第41話 クトゥルフ神話…それはホラー

 次の日の昼前。


 俺は妻たちの耳かき中である。

 

 今はアサトをしているいつも以上にゆったりほっこりとした表情で俺に耳かきされているアサトはだんだん瞼が重くなってきたようだ。


「耳かき中に寝たら危ないぞ~」

「……ん~……すぅ…すぅ…」


 残念ながら睡魔に敵わなかった様だ。


 耳かきを起こさないように耳から抜いて頭を撫でる。

 いつも通りのサラサラな髪である。

 いつまでも撫でていたい…と思わないこともないが生憎今は順番待ちなので眠っているアサトを隣のソファに寝かせておく。


「次の方~どうぞ~」


 病院でよく聞くよなこれ。




 続いて今度はネムト…だったのだが…。


「( ˘ω˘)スヤァー」


 片耳に耳かきを入れて約10秒…早すぎませんかねぇ…。


 仕方ないので気持ちよさそうな頬をぷにぷに堪能した後、アサトの横側に移動させる。幸せそうな表情×Ⅱ




 さて…では次に行こう。

 ……急いでるわけじゃないんだけどなー。



 あの後、常盤さんからの電話はまだこっちに来てない。

 まあゴミ袋はもはや呪い袋みたいになってるから多少遅れても問題はないんだけどね。…えっ?ゴミ袋?今ゴミ箱に入ってます。



 でもって次の番、ヨルトです。


 …………。


「…なぁ…なんでそんなに緊張してるの?」


 何故か体がちがちで構えているヨルト。

 見てるこちらまで緊張しそうである。


「…だ、だって…耳かき初めてだから…」


 あー…まぁわからんでもないかなぁ…。

 細長い棒を耳に入れるって思うと結構抵抗あるよね。


「…大丈夫だから、ゆったりゆったり」


 力を抜くようにぎゅーっと抱きしめる。

 そして星野秘伝のなでなでだ。


 さすさすさすさす~


 おっ?気持ちよさそうに顔を緩めている。

 これは行けそうですね。

 少し緊張が解けて落ち着いたヨルトを膝の上にのせて耳かきを開始。


 始めはあれだったが少ししたら気持ちよさそうにしている。

 もうなにも怖くない!


 ではオペ(耳掃除)を開始します。



 ◆◆◆◆◆




 3分後。


 そこにはアサトとネムトとヨルトが気持ちよさそうに並んで寝ている。

 天使×Ⅲ


 …それはいいのだが…何故だ…。何故一柱も耳かきが完了しないんだ。


 ヨルトも結局もう片方の耳を掃除しようとしたときには気持ちよさそうに眠りについていた。良いことではある。耳かきが完了しない以外は。


 だが俺はここまでの経験で学んだんだ。

 それはいままでみんな子供の姿の神妻たちだった。

 だがしかーし!

最後に控えているクロネは大人だし途中で眠ることもなかろうて。


 すでに俺の膝上で待機状態の耳に耳かきを入れようとしたそのとき後ろから声が聞こえる。


「…むっ?我の番はまだなのじゃ?」


 ………?


「あれクロネ?何でそっちに?」

「…お風呂の方にいっておったのじゃが?」

「…えっ?」


 …じゃあこの膝の上の女は誰だ?

 そう考えながら誰か見ようとしたそのとき、

 膝の上にある女の首が「グリンッ」とこちら向く。

 気持わるっ!?


「ナユタさん血『ドスッ』ぎゃあああああー」

「あっごめん」


 びっくりして思わず手に持っていた耳かきを振り下ろした俺。

 これはしょうがないよ。


 想像してみてくれ…。

 膝の上の首が急に180°回転したら誰だってビビるだろう?

 そりゃ俺だってビビる。つまりこれは事故です。


 そして俺の膝の上にいたのは血大好きチャウグナーさんでした。


 俺の膝から転がり落ち絶叫しながらリビングを転がっていくチャウグナー。

 これだけ騒がしければさすがに妻たちも起きるというものです。

気持ちよさそうに眠っていた妻たちが目を覚ましました。 


「…お、おーい…大丈夫かー」

「…ぐぬぬぬ、な…何とか」


 刺さった耳かきを目から抜き取るチャウグナー。

 人間じゃなくてよかった。


 負傷した片目を押さえながらこちらに来るチャウグナー。


 その押さえている場所からは血がだらだら垂れている。

 そして押さえていない場所の無事な目は血走っている。

 そしてその状態のままゆっくりとこちらに歩いてくるチャウグナー。


「…ナーユタさん♪…血ーくださーい…」


 いやーーーーー!どう見てもホラーだよこれ!

「一撃貰ったお化けがこちらに迫ってきている」って場面だよ。


 このホラーにはさすがに妻たちもドン引き。

 プルプルしながら俺の後ろに隠れる4柱。

 やめて!俺を壁にして攻撃を集中させるのはやめて!


「ハァー!悪霊!退散!」

「『ドシュッ』きいやぁぁぁぁぁぁぁ!」


 流石に怖かったのでさっき抜かれた耳かきをもう片方の目にさしてしまった。不可抗力です。


 悶え悶えて最終的にブレイクダンスっぽい動きをした後に倒れるチャウグナー。…やったか!?


「……大丈夫かー?」

「うぐぅー!痛い!…でもこの程度で血を諦める私ではありません!」


 ヌルッとした動きで起き上がるチャウグナーさん。

 …やだ…こわい。


「グゲゲゲーーーッ血ぃよこせぇぇぇぇぇ!!!!」


「ひえっ」   「…いやぁ…」   「こわいー」

   「にゃあぁ!?」   「こないでぇー!」


 ついに何かに覚醒したチャウグナーさんがブリッジの状態でこちらに走り寄ってくる。怖い怖い!!!!




 こうしてしばらくの間リビングで死体ブリッジとなったチャウグナーに俺達は追い掛け回されるのだった。


 これがリビングデッドですか?





 ◆◆◆◆◆




 こうしてリビングで平和ホラーな体験をした後、

 俺は今、左腕に抱き着いているチャウグナーに血を吸われている。

 両目は治しました。


『チューチュー』


「…まだ吸うのか?」


 抱き着いたまま俺の血をチューチューし続けるチャウグナー。

 その顔は若干不貞腐れている。


「ぶーっ…これくらい貰わないと割に合いません!

 いきなり両目潰さなくってもいいじゃないですか…」


「ごめんて」


 拗ねているチャウグナーが俺の腕にはむはむしながら血を吸っているそのとき、待ち人からの電話がかかってくる。


「『ピリリリリリッピリリリ、ピッ!』…はい、もしもし」


「常盤です。すいませんナユタさん遅くなりました。

 いろいろあったもので…」


「いえいえ。別にこちらは急ぎませんから…」


「申し訳ない…そのこちらの都合で申し訳ないのですが…そちらの要件の前に少し力をお借りしてもいいですか?」


「はい、なんですか?」


「実は…少し前に逮捕したイゴーロナクが脱走してしまいまして」


 …うん、知ってる。


「こちらもいろいろあって昨日気づいたんです。

 逃げてからもう時間が経っているので後を追うことも出来ず…」


 …はい。

 後を追っても我が家のゴミ箱にしか辿り着かなかったでしょうね。


「しかも奴は閉じ込められている間にナユタさんから受けた傷を回復し力を蓄えていたはずです。せっかくナユタさんが弱らせてくださったところを捕まえたのに…」


 …そっかーあいつしっかり復活してたんだなー…。

 俺が見たときにはフルボッコだったから知らなかったや。

 今に至ってはゴミ袋の中で虫の息だし。


「これは私たちの責任問題です!ですが奴を見つけ出すことは我々だけでは不可能なんです!力を貸していただけないでしょうか?」


「…あー」


 …いいづれぇ…「もうミンチです」なんて…。


 しかし伝えないわけにもいかないし…さっさと言おう。


「あー常盤さんあいつがどこにいるかは知ってます。

 …てかぶっちゃけうちに来ました」


「…本当ですか!?…それで今奴は?」


「えーと今ゴミ袋の中に千個くらいの呪いと一緒に入ってます」


 電話の向こうの常盤さんの声がしばらく聞こえなくなる。

 頭の中、整理してるんだろうなぁ。


「…どうしてそんなことに?」


「また俺の妻たちに手を出そうとしてフルボッコ…その後、俺に見つかってフルボッコ…でゴミ袋に入れていたらうるさかったから呪いをハッピーセット…ですかねぇ…」


 しばらく黙る俺と常盤さん。

 この沈黙が辛い。とりあえずあのゴミ袋を常盤さんに私に行こう。


「常盤さん、俺の用事ってのもこれのことでして…

 処分に困ったのでそちらにお返ししようとおもうんですが…」


「…分かりました。すぐに回収に…」


「いえ、持っていきますよ」


「はっ?」


 俺は電話を切って常盤さんがいる場所に「門の創造」を発動。

 実は裏でベルに頼んでたんだよ。


 よしさっさと済ませよう。


 ゴミ袋を持ち、腕にハムハムしているチャウグナーを引きずって俺は門をくぐるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る