第63話 私の新しい日常です

 私は布団の上で目覚める。

 だが寝ぼけた状態なのでぼんやりとした頭をゆっくりと回そうとする。


 …いま何時くらいだろう?


 寝起きはついついだらけてしまう私はいつも布団に入ったまま枕もとの時計を手に取って確認する。


 だからいつものように目を閉じたまま頭の上のあたりにあるはずの時計を手探りで見つけようとする。


 だけど手の届く範囲には時計はなかった。


 …あれ?落としちゃったのかな?


 そう思い、仕方なく時計を探すために目を開いた私の目に映ったもの。


 それは穏やかな表情で静かな寝息を立てながら私の正面で眠っているずっと大好きだった幼馴染の顔だった。


「…ひゅえっ!?」


 鼻が引っ付きそうな距離に彼がいることを予想していなかった私からだいぶおかしな奇声が漏れ出て微睡んでいた頭が急に覚醒する。


 そうだ…!…そうだった!

 私ナユタ君に告白したんだった。


 ちゃんと告白してちゃんと好きって言ってもらえたんだった。


 だからここはいつもの私の部屋じゃなくてナユタくん家の寝室だったのだ。

 枕もとに時計なんてあるはずがない。


 完全に起きた私は飛び起きた拍子にナユタ君が起きてしまったのではと彼を確認する。


「……すー…すー…」


 …よかった。起きてないみたい。


 私は自分の髪をいじりながら起こしてないことに安心して眠っているナユタ君の顔を覗き込む。



 小さな頃から変わらない長くもなく短くもないちょっぴりツンツンした髪。


 ずっと前に髪型はそれで決まってるのかと聞いた時、

 彼は「髪切るときに適当に短くしてって言ったらこうなる」と言っていた。


 男の人は髪型を結構気にするって聞いていたけど彼はそんなことは無かった。

 昔からずっと自然体だ。


 いじめがあったらそれを止め。 


 不正があったら誰かひどい目に遭ってないか確認して誰かに迷惑が掛かっていたらその不正をただす。


 私が自分のぱっちり開いた目が他人と違うのを気にして泣いていた時に、

「綺麗な目が見えていいと思う」と言って笑ってくれた。


 誰が相手だろうと等しく平等に接する。



 そんな彼が昔からずっと大好きだった。


 いつか告白したいな、とそう思っていたけど…彼は私の前から姿を消した。

 私が原因で。


 もう会えない。


 そう思っていたんだけど…案外軽い感じで再会して。


 いつの間にか沢山の奥さんを連れていて。


 そしてその奥さんたちに「小百合もくれば?」と唆された挙句、

 彩芽ちゃんに私の気持ちをばらされて。


 そして流れで告白して「俺も好きだよ」と言ってもらった。



 今でもあの時のこと思い出すと顔が熱くなる。

 でもこうして彼の奥さんになれたことは本当に…心の底から嬉しい。


 背中を押してくれた彩芽ちゃんと私のことを認めてくれたアサトちゃん達に感謝しなきゃ。


 そう思い後ろに眠っている他の温もりに視線を向ける。


 まず私の後ろで仲良く一緒に眠っていたのはアサトちゃんとヨルトちゃん。


 アサトちゃんは綺麗な金髪をサイドテールにしている。


 いつもの閉じかけの小さなたれ目は気持ちよさそうに閉じているので見ることはできないがその代わりに寝顔がとても愛らしいので和む。



 そしてそのアサトちゃんの妹のヨルトちゃんは碧色が少しだけ混ざった銀髪をサイドテールにしていてアサトちゃんと同じように普段のつり目は閉じている。


 以前はアサトちゃんとは別々の髪型だったみたいだけど最近は姉妹で仲良く髪型を揃えたみたい。


 アサトちゃんが右側でヨルトちゃんが左側のサイドテール。


 対になっている髪型の小さな二人が仲良く手をつなぎ頭を引っ付けて眠っている絵面はとても可愛い。



 その次に目に入る奥さんはアサトちゃんヨルトちゃん姉妹を抱いて眠っているクロネさん。


 クセのある綺麗な黒髪を私と同じように首のところくらいまで伸ばしている。

身長は私と同じくらいで平均の日本人女性くらい。

肌は黒くて体のラインは凄く細い。でも胸やお尻はしっかりと出ている。


 同じ女として羨ましい体形だ。


 …わ、私は太ってないよ?

 ……そんなに痩せてもないけど…。


 そして彼女はその美しい体で妖しく大胆なネグリジェを着て寝ている。

 透けて見える彼女の肢体は同じ女でも見惚れてしまいそう。


 …いいなぁ…。


 寝ているだけでもすでに魅力的なクロネさんだが彼女にはさらに魅力的な部分があった。


 そう…頭から生えている黒い猫耳とお尻から出ている猫の尻尾です。


 クロネさんは猫の神様らしくて素敵な猫耳と尻尾がある。


 常時猫耳を装備している絶世の美女なんて同じ女として勝てる気がしない。

 彼女が敵ではなく同じようにナユタ君の奥さんだったことを神様に感謝しなきゃ。

 …クロネさん神様だけど。


 これ以上クロネさんを見ているとピクンピクンしている猫耳を触りたくなってしまうのでその奥に寝ている子に目を向ける。



 そこにいたのはゴシックロリータの姿で眠っているベルちゃん。


 本名 「法の書 リベルギウス」ちゃん。


 髪は眩いくらい綺麗な銀髪。


 髪型は今はポニーテールで綺麗な銀髪は後ろに束ねている。

 髪型は決まっていないらしく最近はクロネさんが適当に変えているんだって。


 最初にこの子が魔導書だって聞いた時は驚いたけど…、

 接してみたら感情表現が少し苦手な普通の子供だった。


 ただベルちゃんはいつもナユタ君と一緒にいるんだけど…

 …これってどうなんだろう?


 彼女はナユタ君と契約していてベルちゃん曰く、

「マスターの物」らしい。


 …奥さんと同じ扱いでいいのかな?


 本人に聞いても「?」と頭の上に浮かべるだけなのではっきりしないし。

 これはいつかはっきりさせた方が良いかも。



 今は解決できそうにないベルちゃんの立ち位置問題は後回しにして

 最後に……あれ?


 私は周りで寝ているみんなを起こさないように立ち上がり周りを見る。


 最後はネムトちゃん。

 アサトちゃん達が5、6歳くらいならネムトちゃんの見た目は8歳くらいの女の子。


 身長よりも長いちょっとくせっけのある綺麗な水色の髪を伸ばしていて、

 その髪に包まれるように眠っているパジャマの女の子…なんだけど…。


 周りを見終えて気づく。


 一緒に眠っていたネムトちゃんがいない。


 …おトイレにでも行ったのかな?



 自分と同じナユタ君の奥様達を確認し終えた私は部屋の隅にある姿見で自分の姿を見る。


 クロネさんよりも少し低いくらいの身長。


 日本人によくある少し茶色めな黒髪を首周りまで伸ばしている髪型。


 私の小さな自慢の平均より少しだけ大きい胸。


 お腹周りは太ってはいない…はず!……たぶん。


 …私どこにでもいる一般人だよね。


 勢いでナユタ君に告白して伴侶として認めてもらったけど、

 周りは美人だらけでちょっぴり自信がなくなっちゃう。


 くっ…恨めしい!

 群馬に着くまでに美味しかった弁当をバクバク食べていた自分が恨めしい!


「……はぁ…」


 ため息をつきながら静かに寝室からリビングに出た私の鼻に美味しそうな匂いが香る。


 この匂い…味噌?


 そう思い匂いの元である台所を覗いてみるとそこには…。


「…ふんふふ~ん♪」


 床に届きそうなほどのストレートロングの青髪で、

 色鮮やかな着物をまとい台所で鼻歌交じりに味噌汁を作っている女性がいた。


 …わぁ…綺麗な人…。


 少し見惚れていた私だったが彼女を見てふと気づく。


 昨日みんなに紹介してもらったメンバーには確か彼女はいなかったような…。

 でも家に入ってきてるってことはナユタ君の知り合いの人なのかな?


 そんなことを考えながら台所の入り口で「さゆりは見た!」

 状態でいた私に後ろ振り向いた青髪の女性が気づく。


「おはようございます、さゆりさん。

起きるのが早いんですね」


「…あっはい、おはようございます」


「どうかしましたか?」


「…いえ…あの…私って…あなたに会った事ありましたか?」


 女性がそう問われ「ほえ?」とでも言いそうなキョトンとした表情で固まる。

 そしてその後すぐに何かに気づいたのか「あぁ!」と手を叩いて納得のいった表情になる。


「そういえばこの姿でお会いしたことは無いんでしたね!すみません。

 私です。ヨルトです」



 彼女の言った内容がうまく認識できずにしばらく固まる。


 ヨルトちゃん?ヨルトちゃんってあのパジャマっ子の?


 少し間の抜けた表情でじーっと自称ヨルトちゃんを見ていると素敵な苦笑いした彼女が補足を付け足してきた。


「普段の私は簡単に言えば眠ったままの状態でして…。

 ある限定的な条件が揃ったときだけこの姿でいるんです。

 なので普段パジャマで眠っている私と同一人物…いえ同一神物なんです」


「…なるほど」


 どうやら本当にヨルトちゃん…いやヨルトさんのようです。


 少し身長は高く、それでいてすらっとした全身。


 髪は整えているのか小さい体のときとは違い、くせっけがなくなり綺麗なストレートになっている。


瞳は子供の姿だとほとんど開けていなかったけど今は海のように蒼い瞳が見える。


 そして着物の上からでも分かる豊満な胸。


 髪が蒼いことを除けば完全に大和撫子だ。



 …ホントはこんなに美人さんなんだなぁ。


 綺麗すぎるネムトさんを見ていてお腹周りがちょっぴりプニプニな自分が何だがみじめになってきた。


 アサトちゃんやヨルトちゃんは可愛いいし。


 クロネさんやヨルトさんは美人。


 …それに比べて私は…私はぁ!


 軽い自己嫌悪でため息を吐く。

 もっと気にしておけばよかった…いろいろと。


 そうやって絶賛ネガティブ状態の私を気にしたネムトさんがこちらを心配そうに見つめる。


「…あの…どうかしましたか?」


「ああ…いえ…こちらの問題ですので…」


「さゆりさん、私たちは同じ旦那様を慕う妻なんですから。

 遠慮なさらず困ったことがあったら相談して貰って構いませんよ?」


 柔らかな笑顔を浮かべてそういうネムトさん。

 優しさが廃れた私の心に染みる。


 こんな大人の対応をされては私も断ることは出来ず、

 少し俯き気味でネムトさんに話始める。


「えっと…実は」


 周りが美人さん揃いで自分に自信が持てないこと、

 成り行きでナユタ君と結ばれた自分がここにいてもいいのか少しだけ不安になっていることを明かす。


 …すると話を真剣な表情で聞き終えたネムトさんが笑いながら話を始めた。



「なるほど…そうだったんですね。

 ですがその二つともの心配は不要です」


「…そうですか?」


「ええ。さゆりさんが思っている以上にさゆりさんは素敵な女性です。

 私が保証します。ですから自信を持ってください。

 旦那様はあなたのことを好きだとおっしゃってくださったんですから」


「…う…はい、善処します」


「よろしい。で…もう一つの問題ですが…成り行きでここにいるのが駄目なんでしたら私もここにいることが出来なくなってしまいます」


「えっ?」


 少しだけ困ったような表情で頬に手を当てながらそう言うネムトさん。


 どういうことだろう?


 そう思いネムトさんを見つめていると彼女はそれを説明するように私に向かって話始める。


「昔の私は眠ることにしか興味が無くて。

 眠っているときはただただ気持ちよく眠ることしか考えていなかったんです。

 ただ眠ってただ微睡む。それだけの存在だったんですよ。

 

 ですがある日、同じように眠ってばかりの神ツァトグアが安眠できる場所を見つけたとの噂を聞きこの家…旦那様の家に姿を消したまま忍び込んだんです。

 ……今にして思えば非常識な不法侵入ですね」


 説明しながら遠い目をするネムトさん。

 誰にだって黒歴史はありますよ…。


「そして忍び込んだ私はコタツで気持ちよさそうに眠っているツァトグアを発見して…その様子を見てコタツに潜り込んだ私はコタツの虜になり、

 姿を消したままコタツの中に居座っていたんです。


 そんな時偶然コタツにいた私に旦那様が気づいたんです。

 気持のいいコタツから出たくなかった私は旦那様に言いました。

『追い出さないで』と。

 

そのとき旦那様は困ったように笑って

『好きなだけいていい。他の奴にも言わないから』とそのままコタツに戻してくれたんです」


 言葉の通りの光景を想像して私は小さく笑う


「ふふっ…優しいナユタ君らしいですね」


「はい、旦那様らしいです。

 そのときから私は眠ること以外に興味を持ったんです。

 優しい彼と一緒に眠るとコタツの温もりよりもあったかくて。

 いつの間にかコタツの中で彼が来るのを待っていました。

 ずっとずーっと。


 ですがコタツは寒い間しか出ていません。

 コタツをしまわれるとき私は我を忘れて焦っていました。

『もう一緒にいられない』『彼と一緒に眠れない』と。

 だから私はその場で伝えたんです。

『私はあなたとずっと一緒にいたい』と」


 嬉しそうにそう語るネムトさん。

 自身の胸に手を当てて瞳を閉じる彼女はその時の光景を思い浮かべているのかもしれない。


「こうして私はサユリさん以上に成り行きで旦那様に告白してしまったわけなんです。我ながらもう少し良いやり方があったのでは…と思わないでもないですが。

 私は今こうして旦那様と一緒にいます。

こんな私でも大好きだと、大事だと言って抱きしめてくださるんですから、

 さゆりさんがここにいてはいけないということはありえません」


「そう…ですか?」


「ええ、現にさゆりさんにはあなた自身気づいていませんが2桁近い魔術が旦那様にかけられています。さゆりさんの心と体を守るために」


 そうネムトさんに言われて自分の体を見る。

 私にその魔術を見ることはできないけれど。


「そうなんだ…そうなんだ」


 確認するようにつぶやいて私も胸に手を当てる。

 心の温かくなっているその場所に。


「わかっていただけたなら何よりです。

 さゆりさん、愛していただている分私達も旦那様を精一杯愛しましょう」


「はい…そうですね!」


 互いに笑い合ってそして私はネムトさんと一緒に朝ごはんを作りはじめる。

 大好きなナユタ君旦那様のために。


 まだ多分不安な部分も少しあるかもしれない。

 もしかしたらまた悩むかもしれない。


 でもきっと大丈夫だと思う。


 ここにいるのは私ひとりじゃなくて…同じように大好きな彼のことを愛するみんなが一緒にいるんだから。

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