第339話 クリス・ビヤヌエヴァの憂鬱

「えと、あの……お、おはようございます、クリスさん」


 後ろから肩をつかまれて身動きできない俺は、仕方がないので振り向かないで挨拶をした。


「はい、おはようございます、マナシロ様」


 強烈なアイアンクローで俺の肩をつかんで離さないでいるクリスさんの答えも、いたって普通だ。


 声色も普段と変わりない。

 ただ、俺の肩をつかんで離さないその手に、怒りのようなものが込められている気が――した。


 強制的に振り向かせてもらえないのは、ある意味幸いだった気がしなくもない。


「ところでその、クリスさんはなぜここに……」

「朝食の準備が整ったことを伝えにきたのですが?」


「あ、はい、ありがとうございます」


 朝ごはんは一日の活力の源だ。

 よーし、すぐに朝ごはん食べにいこうー!


「それでマナシロ様は、いったいいつまで裸のティモテさんをガン見しているのでしょうか?」


「うぐ――っ」

 い、いこー……。


「おやおや急に黙ってしまわれましたね。いったいどうされたというのでしょうか?」


 その言葉と前後してクリスさんの手が――俺の肩の骨をミシミシときしませるくらいに強く掴んでいた――緩んだ。


 もちろん許してくれたというわけでは決してない。

 とりあえずまずはこっち向けよ、という意思表示であろうと推察されます……。


「いやあの、そのですね? これにはたいへん深い事情がありまして……」


 振り向いた俺は、速攻で釈明を始めた。


 あくまで事故だったということを、ティモテの身を案じたが故の偶発的イベント発生であることを、俺はクリスさんに必死で説明した。


 ……なんか最近の俺って、ずっと謝ってばかりな気がするようなしないような……。


 しかし。

 今日の俺は孤独ではなかった。


 強い強い味方がいてくれたのだった。


「マナシロさんの言っていることはすべて本当の事です――」


 弁明を続ける俺を、全裸から例の身体にぴったりフィットするタイトなえちえちミニスカシスター服に着替えたティモテが、ガッチリ援護してくれたのだ。


「――と、そういうわけなんですよ」


 にっこり笑顔で、俺の無罪を力説してくれたティモテ。

 この笑顔を見れば、ティモテが怒っていないことは一目瞭然だ。


「……分かりました。ティモテさんがそう仰るのなら、その通りなのでしょう」


 ふふん、見たか!

 本人から説明されてしまえば、いかにクリスさんと言えどもそれ以上は追及できないのであるからして!


 ああ、ティモテがぼーっとしたおじさんを狙って痴漢冤罪をでっちあげて小銭を稼ぐようなスレた子じゃなくてよかったよ……。


 ティモテをこんないい子に育ててくれた、聖母マリア=セレシアの教えに大感謝だね。


「まったく……どうしてこうもマナシロ様の周りには魅力的な女の子が多すぎるのでしょうか……サーシャお嬢さまもとんだ茨の道を選ばれたものです」


「クリスさん、なにをぶつぶつ言って……?」


「もちろん何事にも妥協せず、最良の結果を得るために努力し続けるその姿勢こそが、お嬢さまの一番の魅力なのですけれど……そしてだからこそ、最大限のサポートをしようという気にもなるというもの……さし当たっては――」


「すみませんクリスさん。さっきからよく聞こえないんですけど――」


 独り言のような小さな声になっていたクリスさんの言葉を聞き取ろうと、自然と顔を近づけていった俺に――、


「マナシロ様!」

 急に、クリスさんがずいっ!と顔を寄せてきた。

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