第467話 最後のお願い

「約束だ。俺が勝ったら現実世界に帰ることにケンセーは同意する。そうだったよな?」


 言いながら、俺はケンセーの目と鼻の先でピタリと止めていた《2年S組の剣おたまブレード》をそっと下した。

 おたまを突き付けたまま――なんて乱暴な真似はしない。


 だってそうだろ?

 俺とケンセーは『幼馴染で従兄妹』であって、敵意を向け合うような間柄じゃあ決してないのだから。


「そう、だったね……」

「なら――」


「私はさ、セーヤくんが好きなんだ」

「ああ、知ってるよ。ケンセーの気持ちはよーく知ってる」


「その気持ちがね、私の中でいっぱいなの。セーヤくんが私の中でいっぱいいっぱいで、もう抑えきれないの。セーヤくんと離れるなんて無理なの――」


 そう言ったケンセーの両の頬には、ダイヤのように美しく輝く大粒の涙が伝っていて。


「ケンセー……」

 これでもダメなのか……。


 どうしてだ?

 いったいどうやったらケンセー、お前は分かってくれるんだ?


 説得しても、聞き入れてはもらえず。

 戦いで負かしても、こんな風に涙をこぼしながら好きだと言われて。


 どうやったらケンセーは納得してくれるんだ?

 俺はあと何をすればいいんだ?


 もう俺には、勝ったのをいいことにケンセーの同意は諦めてしまって、強引に約束を履行させるしか手は残されていないのか――?


 だけどそんな結末は悲しすぎるじゃないか。


 『幼馴染で従兄妹』としてこの世界でどのチートっ子たちより長い時間、一緒に過ごしてきたケンセーとの最後が、こんな尻切れトンボの結末だなんて――ケンセーを泣かせたままだなんて――。


 そんなのあまりに悲しすぎるじゃないか――。


 「下さなければならない非情の決断」を前に、俺が必死に無い知恵しぼっていい手はないかと頭を悩ませていた時だった。


「だからね――私は私をやめようと思うの。ごめんねセーヤくん、どこまでも聞き分けのないダメなチートで」


 ――全ての感情を失ったような、冷たく平坦なケンセーの声が聞こえてきたのは。


「えっとケンセー? お前急になにを言って――」

「だから私からセーヤくんに最後のお願い」


 これ以上の議論は無駄だとばかりに、ケンセーは俺の言葉をさえぎるように上から言葉を被せてくる。


「だから何を言ってるんだよ? ――ってお願い?」


「うん。最後のお願いだよ」

 展開的に超絶嫌な予感しかしないから、できることなら聞きたくない――ってのは無理なんだろうな、きっと。


 いやそれだけは絶対にやっちゃいけない。

 これほどまでに俺を思ってくれているケンセーの気持ちに、俺は真摯に向き合わないといけないんだ。


「……お願いってのはなんだよ?」

 覚悟を決め、心を落ち着けながら恐る恐る尋ねた俺に返ってきたのは、


「ねぇセーヤくん、私と一緒に死んでくれないかな?」


 嫌な予感をはるかに超えた、そんな突拍子もない言葉だった――。

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