フレグモーネの症例(1)

 私が初めてこの病気を知ったのは……辛いことに、当時一番好きな馬が発症したことで、だ。

 無知な私は、具合が悪くて寝ているその馬を見て

「うわ、寝ている! 可愛い!」

 などと、喜んでいた。

 まさか、1週間後、その馬が亡くなるとも知らずに。


 この馬の死が、私の乗馬ライフの大きな転換点となった。


 19歳騸馬、働き盛りは過ぎた。

 敗血症で亡くなったのだ、と聞かされたけれど、ちょうどクリスマスの日でその後の年末・新年を迎えるにあたって、見切りをつけて安楽死させたのかも知れない。

 それでも仕方がないほど、重篤な状態で、助かったとしても、乗馬として使えるかは、怪しい限りだった。


 高熱が1日続いて、その後、右後肢がパンパンに腫れた。

 おそらくクラブ側も毎日体温を測っているわけではなかったので、足が腫れてから、高熱に気がついたのだろう、年寄りだから疲れているんだろうという判断だったに違いない。

 食事もできず、横になりながら、乾草を食べたりもしていたが、ほとんど食べられなかったのではないだろうか?

 足が腫れ上がってからは、寝ることもなく、おそらく寝たらもう起き上がれない状況だった。

 獣医さんが呼ばれて注射を打ったが、全く効いている様子がなく、次の日にはもっと腫れ上がり、腹の下にまで腫れが広がってしまった。

 その翌日あたりから、管と蹄冠部が自戒して、キャラメルのような膿がどくどく出てきた。

 藁がこびりついて汚いので、洗ってあげたいが、相当痛いのか一歩も歩けず、馬房から出ることができなかった。

 無理やり連れ出して洗い流したようだが、傷口はポッカリ穴が開いていて、素人目には、その足が治るとは思えなかった。


 いまだに後悔している。

 もしも、あの時………寝ている馬を見て、もしかしたら熱があるんじゃないだろうか? と気がついて、クラブのスタッフに報告していたら?

 あの馬は死なずに済んだかも知れない。

 獣医さんが何度も来てくれたのに、助からなかった馬なのだから、そう思うのはおこがましいかも知れないが。


 心配性だ、大袈裟だ、などと、思われるほど、今の私は小うるさい。

 だが、大袈裟に騒いで笑われたり、迷惑がられたりするのを申し訳なく思うよりも、おかしいと思ったことを放置して後悔することだけは、もう二度としたくはないのだ。

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