魔術だな。

 空間とか時間とかに作用するやつ。


 今のところさゆりの魔術詠唱に問題はない。

 もともとさゆりは勤勉だし頑張れば俺よりうまく魔術使えたりするだろうしな。


 とかなんとかやってるとお菓子を取りに行っていたほかの妻たちがコタツに戻ってくる。


「…さゆり…詠唱してる…」


「わぁ~魔術師みたい!」


「何事かの?」


「俺に成長を見せたいんだってさ。まぁ…このままいけば問題なく…」


 俺とネムトを抱いているクロネが話していたその時、

 さゆりの詠唱にある音が聞こえる。


「—————————くしゅん!……あっ…」


 この瞬間、さゆりの「やっちゃった…」という雰囲気とともに詠唱が失敗した魔術が発動し、リビングが眩い光に包まれる。


 俗にいうム〇カ状態。目が…目がぁ!



◆◆◆◆◆



 しばらく全く視界がない状態が続いたがやがて光が収まって視界が戻ってきた。


 …先ほどとは全く違う景色の視界が。


 俺の目の前にあるのは大きな和室。


 そして古くて趣のあるその部屋の端では時代劇に出てきそうなちょんまげをしているダンディな武士風のおじさんが一人静かに酒を飲んでいた。


 最初はこちらに気づいていなかったおじさんだが、

       すぐにこちらに気づき驚きの表情を浮かべる。


「…ついさっきまで誰もいなかったはずだが…貴様、何者だ」


「あっどうもナユタといいます。すいません多分迷子です」


 ジーとこちらを見るちょんまげさん。

 すこし考えていたが敵意がないことが伝わったのか「ふむ」と小さく呟く。


「…この状況で兵が中に来るというわけもなし…か」


「理解してもらえたなら何よりです」


「しかし貴様も運無き者よな。わざわざ火中に飛び込むとは」


 なぜか呆れるように俺を見るちょんまげ武士風おじさん。


「あっはっはっは…運はないな確かに。

 …ところで聞きたいんだけどいいです?」


「許す。申してみよ」


「えっと…ここはどこであなたは誰なんでしょうか?」


「ここは本能寺だ。

 そしてわしは織田信長…『第六天魔王・織田信長』ぞ」


「…あー…そうですかぁ…………そうですかー…」


俺は正しく現状を理解した…さゆりの魔術が暴発したという現状をな!


自分がさゆりの誤発魔術の被害にあったことに気づき手のひらで自身の顔を覆う。

 どうやらとんでもないところに来てしまったようだ。


 社会の授業じゃねぇんだぞ。


 そしてもう一つ俺は気になることがあるので信長さんに聞いてみることにした。


「もう一ついいですか?」


「なんだ?」


「…なんで外燃えてるんですか?」


「光秀が謀反したからだな」


「さいですか」


 ……まじかー。


 まさかの絶賛「敵は本能寺にあり!」をリアルタイムで経験している俺は再び顔を覆う。どおりでさっきから視界の端に炎が見えるわけだ。


「…逃げないんですか?まだ火がここに来るまで全然余裕ありますよ?」


「たわけ!周りは光秀の兵に囲まれているに決まっておろうが!」


「…ああ、それもそうか」


 そりゃ命を狙ってんだから炎であぶりだした後のことも考えてるか。

 だから信長さん部屋の隅で酒飲んでるんだなぁ。


 だが俺はここで死ぬつもりもないのでさっさと魔術を使って帰ろう。


 そう思い詠唱をしようとしたその時、信長さんがこちらに話しかけてくる。


「…ふむ、丁度いいか。ナユタよ酒に付き合え」


「ふぇ?」


 酒瓶ぽいのを上げながらそう俺に告げる第六天魔王さん。

 

…いや…なしてですか魔王様。


「辞世の句を詠むのにも飽いたところだ。

 終わりまで時間のあるのだしそれまで酒に付き合え」


「ええ~?」


 焼け死ぬ気満々の信長さんがこちらに酒を勧める。

 まじですか…そりゃ俺は炎の中で仁王立ちしてても別に死なないけどさぁ。


 さすがに生きたまま丸焼きは勘弁願いたい。


乗り気ではない…ないのだが…。


 しかし相手の人生最後の頼みだと思うとこれはこれで断りづらいモノがある。


 ………しょうがないにゃぁ。


「わかりましたよ…俺焼けたくないんでこの部屋が燃える前までならいいですよ」


「ならそれでよい。ほれここに座れ」


 自身の隣をポンポンする信長さん。


 ため息をつく俺は足早に彼の隣につく。




 こうして俺と信長さんの時代を超えた飲み会が始まったのであった。

…おっ?このお酒…意外とおいしい…。

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