第36話 泣いてる子がいたならやることは一つだ 『那由多のすくい』
今日は知り合いのほとんどが集まっている。
そしてネムトもツァトグアも起きている。
…天変地異でも起きるのかな?
なんてことを考えつつみんなで昼食を済ませる。
今日のお昼ご飯はチキン南蛮よ~。
上にかかっているのはタルタルソースです。
異論は認めない。
「なははー!これは私の物です!」
「ちょっと!ニャルさん!それ私の皿の…あーっ!?食べましたねー!」
「
「だせーっ!はきだせーっ!」
チキン南蛮の取り合いが現在勃発している模様。
ニャルとチャウグナーが騒がしいにもほどがある。
今日のニャルはモノクロカラーのスカートをはいた銀髪の少女の姿をしている。ニャル曰く「別世界の
そんな2柱を無視して周りは和やかに箸でつつく。
「うむ!おいしいのじゃ!」
「……ん…おいしい…」
「さすがは旦那様ですね」
「気分的に起きて正解だったな」
「美味。おかわり」
「ほいほい」
「…おいしいわね」
「私と同じくらい上手ね」
バーストとアサト、ネムトとツァト、ベルと俺、
ヨグソトースとクトゥグアは平和にチキン南蛮を食べている。
…おかわりがこっちにあることに気づかずに争っているアホどもを放置して。
「ナユタ、このタルタル手作り?」
「おっ?よく気づいたな」
「市販のものはもう少し濃いもの」
「クトゥグアは意外と家庭的だよな」
「ニャルとの結婚生活用に鍛えてるのよ」
ニャルは既婚者ですよね?…浮気生活なのか重婚なのか。
尚、現在おかわりに気づいた2柱は仲良くチキン南蛮を頬張っている。
「「モゴッモゴッ!」」
「あんたたちもう少し落ち着いて食べなさいよ…」
新参のヨグソトースにすら注意されるリスラトホテプとリスグナー。
仕草はもう完全に野生動物である。
…そしてしばらくして、
「…ガルルルッ…これは私のですよぉ!」
「さっきたくさん食べたじゃないですか!残りは私のです!」
再びチキン南蛮が減ってきたことで争いが再発する。
こうして戦争は繰り返されるのだ。
◆◆◆◆◆
食事も終わり今ようやく皿洗いも終わった。
洗剤で指の油が皆無なのどうにかならないかなー。
などと考えつつみんなが寛いでいるリビングに行こうとすると、
その途中で声をかけられる。
「ナユタ」
「…ん?どうかしたか?ヨグソトース」
俺を呼び止めたのはヨグソトースだった。
最近は名前で呼んでくれる頻度も増えてようやく懐いてくれている気がする。気がするだけじゃなきゃいいけど。
「…えっとねお姉ちゃんの件なんだけど…
ナユタがお姉ちゃんのことを利用しようとしてるとか、
そういうのはないってことはここで一緒にいてわかった。
だから…疑ってごめんなさい…」
そう言いながらヨグソトースが頭を下げる。
どうやら疑いは晴れたようだ。
懐いてくれたのも気のせいではなかったらしい。
「別に謝らないでもいいよ。
いきなり家族がいなくなったら心配して当然だしな。
なんにせよ疑いが晴れてよかった」
疑いも晴れてこれで今日からまたアサトと一緒に寝ることが出来るな。
最近はソファーに慣れすぎてどこでも寝れるようになったけど。
……ん?ってことは…、
「疑いが晴れたってことは…ヨグソトース帰るのか?」
俺に問われたヨグソトースは胸に手を当てて何か考え込んでいる。
そして少し経ってから…、
「…あのっ!それなんだけど…お願いがあるの…
……あのね…私…っ!?…」
ヨグソトースが話しているそのとき、突如彼女の足元から翡翠色の紋様が浮かび上がり彼女を囲い込む。
そして囲まれたヨグソトースの表情が絶望にも似た恐怖に歪んだ表情になる。
「……あぁ…やっぱり…」
「おい!大丈夫かヨグソトース!
チッ!何だよこれ!」
「召喚陣ですね。しかも強制の呪い付き」
後ろから妙に落ち着いた声でニャルが説明する。
俺はそれを聞きながら陣に触れるが弾かれる。
「ベル!解析は!?」
「術式系統分析中。発動には間に合わない」
「くそっ!?待ってろ今すぐに出して…」
「ううん…いい。私は…これでいい。
昔からそうだった。
私はヨグソトース。
この名前を人に知られて…そしてその名前を呪いとして組み込んだ召喚術式で呼び出されて行動を強制される。
それが…私。これは神の私でも抗えないの…」
「そんな…そんなのって」
こうしているうちにもヨグソトースの体は足の先から光になって消えていく。その彼女はこちらに笑いながら語り掛けてくる。
「…ここに居ると神だってことを忘れていられるくらい楽しかった。
…だからここなら普通に暮らしていけるんじゃないかと思ったの。
……けどやっぱり…駄目だった。
…心配してくれてありがとナユタ。
大丈夫だよ…多分、世界とか国を壊せとか…そんな感じのことをやらされるだけだから。
……だから…バイバイ」
そう言ったヨグソトースは無理に作ったであろう笑顔で涙を流しながら消えて行く。
そしてそこにあった召喚陣も消えてその場には何もなくなった。
周りにいたみんなも黙る中、
俺は頭を押さえながら彼女の表情を思い出す。
「…はぁ…そんな顔で言われたって大丈夫なんて思うわけないだろ。
…ったく!ベル行くぞ!」
「了解。魔導書モード」
銀色の魔導書になったベルを片手に俺は門を唱える。
そのとき、後ろにいたニャルが話しかけてくる。
「…行くんですか?いったら確実に殺し合いになってしまいますよ?」
「知ってる。そりゃ確かに俺はそういうのは嫌いだ。
でもな…泣いてる子をほっておくのはもっと嫌いなんだよ。
だからこっから先は星野那由他じゃない。
…魔術師ナユタ・アムリタだ」
そう強く宣言した俺は門を発動。
入ろうとしたそのとき周りにいたみんなが立ち上がる。
「…ん…一緒に行く」
「アサト…でも」
「…あの子は…私の妹なの…だから一緒に助ける…」
「…わかった。傍を離れるなよ?」
「うん」
アサトの決意のこもった瞳を見せられたら断ることなんてできないな。
その後に俺は他のメンツに目を向ける。
「…お前らは別に来なくてもいんだぞ?」
「なーに言ってんですかナユタさん!いつも!あなたの!後ろに!這い寄る混沌!ニャルラトホテプ…ですっ!」
「あんなの見せられたら夢見が悪くなるわ。
私が好きなのは快眠なんだ」
「愛しのニャルがいくなら私も行く~♡
どうせ全部燃やせばいんでしょ?」
「旦那様が行くといのなら戦場だろうがついていくのが妻の務めです。
お供します旦那様」
「久しぶりの血祭りですね!しかもナユタさん公認!
滾るわ~っ!」
「他神事ではないのじゃ。
我もナユタに助けられた身じゃしの」
…ほんと付き合いの良い神様たちだよ…まったく。
「…よしっ!いくぞ!」
「「「「「「「 おぉー!!! 」」」」」」」
そして門をくぐり、空間を超える。
今行くぞヨグソトース。
◆◆◆◆◆
私は神の姿で今、召喚された。
さっきまでいた暖かい場所とは違う。
世界の終りのような殺風景な儀式場。
そして私のまわりには私を召喚したであろう人間たちがいる。
「我らが神よぉー!!!今こそ裁きを!この世界には福岡県以外いらないのです!ここ福岡以外を滅ぼしてすべてを福岡に!
世界のすべてを我ら福岡県民に!!!」
訳の分からないことを言っている人間たちが沢山いる。
だが私は彼らに逆らうことはできない。
名前を握られているから。
思い返せば私の
何もない空間でただ一柱佇み。
ときどきこうして召喚されて何かを強制される。
時には自我の無かったお姉ちゃんと戦わされたこともあった。
…嫌だった。
でも…痛くても、辛くても、苦しくても、悲しくても。
私の傍には誰もいない。何もない。
だからきっと自我を得て、大事なものを手に入れていたお姉ちゃんが羨ましかったんだ。
あそこでの時間は…ほんとに幸せだった。
今までの時間が空虚だったと思い知らされるほどに。
ナユタ…優しかったな…。
……もういい。考えるのをやめよう。
どうせ私は操られて何もできないんだから…。
そう思い視界を閉ざそうとした私の正面、
少し離れた場所の空間が歪む。
そしてそこには最近見慣れた神や魔導書…それに人間がいた。
◆◆◆◆◆
俺は転移を終えて目を開くそこには操られた神の姿の
ヨグソトースがいた。
俺は手元にいるベルをトントンしながらお願いする。
「ベル。術式は?」
『解析完了。呪式解除…する?』
「ああ、頼む!」
俺のまわりから出た幾何学模様の術式がヨグソトースを縛っている呪いを砕き散らす。あとは寂しそうなヨグソトースに声をかけるだけだ。
「おーい!ヨグソトース!
呪いの式は解いたからもう自分の意思で動けるぞ~!」
『…ナユタ?どうしてきたの?』
俺がここに居る理由がわからない彼女はそう聞き返してくるがその答えは一つだ。
「そんなのお前が泣いてたからに決まってんだろ?
…嫌なら嫌って言っていいんだ。
やりたくないならやりたくないって言えばいい。
そしたら俺が助けてやるよ。
お前が笑えるように何度でも…な。
…だから帰ろうぜヨグソトース。
今晩はお前の好物のシチューだぞ」
次の瞬間、
目の前にいた神の姿が消える…ように下のやつらには見えたことだろう。
神から姿を変えたヨグソトースは俺の方に飛び込んでくる。
そしてそれを俺は空いている右腕でしっかりと受け止めて抱きしめる。
「……うぇぇ…ナユタぁ…ナユタぁ…」
俺の胸に顔を押し当てながらいつもの子供の姿で泣いているヨグソトースの頭を優しく撫でる。…結局、泣かせちゃったな。
さて…無事ヨグソトースも助けたことだし…残りのやることをやるか。
俺は下に目を向ける。
そこでは怪しい恰好の人間たちがぎゃーぎゃーと喚いていた。
「おのれ!我らが神をどこにやった!」
「許さんぞ!どこの回し者だ!」
「覚悟はできているんだろうな!」
ありきたりな下っ端のセリフをばらまくそいつらを空の上から睥睨する。
「覚悟できてるか…だと?それはこっちのセリフだ!
俺の身内に手出してただで済むと思うなよ!」
俺は魔導書の姿のリベルギウスを構える。
「魔術師ナユタ・アムリタだ。相手をしてやるよ!
行くぞ…リベルギウス!」
『了解。
術式最大展開。
……演算領域全システムリンク……完了。
……フルバーストモードへ移行。
法の書リベルギウス、対象の殲滅を開始』
莫大な魔力を体から放出しているアサト。
「…ん…私の妹…泣かせた…容赦しない…
………アザトース…いくの…」
銀髪少女の姿でライダーポーズをとっているニャル。
「フフフ!別次元の私から貰った『宇宙CQC』の力!
とくと見せてあげましょう! 無貌の神、ニャルラトホテプ!参る!」
欠伸をしながらゆるりを構えるツァト。
「…ふあーあ…あふ…さっさと片づけて二度寝だ二度寝。
……ところでこれ名乗る流れなのか?…まあいいか。
怠惰の神、ツァトグア。ほどほどに頑張ろう」
全身から炎を巻き上げ蛇のように纏っているクトゥグア。
「あははははは!あなた達も運がないわね!
ニャルを燃やすついでに燃やしてあげる!
炎神、クトゥグア!燃やし尽くすわ!」
どこからか出した日本刀を腰に構え水を纏ったネムト。
「旦那様を怒らせる悪い人類は粛清です!
海神、クトゥルフ!旦那様とともに!」
大きな鎌を両腕と背中の間で挟んで持っているチャウグナー。
「赤き四肢を抱いて、赤き遺志に貫かれ、
死んで帰りましょう?原初の
ヒャッハー!血神、チャウグナー!イッキマース!」
神秘的で淫靡な黒いヴェールを纏い、
黒色のオーラを発しながら黄金の猫瞳を輝かすバースト。
「罪あらばこれ必定の神判なり!裁きを受けるのじゃ!
……あまりこっちに血を散さぬようにの。
猫神、バースト!参るのじゃ!」
―――こうして「福岡修羅教団」と「ナユタ家」の神話大戦がはじまる
…だがここから先は語る必要のない蹂躙劇
たった一つの涙のための優しい優しい蹂躙劇
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