止まった時計の針が動く時、空は何を語るのだろうか?

☆ 【短】 『明日も同じ空を見てる。』 作者……ハトリさま

※ 家族の自殺と向き合う、中高生の思いと葛藤がテーマです。


              『登場人物一覧』


一也かずや……主人公で写真部所属している、男子高校生。転校生の秋平との出会いによって、修とも友情を交わす。秋平とは親友同士の関係。

 一也本人や部員が写っている写真が一枚もないことから、風景や虫などの自然をメインに撮っている。修の死後人を被写体に収めると、その相手が不幸な末路を遂げてしまうと懸念していると追われる。


白野しらの 悠弥ゆみ……中学三年生で、日本人形のようなストレートの黒髪と黒い瞳、美人系。広い玄関の大きな家に住んでいることから、お金持ちのご令嬢(以下ユミ)。広いお屋敷に一人でいることが多いようだが、両親は他界していない。父親は仕事にのめり込み、母親は教育関係のサークル・公演活動に夢中。

 ユミなりに兄の死を受け止めているようだが、心のどこかで納得出来ない様子。「時間を動かしたい」という彼女の言葉がとても印象的。


白野 おさむ……ユミの三つ歳の離れた兄。成績優秀・スポーツ万能・将来有望のエリート予備軍で、一也の同級生。一也が中学1年生の時に来た転校生で、一也とは性格が正反対。

 中学二年生の時に、突然自殺してしまう。(一也いわく、以前から違和感を感じていたようだ。だが友達以上に深入りせず(相談相手にならなかった)ためか、強い自責の念が一也に残る。


秋平しゅうへい……修と同じ時期に来た転校生。物怖じない性格で、クラスメイトからは浮いた存在。一也とは親友同士で、将来の夢は医者。

 だが一也の高校入学式を迎えると同時に、突然旅に出る。同時に手紙を残し、そこには「修の妹 悠弥ゆみの世話を頼む」という内容が書かれていた。


           『特徴・印象に残った点』


一 修の妹 ユミの前では元気に振舞う一也ですが、そんな素振りとは裏腹に彼に残った心の傷は深いと思われます。以前は人を被写体に写真を撮っていたようですが、修の死後それが出来なくなっています。揺れ動く人間心理をしっかりととらえながら、その理由を切実に訴えかける作風が魅力的です。


二 情景が浮かぶような作風が特徴となっており、哀しい雰囲気が漂う本作とマッチしています。そして北海道でまだ携帯電話が普及していない時代設定・フィルム写真を使用したとどこかレトロな雰囲気が、逆に物語を品のある内容に演出していると思います。どこか日本の風情を感じることが出来、とても印象的です。


三 今作は渡り鳥三部作の三作目のようですが、前作の内容も気にあるほど内容が濃い作品です。単作としても読みごたえのある作品ですが、三部作続けて読むことを推奨します。私もこの企画を終えたら、追って作品を拝見したいと思います。


            『気になった点』


 舞台が北海道のどの辺りなのか、書かれていれば良かったかもしれません。例えば函館・小樽――などの場所説明があれば、より緊張感のある作品に仕上がるかと思いました。

 ただしこの疑問点については、前作で紹介されているかもしれません。もし前作でしっかりと場所説明がされておりましたら、申し訳ありません。


             『総合評価』


 渡り鳥三部作の三作品目となる『明日も同じ空を見てる。』ですが、とても読みごたえのある作品です。そして面白い作品というよりも、といった表現がピッタリだと思います。そういった意味では、私の心理学ドラマシリーズ(特に『命の天秤』『時の万華鏡』)に似ている部分も多々ありますね。

 普段はファンタジー小説を書くことが多いようで、「現代ドラマは苦手」と作者さまはご謙遜けんそんされていました。ですが私が作品を拝見した限りでは、そのような傾向はまったく見られません。

 この企画をきっかけに、『明日も同じ空を見てる。』という作品が一人でも多くの読者さまの目に留まれば良いと思います。


 また以下は作品に登場する比喩表現における、私なりの解釈をご紹介しておきます。興味がある方は、ぜひご確認ください。


             『比喩の解説』


(a) 明日も同じ空を見てる……自分に帰る場所・戻る場所があるかぎり、つらい過去や哀しみを乗り越えて、未来へ向かって歩み続けることが出来る――ということだと思います。それは例え進路や将来の夢が異なっていても、目指す本質は皆同じです。空とは目標や未来のこと(前を向いて歩くことが前提)です。

 そしてタイトルが持つ重要な意味合いとして、一也とユミが過去を乗り越えて未来へ歩むことがという点です。仮にこのタイミングで一也とユミが出会わなかったら、二人の未来はもっと暗い道へ進んでしまったと思います。二人が出会えたことで、――そう考えると、人のえにしというのは本当に不思議なものですね。


(b) 海の向こうへ行く……一也が望む夢を叶えるために、大学進学や就職のため北海道から離れること。だがそれはユミの元(その時点における彼女の心は、孤独という海を漂っていた)を去るということでもあり、その現状を「海の向こうへ行く」という言葉に比喩したのではないかと思われます。


(c) 心の風景(ユミ)……ユミの心に眠る感情のこと。それも未来や希望といったポジティブなものではなく、といったネガティブな感情だと思われます。


 心の風景(一也)……一也自身も「心の風景」という言葉を使用しています。ですがその意味については、ユミとは異なっていると私は思います。

 一也は親友だった修に見守られながら、自分は――というポジティブな感情によるものです。ユミも同じく「心の風景」という言葉を口にしていますが、その意味はおそらく正反対だと思われます。


(d) 心の風景が、写真に撮れたらいいのに(ユミ)……孤独や自責の念を写真という媒体に写すことによって、私(ユミ)の心の痛みを緩和することが出来るかもしれない。および何枚もの写真に収めつつ、それらをすべて燃やすことによって心の傷を癒すことが出来るかもしれない――というユミの心理を比喩した言葉だと思われます。

 この言葉のポイントとなるのは、心の傷や痛みを癒すことが出来るしれないという点です。作中でも「……たらいいのに」というが使用されています。表向きは写真を処分するという方法を取っていますが、ユミの本心は「そんなことをしても、何の解決にはならない」と分かっているのかもしれません。


(e) 心の風景を写す方法を覚えてくる(一也)……(一) 修という親友の存在を想い続ける (二) 心に深い傷を負っているユミを、いつか癒すことが出来るような男になる という二つの意味があると思われます。ただし現時点で二人は恋人同士ではないため、恋愛よりも友情という意味合いが強いです。


(f) 時間を動かす……――というユミの心情を表している言葉だと思います。修の姿が写っている写真をすべて燃やすことで、「自分には最初から、兄はいなかった」というユミの哀しい気持ちが伝わってきます。


(g) 鉄の鳥に乗って帰ってくる……一也の信念は誰にも曲げることは出来ず、――という彼の気持ちを例えた比喩表現だと考えられます。


             渡り鳥三部作(時系列順)


    (一) 夏と花火と、方程式

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886985916


    (二) 十月の渡り鳥

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887110588


    (三) 『明日も同じ空を見てる。』(企画で拝見した作品です)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886959703

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