第478話 戦わない理由

「理由は簡単だよ。うん、すっごく簡単。わからない、セーヤくん?」

 ケンセーはそう言うものの、


「悪い、一応は考えてはみたんだけど俺にはさっぱりだ……」


 『戦う理由』はだいたいが『何かを為すため』だから想像もつきやすい。

 大切な人を守るためとか、世界を救うためとか、ハーレムマスターになるためとか。


 だけど『戦わない理由』ってのは、うん、すごく難しいな……俺は今までの人生でそんなこと一度も考えたことがなかった。


 だからせいぜい思いついても『泣き寝入り』くらいだけど、もちろん今回はそういうんじゃないわけで。


 そんな回答に詰まった俺を見上げながら、


「だってね……だってもうこれ以上、セーヤくんに迷惑かけたくなかったんだもん」

 俺の腕の中で、ケンセーははかなげに微笑ほほえんだ。


「迷惑だなんて俺はそんな――だいたいそんなこと言ったら、俺だってケンセーのこと全然ちゃんと見てなかったんだ。ケンセーの本当の想いを知ろうとしなかった俺に、ケンセーがどうしても納得できなかったのは当然だった!」


「でもでも、それでもやっぱり最後はセーヤくん、ちゃんと私のこと見てくれたでしょ? セーヤくんが本音の気持ちを全部ぶつけてくれて、私のことを真剣に見てくれて――そのことを実感したらね、胸の奥につっかえていたものがストンと急にとれて無くなったの」


「ケンセー……」


「満足、できちゃったんだよ」


 言葉を紡いでゆくケンセーの表情は、銀光で夜空を優しく包む満月のように満ち足りて穏やかなものだった。


「ずっと1人取り残されてた私が、セーヤくんの隣でチート学園を過ごして、そして最後に本音で語り合えたの。セーヤくんが他の女の子には絶対に明かさないえっちな夢とかロマンを、私だけが聞かせてもらったんだよ?」


「え、あ、うん……?」

 そこに同意を求められると、俺はすっごくコメントしづらいのですが……。


「たった1人の残り物だった私は、最後にたった一人のセーヤくんの完全理解者になったの。それってスゴくない? 代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームラン!」


「そうやって喜んでもらえて、俺は本当の本当に幸せ者だな……」


「それでね。そうやって満足したら――あとはもう、最期はセーヤくんの手で私を終わらせてほしいな、ってそう思っちゃったんだ」


 そんな風に心境の変化を語るケンセーの瞳は、今はもう完全に理性の色を取り戻していた。


「お前、あの時にはもう暴走状態から戻ってたんだな……」


「戻ったのはあの直前だけどね。セーヤくんと本音で語り合えた、セーヤくんが私の気持ちに本気で触れようとしてくれたって、理解した途端――納得しちゃったんだよね」


 その時の心境を思い出しているのか、素敵な思い出を噛みしめるようにうんうんとうなずいているケンセー。


「そうだとしてもだ。あんな急に無抵抗になるようなやり方はないだろ?」

「急に? まったくもう。セーヤくんったら、ほんと女心がわからないにぶちん童貞さんなんだから」


「ど、童貞なのは今は関係ないだろう!?」

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