若雁たちの集い

第6話

 紗菜が入部届けを隼人に渡した日の放課後。部室のある格納庫に向うと、格納庫には大勢人が集まってきた。この日は所属部員が全員揃っていたのだ。


「辰星紗菜です!よろしくお願いします!」


 それは転校初日の時より明らかに明るく気合いが入ったもの。


『宜しくお願いします!』


「よろしく辰星さん」


 顔ぶれの中にはクラスの委員長、笹井純の姿も。


「さ、笹井さん?!」


 紗菜にとってはよほど意外だったのか、驚いて声が上ずっていた。


「まあね。隼人は何でも大雑把にやっちゃうから、細かいところは私がフォローしてあげないといけないのよ」


 軽い溜息と共に紗菜に笑顔を向ける純。


「あの、笹井さんは隼人くんとは昔から?」


「ええ、そうよ。物心ついたころから遊んでたし、色々あったから小中学校はずっと一緒で、高校途中で隼人をここに誘ったのも私なの」


「そ、そうだったんですか……」


 言われてみれば笹井が隼人とはかなり砕けた口調で会話していたのを思い出す。隼人はかなり社交的で、物怖じせずにクラスメイトとも会話していたのだが、返す笹井までが随分と親しげだった事には今更気が付いた。


「まあ、幼馴染は私だけじゃなくて鉄也もだけどね……」


「……、何かあったか?」


 いきなりの静かな声にビクリと驚いてしまう紗菜。機体の風防ガラスを黙々と磨いていた彼は隣のクラスの西沢鉄也という男子で、美男子ではあったが、まるで鋭利な刃物のように容易に相手を近づけさせないような空気を発していた。


「すまない」


 紗菜が驚いていたのを察知した鉄也は淡々と謝罪し、粛々と音も立てずに再び機体の点検に戻る。


(び、びっくりした……)


「鉄也はいつもあんな調子だから気にしないで」


「そうなんです。今日は機嫌が良いみたいですよ」


「そ、そうなんですね……」


 純だけでなく尚江も相槌を打つと、紗菜は頷くばかりだった。


 そこへ部長である隼人が到着。全員格納庫の開いたスペースに集まった。


「よっし!みんな揃ったところで自己紹介をしてくれないか?」


「あ、あらためて辰星紗菜です!よろしくお願いします!」


『宜しくお願いします!』


 最初に紗菜が自己紹介をすると、隼人、純、鉄也、尚江の部員が自己紹介を行った。


「手芸部いきま~す!」


「?!」


 航空戦競技部なのに手芸部と言うので驚く紗菜。しかし他には誰も気にする者がいないのでそのまま自己紹介が続く。


 手芸部からチャコ、ベリー、ティンブル、ビーズの四人。園芸部からボタン、カエデ、カトレアの三人。天文部から星河、九曜、稲叢の三人。ボート部から櫂、舵、帆柱の三人。そして整備科を代表して、長谷川が自己紹介を行った。


 そして姿を見せないが忍術部が、推参と書かれた紙をどこからともなく投げ入れてきた。クナイ、ガンドウ、キシャクの三人がこの格納庫の中に潜んで話を聞いているという。


「あ、あの……、みなさん他に部活をされているんですね……」


 おずおずと尋ねる紗菜に皆はそろって笑顔を見せる。


「だって空戦部に参加したら、学校から部費の補助が出るんだよ!」


「ほ、補助ですか?!」


 理由を教えてくれたのは手芸部の部長でチャコというニックネームの二年生の女子。水色・黄色・ピンク色の複数の色の付け毛に白い三角形のヘアクリップが特徴だった。


「そうなの。隼人が三ヶ月前にこの部を立ち上げた時に学校に掛け合って、他の部から空戦部に参加してくれたらその部に補助がでるようにしてくれたんだよ」


 この学校は航空学校として操縦士の専門教育は途絶えてしまっていたが、校長を始めとした有力者たちは航空戦技競技の復活を渇望していた。


 そんなところに隼人が転校してきた上に、自ら部を立ち上げようとしているのを知ると、大喜びして全面的な支援を約束してくれたというのだ。


「す、すごいんですね……」


「せっかくたくさんの飛行機があるのに、少し動かしたら整備して格納庫に並べるだけっていうのが辛かったんだよ。先生たちは特にね」


 腕を組んで飛行機を眺めていたのは白い整備服姿に浅黒い肌が見える大柄の女性、長谷川。三年生で整備科の中でも空戦部の受け持ちの代表だった。


「だから空戦部復活できるなら手段は選ばないって、学長も掛け持ちした部への補助にゴーサイン出したってわけなのさ」


 この学校の生徒たちは普通科であっても入学してから操縦を含めた飛行機の授業もあるため、大会への出場が無い部活からは潤沢な部費の獲得のために掛け持ちに同意してくれる部があったのだ。


「うちはお陰で備品一式買い替えできたんだよ」


 そういって笑うのはボート部の梶 酉子。


 今まで使っていた機材は老朽化が進んで買い替えが必要だったが、部員は三人しかいない上に、かなりの出費になってしまうと頭を抱えていたところに話が来たので、ボート部だけに渡りに船だと飛び乗ったのだという。


「うちもそんなところなんです。やっぱり天体望遠鏡とかって高いですから」


 天文部の九曜も同調する。天文部の場合は天体望遠鏡などの備品だけでなく、観測場所に行く為の旅費も必要だというのだ。


「まあ、どの部も元々そんなに毎日拘束されてた訳じゃなかったから、二日に一度くらいこっちに参加で楽しんでるよ」


 園芸部のカエデは楽しそうに笑っていた。航空戦競技部に参加するようになってからは他の部活の活動にも相互に興味が湧いて、全員で離島に飛んで天文観測を行ったり、水上への着水を想定と称してボートの練習をしたりと、和気藹々と活動しているのだという。


「例外は忍術部ね。一応名簿に名前はあるし、実在してるのは間違いないんだけど、隼人以外は誰も素顔を見たことがないのよ」


「」


 あえて忍術部については話題にしなかった紗菜だったが、それを聞かされて唖然として言葉を失う。


「忍術部は同じ学校の生徒であっても部外者に正体を知られたらいけない規程なんだってさ」


「隼人くん、じゃあどうやって勧誘したの?」


「全員オレが特定したんだ。まあ、口外しない約束だから誰にも正体は教えられないんだけどな」


 隼人が転校した際に貼り出されていた忍術部の勧誘ポスターには、入部条件として部長の特定が書かれていたのだが、隼人は一週間で部員全員の特定を成し遂げ、逆に空戦部に参加させたのだという。


「姿を見せられないんだったら部員としてカウントしたらいけないんじゃあ……」


「いや、機械化武道は軒並み諜報活動がルールで認められてるんだ。だから諜報も立派な活動なんだよ」


「……」


 これには苦笑いしてしまう紗菜。隼人が言うには車両を用いた機甲戦競技や、艦船を用いた艦隊戦競技などの近代戦から派生した機械化武道系は生徒による諜報活動(厳密には試合開始一週間前から開始十二時間前まで)が認められているというのだ。

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