異世界転生 9日目

第150話 銀音――シロガネ

 《シュプリームウルフ》が語った内容は、要約するとこういうことだった。


 帝国南部にまたがる広大な南部大森林に家族単位で点在して住まう《シュプリームウルフ》たち。

 この子の家族も、父と母と3姉妹で森の中で仲良く暮らしていたそうな。


 しかし暗黒大陸(大陸の南にあるもう一つの大陸、妖魔たちの拠点だ)に不穏な気配を感じた両親が様子を探りに行った隙を突かれて、歳の離れた妹二人が人間によって連れ去られてしまったのだ。

 そして無事に返してほしければトラヴィスの荷馬車――帝都にA5地鶏を運ぶそれを襲撃するようにと脅されたらしい。


「小さな子供を人質にとって脅迫するなんて、なんと卑劣な……!」

 義憤に駆られたサーシャの瞳に怒りの色が灯る。


「気配と匂いをたどって帝都までは追いかけたんだ。でもその先までは辿たどれなかった。あそこは人が多すぎるんだ」


「帝都ってそんなに大きいのか?」

「帝都は150万の人口を誇る大陸一の大都市、周囲を取りまく衛星都市も含めれば圏域けんいきの人口は500万にせまりますわ」


「それはすごいな……」

 人口150万って言えば、日本だと神戸市や福岡市といった政令指定都市の中でも上から数えた方が早い大都市と同じ規模だ。


「いや、なんで人族ひとぞくのお前がそんなことも知らないんだ」

「え、いや、まぁそれはその……」

 《シュプリームウルフ》の呆れたような問いかけに、気の利いた答えを返せずに言いよどむ俺を、


「それは無敵のセーヤ様にとって、そのような些事さじは覚える必要もないことだからですわ! それにこうやってお互いにサポートをしあうのもまた、婚約者ファミリーというものですの!」


 なぜかサーシャが鼻息も荒く、力いっぱいに俺を擁護してくれたのだった。

 でもそうか。


「互いに助け合ってこその仲間ファミリー、いい言葉だな」

「はいですの!」


 サーシャがそれはもう、すっごく喜んだ顔をした。

 まったくサーシャときたら、ほんと仲間想いのいい子だね。


「でもそれなら話は早い。ちょうど俺たちも帝都に行く途中なんだ。用事って言っても荷馬車が着いたかどうかを確認できればいいし、そこから一緒に妹たちを探すのを手伝うよ。サーシャもそれでいいよな?」


「わたくしは構いませんわ。そもそも今回の襲撃事件の根本解決のためには避けては通れない問題ですし、なにより幼子をさらうような悪人を、このままのさばらせておくわけにはいきませんもの!」

 めらめらと、サーシャの瞳に闘志のほのおが燃え盛る。


「じゃあ決まりだな。お前も――」

 それでいいよな? と聞こうとして、


「そういや名前をまだ聞いてなかったな。なんて名前なんだ? 《シュプリームウルフ》ってのは、名前じゃなくて種族名だろ?」


「名前はない」

「いや、ないことはないだろ……」


「我らに限らないが、SS級『幻想種ファンタズマゴリア』は得てして個体数が少ないんだ。人族のように大きな群れをつくってイキるでもない――」

「イキるっておまえな……」


「――言葉などという不完全なものがなくとも、互いに理解しあっているから仕草だけで充分に意図を察することもできる――」


「相互理解、素敵ですわ」

 サーシャがうんうんと理解をしめした。


「――つまりだ。我らには個々の名前などは必要ないのだ」

 ということらしかった。


「そうなのか。でもずっと《シュプリームウルフ》って呼ぶのもなんか味気ないよな……」

「でしたらセーヤ様が名前を付けてあげればよろしいのでは?」

「え、俺が?」


「はいですの。オオカミさんも別に名前を付けられると困る、というわけではないですわよね?」

「フン、好きにしろ。人族ひとぞくが何と呼ぼうとイチイチ気にはしない」


「ということですので、セーヤ様。素敵な名前を付けてあげてくださいな」


「そんな急に言われてもな……サーシャが付けたらいいんじゃないか?」

 なんとなく、こういうのは女の子の方がセンスありそうだし。


「戦いをただ傍観していただけのわたくしより、実際に剣と牙を交えて分かり合ったセーヤ様のほうが名前を付けるにふさわしいと思いますわ」


「いや別に分かり合ってはいないけどね……?」

 さっきだって散々に噛まれたし。

 右手首にはガッツリ跡も残ってるよ?


「うん、でもま、そこまで言うなら、それっぽいのを考えてみるか……」

 名は体を表す。

 やっぱこういうのは、特徴を端的に捉えた名前が定番だよな。


「えーと銀色の毛並みが綺麗な、雌のオオカミだから……『銀子ぎんこ』……はちょっと違うか……『銀美ぎんみ』……はもっとないな。うーん……」


 くっ、だめだ。

 いきなり名前を付けろとか言われても、そんなシチュエーションは想像したこともなかったからぶっちゃけ困る!


 しかし、サーシャが超期待して見ているんだ。

 ここはさらっと素敵な名前を付けてみせて、カッコいい俺を演出しなければならない……っ!

 ならば――、


「ウェディング系A級チート『生まれくてくる親戚の子供の名前を考えるおばちゃん』発動!」


 これはあれだね、現実世界ではちょっと押し付けがましいところもあったりなかったりな、極めてセンシティブな問題をはらんだチートだね。

 まぁ今は関係ないけど。


 そして俺がチートを発動するとすぐに、一つの名前が頭に浮かんできた。

 さすが名づけという特殊技能に特化した専用チートだ、仕事が早いぜ……!


「こほん……、じゃあ『銀音』――『シロガネ』ってのはどうだ?」

「シロガネ?」


「俺の世界――俺の故郷の言葉で『美しい銀色』を意味する古語なんだ。綺麗な銀の毛並みにぴったり合うかと思ってさ」


「さすがはセーヤ様! ネーミングセンスも素敵すぎますわ……! ね、オオカミさんもどうでしょうか?」

「フン……まぁまぁ悪くない、ぞ……」


「ふふん、悪くないなどと、負け惜しみを言いおってからに――」


「ガブリ――!」

「だからイチイチ噛むなって!」


「ガブガブ?」

「痛い痛い! ちょ! 穴が、皮膚に穴が開くだろ!?」


「もうお二人はすっかり仲良しさんですのね。羨ましいですの」

「まったくもって羨ましくはないよね? うん、羨ましくはないよね??」


「というわけで、これからあなたの名前はシロガネですの!」

「聞いちゃいねぇ……」


「やわらかいですの~」

 やっとこさ俺の右手を離してくれた《シュプリームウルフ》――改めシロガネの首元に、サーシャがモフっと抱き着いた。

 モフモフに埋もれて、実に気持ちよさそうである。


 俺も一緒にモフらせてもらおうとして――ギロリ。


「うん、俺は見てるだけにしておこうかな……」

 にらまれた俺は、すごすごと引き下がったのだった。

 また噛まれるのも嫌だし……。


 そうして。

 サーシャが十二分にモフモフを堪能してから。


「じゃあ名前も決まったところで、帝都に行くか」

「はいですの! いざ帝都へ!」

「ワオーーーーーーーーーーーン!!」


 2人&1匹となった俺たち新パーティは、晴れて帝都へと向かったのだった――。

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