第56話 夫の寝ているそのときに

 楽しい夏の海のエンジョイの後、何が待っているだろうか?


 甘い恋の行方?…既婚者です。


悪の組織の陰謀?…うちに悪の親玉ニャルがいるのでおそらくないでしょう。


夏休みが終わって学校?…うちには小さな神はいますが学校には行っていません。


 では俺達が海から帰ってきて何をしているかというと、

 それは……肉体疲労により休息です。


 クーラーの効いたリビングには、

 ぱたりと倒れたうちの家族たちが死屍累々のように倒れている。


 勿論俺も。


 全力で一日中遊んだ後って疲れて動きたくなくなるんだよね。

 特に海で遊んだ後の一日はとんでもなくだるい。


 筋肉痛もあるが…まだだ…俺はまだ若い…はず。


 そんな感じでみんな気持ちよさそうにカーペットの上でゴロゴロ。


 気持ちよさそうに丸まって眠るネムト。

 そしてその隣には彼女を囲うようにアサトとヨルトの姉妹が一緒に眠っている。


 気持ちよさそうに眠る彼女たちはまさに女神ですね…ほんと女神だけど


 昨日は楽しそうに遊んでいたからきっと一番疲れているのは彼女たちだ。


 起こしても申し訳ないのであのままゆっくり休ませてあげよう。



 今度はその逆側に目を向ける。


 そこでは猫達とシャンタク、そしてその近くで眠っているクロネがいた。


 俺達が留守の間、家の庭で楽しく遊んでいたらしく、猫もシャンタクも俺達と同じようにリビングでだらーっとリラックスしている。


 もはや兄弟のように親しくなった猫達とシャンタクは仲良く円形に並んで寝ていた。シャンタクのまわりを猫で囲む形…新しい魔術儀式かな?



 そしてそこから少し離れ、俺の近くで眠っているクロネは今は猫の姿だ。

 いつも通り綺麗な黒色の猫姿のクロネは尻尾を揺らしながら丸形のクッションに乗ってすやすやしている。


 人の姿のクロネも可愛いがやはりこちらの姿も可愛らしい。


 起こさないように猫耳をちょんちょんしていたそのとき、

 何か唸りながらクロネが手足をパタパタしはじめた。


「…にゃ、にゃぁ……」


 …この感じ、もしかして夢の中で水に溺れている夢でも見ているのかな。


 そう言えば海でネムトと一緒に猫の姿で泳ぐ練習もしたらしいが駄目だったようだし…猫の姿では水が苦手なようだ。


 悪夢を見ているクロネに近寄り、起こさないように猫のクロネを抱きしめる。


 すると少しずつ苦しそうだった表情が嬉しそうな表情に変わっていく。

 …寝ていても俺が撫でるのはわかるのか…ちょっと嬉しいな。


 穏やかなに眠り始めたクロネを見ているとこっちもだんだんと眠くなってくる。


 首カックカックやぞ!


 どうせまだ昼ごはん食べてすぐだし、もうひと眠りするのもいいだろう。


 サラサラで気持ちのいいクロネの猫毛に額を当てながら俺は静かにまた昼寝を始めるのだった。




 ◆◆◆◆◆




 ―――ナユタが寝た後。


「…んぅ?」


 私は眠りから目覚める。


 感情がなかった時のことはあまり覚えていないけど、

 外宇宙で何もわからずにいたあのときとは違い、

 ここでの寝起きは心地いいことだけはわかる。


 それはきっとここにいるのが私だけじゃなくて、大好きなナユタや私と同じようにナユタのことが好きな神達が集まっているからだと思う。


 私の横ではネムトとヨルトがまだ眠っている。


 周りでは猫達やシャンタク…それにナユタとクロネも寝ている。


 穏やかでゆっくりとした幸せ。


 ナユタに会うまで知らなかったし…

 …多分ナユタに会わないと知ることすらなかったと思う。


 だからこそ…こんな静かで心地よい平穏が…私は好き。


 今までもこれからも。

 私はナユタと一緒に生きていく。


 そんなことを考えながら寝起きの頭でみんなを見ているとリビングの隣の部屋からニャルが出てくる。


 その様子は何か焦っているような困ったような表情だった。


「…どうかした?…」


「…ん?ああ、起きてたのかアサト。

 いやちょっと困ったことになってな」


「……困った?」


「…ナユタ寝てんだよなぁ。いやでもこれは起こすべきなのかな…。

 一応関係なくはないしなぁ…」


 そう言いながら手に持っているスマホを見るニャル。


 そこに何が映ってるか気になった私はそこを覗き込む。

 そこには…、


「…むぅ?…さゆり?」


 そこに映っていたのは4人の人間たち。


 その中には以前仲良くなったさゆりの姿があった。


「…あれ?お前何でこの子のこと知ってんの?」


「ニャル…これどういうこと?」


さゆりがどこかの屋敷に入ろうとしている所を映しているスマホを指さして、

私が質問すると「俺の質問はスルーですか…そうですか」小さくうなだれたニャルが返事をする。


「…んやさ、

こいつら事件の依頼を受けて神話生物に操られた人間を助けようとしててな。

そんで、こいつらその神話生物の住処に潜り込もうとしててさ…そこそこ危ないからこれはどうしようかなってね」


 ……つまりさゆりは危ない状況ということ。


ナユタ以外の人間とはあんまり関わったことは無いけれどそれでも私にはわかる。

 さゆりはすごくいい人だ。死んでほしくない…そう思える。


 だから私は…さゆりを助けたい。


「……んぁ…わふ…お姉ちゃん?どうかしたの?」


 私達の声に反応したのかヨルトが起き上がる。

 寝起きで眠たそうに目を擦っている妹にニャルのスマホを見せて今のさゆりの状況を伝えると…、


「大変だよ!お姉ちゃん、助けなきゃ!」


「…ん!」


 同じ結論になったみたい。

 やっぱり姉妹なんだって…ちょっとだけ嬉しい。


 私達がさゆりたちのいる怪しい建物に「門の創造」を開き移動しようとしたそのとき、慌ててニャルが割り込んでくる。


「待った!すとーっぷ!お前らまさかこいつら助けに行く気か?」


「そうだよ」


「…さゆり、いい人間。…それに友達…だから助ける」


 私達の意思を真っ直ぐにニャルに伝えると少しさっきより困った顔になる。


「お前らを黙っていかせると後で俺がナユタに殺されかねんのだが…、

 ……はぁ…まぁ珍しく積極的だしいいか。

 お前らを倒せる奴なんてこの世界に存在してないしなぁ」


「…ん…じゃあ…」


「待った。ただし条件付きだ」


「行ってくる」…そう言おうとし言ったそのとき、ニャルが指を1本立てて私達を指さしながら止めて注意してくる。


「一つ!ナユタが起きたらそっちに行かせる。

 二つ!人間の前でやたらに神の力を使わないこと。

 三つ!人間の前で神の姿にならないこと。

 ……わかったか?」


「…ん…わかった」


「それくらい大丈夫よ」


 ニャルが言ってるのは以前ナユタが言っていた


『普通の人間が神の姿を見ると正気を喪失する現象SANチェックが起こる』


 のことだろう。


 人間には正気それは大事だってナユタが言ってたのでしっかり守ろう。


 約束事を胸に刻み、私とヨルトは門をくぐる。


 眠っているナユタを起こさないように。




 ◆◆◆◆◆




 ―――群馬県のとある山奥



 ここは群馬県の中でも遭難者が多発している山奥のさらに奥。


 自殺志願者などが多く訪れると噂の場所。


 事件の全貌を追う有馬探偵事務所の面々は情報を精査し、

 ここで起きている自殺事件の幾つかが何者かによって、そういう状況に見えるように操作されたものだと気付いた。


 そして今回の依頼、

「神話生物に体を奪われた友人を取り戻してほしい」

 という依頼を解決するため4人は県によって山の入り口に置かれた

『自殺の名産地~』という看板を通り抜けて山奥へと進んでいく。


 やがて彼らは本来ないはずの建物を発見するのだった。



「これは…こんなところに建物?」


 始めに話し始めたのは有馬探偵事務所の主にして彼らの雇い主。


有馬ありましゅん


 大学卒業後、自分の探偵事務所を開いた。


 生真面目でどんな依頼だろうと「自分に任された以上、必ず達成する」と常に全力で仕事をする好青年。


 そしてナユタの幼馴染だ。



「……う~ん、控えめに言っても怪しすぎじゃない?」


 次に話し始めたのは少しチャラい感じの女性。


佐野さの彩芽あやめ


 有馬探偵事務所のアルバイトの一人。


 大体の仕事を手伝っているので、

 もはや社員とあまり変わらないのだが一応アルバイト扱い。


 大学卒業後、やることもなく暇をつぶしていたとき、

 自分の同級生である瞬が探偵事務所を開いたことを聞き遊びに行って

 …そして神話事件に巻き込まれた。


 と言っても本人も嬉々として巻き込まれに行っているので自業自得である。



「…だな。ていうかこんなところに住む人間がいたとしてもそれはそれでおかしいと思うし…ビンゴじゃね?」


 3番目に話し始めたのは少し体格のいい男。


久元ひさもとまこと


 有馬探偵事務所のもう一人のアルバイト。


 彩芽と同じく事件が起こるたびに付いて行っているためもはやレギュラーメンバーの一人だった。


小学校のころから続けている空手は黒帯に達しているため喧嘩などの荒事に強く、

 この事務所での用心棒的な役割だ。


 ただし考えることが得意ではなく少々突っ込みがちになることもある。


 以前はそれをナユタに止められていた。



「そうだね。多分ここに依頼主のお兄さんがいるんだよね」


 最後に喋ったのは彩芽より少しだけ身長が低くおとなしい雰囲気の女性。


東風谷こちや小百合さゆり


 有馬探偵事務所の唯一、正式に雇用されている人間。


 もともとは他のバイトをしていたが同級生の彩芽に引っ張られて事務所に来た。


 なし崩しに手伝い始めたのだが、

 一緒に手伝っていた幼馴染のナユタに命を助けられた後、

 ナユタ不在の穴を埋めるべくバイトをやめて正式に探偵事務所に就職した。


 突っ込もうとする誠を制御したり、

 いろいろな情報の管理をしたりしている。


「とりあえずあの屋敷に行ってみよう。

 あそこかどうかまだわからないしな」


「意義な~し!」


「うん、そうだね」


「だな!」


 意見がまとまり彼らは屋敷へと進んでいきそして辿り着く。


 先頭を歩いていた瞬が玄関へと行きベルを鳴らす。

 …が特に反応はない。


 ドアノブを回してみるが鍵はしっかりかかっていた。


 しかしそれを確かめた有馬は彩芽にアイコンタクトをしてそれを伝えると、

それを受けた彩芽がウインクで返す。


 そしてドアに軽い歩調で近づいた彼女がポケットから取り出したもの、

 それは…ピッキングツール。


 実は彼女はピッキングが出来た。


 それを習得した理由は教師の机から取り上げられた携帯電話を取り返すというくだらない理由だが。


有馬探偵事務所では鍵がかかっていた時は彩芽がカギを開けることになっている。

 

 最初にそれを見た瞬は「それは犯罪では?」と注意していたが慣れたのか黙認している。ちなみに小百合は苦笑い。誠は無関心だ。


『カチッ』という音とともに鍵が開き屋敷の中に入る4人。



 中に入って、すぐそこにあったのは真っ暗な暗闇。


 明かりはどれもついておらず、

 窓はあれど曇り空の今日は光など差し込んでこない。


「…暗いな。

 みんなどこかに明かりのスイッチがあるはずだ。

 それを探そう」


「了解~」


「わかった」


「ほいほい」


 小百合以外は軽い返事の後に壁伝いにスイッチを探す。


「おっ?これじゃないか?」


 そう言った誠が躊躇うことなく壁のスイッチを押すと、

 暗かった部屋の明かりが一斉につく。


「…掃除されてない豪華な部屋って感じだね」


「だな。ここははずれか?」


「…いや」


「…だったら電気が通ってるのはおかしいよ。

 誰もいないなら止めればいいし、

 誰も住んでないならお金が払われないから止められるはずだし」


 小百合の発言に瞬と彩芽が頷く。


 そしてここは妖しいと思った彼らがこの場所の探索を始めようとしたそのとき、

 隣の部屋から小さな足音が聞こえてくる。


「…!?…待って!誰か来る!」


「…明かりをつけたからばれたのか?」


「ここ住人…だったらもう少し慌ててこっちに来てもいいよね~…」


「ってことは俺の出番かな?」



 足音のする方の扉に空手の構えをとった誠が待ち構え、

 その後ろに他の3人が待機する。


 だんだんと大きくなる足音に4人は身構えそして…、

 遂に扉が開かれる。


 そこにいたのは……小さな幼女の二柱組だった。


「……ありゃ?女の子」


「なんでこんなところに…?」


「ここの子じゃない?」


予想していなかった相手の登場により瞬と誠、

そして彩芽が戸惑っていたそのとき、

後ろで突如、小百合が大きな驚きの声をあげる。


「…アサトちゃん?それにヨルトちゃんも!?

 二人ともどうしてここにいるの?」


「…ん…さゆり」


「さゆりだ!」


 小走りで小百合の足に抱き着くアサトとヨルト。

 状況はわからないがとりあえずまた会えた幼女の姉妹を撫でる小百合。


 そんな光景を見た小百合以外の3人は思わず笑みをこぼし緊張感を抜かれるのであった。

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