フレグモーネの症例(2)

 7歳牝馬、優秀なレッスン馬。

 大人しくて生真面目で一生懸命、頑張り屋さん。

 こういう馬はストレスを溜めやすいのか、それとも、元々弱い体質だったのか……。

 疝痛持ちで、レッスン後によくひっくり返っていた。


 発症する数日前から、少し元気がなく、ボーッとしていた。

 今から思えば、その時から微熱があったのかも知れないが、元々大人しい馬なので、体調が悪そうだ……と思った人はいなかったようで、熱を測ったりもしていないと思う。

 前日も、その当日も、レッスンが入っていたのだが……。


 朝、後肢がパンパンに腫れて、一歩も歩けなくなっていた。

 季節は冬、やはり、寒い時期は発症しやすいのかも知れない。

 狭い馬房にいるよりも、外で動ける環境に置いた方がいいと、馬着を着せて放牧されたが、やはり、自主的には歩けない状況。

 そして、足がパンパンに腫れてから3日後、自壊してミルクキャラメルのような膿が大量に流れ出てきた。

 足にこびりついて、氷柱のように垂れ下がっていた。

 膿が出たのは、内腿と飛節の前あたりから。


 数日後、抗生物質の注射と馬の若さのせいか、最悪の状態にはならなかったが、後肢の腫れはなかなか引かず、膿もずっと出続けていたものの、熱は引き、痛みもなくなってきたのか、少しずつ歩けるように。

 しかし、膿で汚れたところは、毛が抜け、皮膚も落ち、2週間ほどで肉腫が出来始めた。


 その後も膿は1ヶ月ほど出続け、ハゲは大きくなり、足の腫れも日替わりでひどくなったり、少しよくなったりを繰り返した。

 が、半月ほど経った頃から、ハゲた部分から少し産毛が生えてきていて、徐々にではあるけれど、回復に向かっているように思う。


 発症から2ヶ月後、ハゲていた部分は、毛が生えた。

 が、肉腫は大きくなり、運動をすると、時々、血の混じった膿を出すこともあった。

 腫れは、ひどい日もあったが、発症した頃に比べれば、半分くらいの太さになった。

 肉腫が固まって膿が出ないと腫れがひどく、足にシワができるほどに。

 ストレスにならない程度に運動をする方が状態は良いようだ。


 発症から3ヶ月後、破行はなくなった。

 レッスンに復帰するも、肉腫は残り、時々出血する。

 運動後はだいぶスッキリするようになったが、飛節にテニスボール大の腫れが残った。

 小さくはなったものの、肉腫も治らず、見た目が治るのかは不明。

 体調は回復したようだ。

 問題なく使えていたと思えたのだが……。


 発症から約9ヶ月後、朝、馬房で亡くなっていた。

 まだ若い馬なのに、いたたまれない。

 疝痛持ちだったので、疝痛ではないか? と言われているが、馬房で暴れた後もなく、穏やかだったため、心臓発作ではないか、とも。

 脚部の腫れは相変わらず、肉腫も小さくはなっていたが、治らなかった。

 生きていたら、1、2年後にはきれいになったかも知れないが、もう想像でしかない。何かあるたび、再び腫れてはひき、を繰り返したのかも知れないし。


 フレグモーネの菌は、心臓に飛ぶことがある、と誰かが言っていた。

 真偽の程はわからないが、この馬の他にも、かなり重たいフレグモーネにかかり、その後、回復して、普通に運動をこなしていた馬が、突然の心臓発作でなくなった時、その話を思い出した。

 フレグモーネが直接の死因ではないが、遠因にはなっていると思う。


 *****


 この馬の死は、これから良くなるんだろう、もう安心だ……と思っていただけに、ショックだった。

 でも、発症からひどくなってゆく状況、それから回復していく過程、いろいろ見せてもらえて、勉強させてもらった、それを無駄にしたくはない、と思う。

 天国で安らかに……。

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