第149話 ほら、怖くない――、ガブリ。
「よし、と。じゃあ今度こそ、話し合いをするとしようか」
「あっ……」
再びサーシャをお姫様抱っこで抱きかかえると、俺は足取りも軽やかに《シュプリームウルフ》の元へと歩いてゆく。
お姫様気分にさせてあげるラブコメ系A級チート『お姫様抱っこ』が発動し、腕の中のサーシャが俺を見上げながら恥ずかしそうに、でもとっても嬉しそうに頬を染めた。
「うん、やっぱこのチートはいいな……」
女の子に甘えられてる感がとってもあって、とてもいいと思います!
「おっと、そうだその前に――」
少し名残惜しいものを感じながら、俺は《シュプリームウルフ》の前でサーシャを降ろすと、《
「サーシャ、これを持っててくれ」
そしてそれを鞘ごとサーシャに手渡す。
「あの、セーヤ様……?」
「さっきあいつが言ってたけどさ、こっちだけ武器を持って話し合いもなにもないだろ?」
俺は困惑顔のサーシャに、その理由を説明する。
「ですが――」
「大丈夫だって、まぁ見ててくれよ。俺の故郷に伝わる、とっておきの秘策があるんだ」
俺はドヤ顔で言い切ってみせた。
そして《
『固有神性』《
「空がだいぶ
「もうすぐ朝ですわね」
太陽こそまだ昇ってはいないものの既に周囲は十分に明るく、新たな朝の訪れを世界が今か今かと待ちわびているかのようだった。
最強なる黄金の力が消失したことにより、《シュプリームウルフ》を射止めていた黄金の矢も、後を追うようにして世界に溶けて消えてゆく。
そうして。
完全に無手・無防備になった俺は、そろりそろりと少しずつ、《シュプリームウルフ》へと近づいていった。
「セーヤ様、やはり危険では――」
心配するサーシャを、俺は軽く片手で制すると、
「回復系S級チート『天使の施し』発動!」
チートの発動とともに《シュプリームウルフ》が温かな白光に包まれていき――、
「これは超高度な回復術……セーヤ様は、こんなことまでお出来になるのですね!」
サーシャが驚嘆の声を上げた。
チートよりも上位であるSS級に使ったということもあって、完全回復とまでは行かないだろうけれど、それでも動くのに支障はなくなるはずだ。
「なぜ、我の傷を癒した――」
「話し合いをするための、ま、誠意ってやつかな?」
俺はにこっと笑ってみせた。
SS級に効果は薄いだろうが、困った時のS級チート『ただしイケメンに限る』も使って、敵意がないことをどうにかして伝えようとする。
そして、ここで奥の手だ。
「ほら、怖くない、怖くない――」
言って、俺は左手をそっと《シュプリームウルフ》の鼻先へと伸ばしていった。
風の谷の国民的アニメヒロインが、お供のマスコットキャラと初めて出会った時に言った名台詞である。
異種族交流と言えば、指先と指先でE.T.するか、ナウシカのこれだろう。
「一度やってみたかったんだよな――」
「ガブリ」
……手首に思いっきり噛みつかれた。
ふっ、これも想定の範囲内さ。
むしろここからが本番だ……!
「ね、怖くない。こ、怖くない。お前は怯えていただけ――」
「ガブガブ、ガブガブガブガブ――!」
す、全ては計算通り、アンダーコントロールってやつだ――、
「――って、ちょ、待て! 痛いっておい! あ、だめ! イタイ、イタイイタイ! ちょっと離して! タンマ! ブレイク! ちょ、マジで痛いんだけど!?」
「ガブ? ガブガブ?」
「だめ! 噛んだまま
ちゃんと武器を持たずに話し合いにきたのに、回復までしてやったのに、なんて仕打ちをしやがんだ!
くっ、あれか、これがならずものの瀬戸際外交ってやつか……!?
「だめだ、このままだとマジで手首がローマの休日してしまう! お願い、お願いだから離して!」
俺の涙声での
「フン……」
やっとのことで、俺の左手は激しいガブリから解放されることとなった。
「おぅ……歯形が、歯型がこんなにくっきり……なんてことすんだよ、もう!」
「フン、軽く甘噛みしただけで大げさな……この惰弱な軟弱者が」
「おまえな……人がせっかく話し合いで解決しようって提案してんのに――」
「誰もそんなこと頼んでおらんわ」
「この犬……! 文字通り負け犬の
「我ら誇り高き《シュプリームウルフ》はオオカミよ。同胞とはいえ、人に従属する道を選んだイヌと違えることは許さんぞ」
「へいへいそうっすね、すんませんでした。あぁもうほんと痛い……」
目に涙をためて
柔らかい女の子の手に、やさしくいたわるようにさすってもらえて、これはこれで悪くないね、うん。
全然悪くない。
「でも、ま。やっと会話らしい会話をしてくれたな。これでやっとスタートラインくらいには立てたってことでいいのかな?」
「フン……好きに解釈すればいいわ。……で?」
「で、とは?」
「力になってくれるのだろう。ならとっとと力を貸さんか、この
ブチ……っ!
「おいこらてめぇ、さっきから下手にでてりゃ調子にのりやがって! それが人にものを頼む態度か? 上等だ! もっかい、いてこますぞこの野郎!」
「我はメスよ、野郎ではないわ」
「むきー! ああいえばこう言う!」
「セーヤ様、落ち着いてくださいですの」
「これが落ち着いていられるか!」
「多分ですけど、この子はふてくされているだけですの。わたくしにはその気持ちがよく分かりますわ。ウヅキに嫉妬して、負け続ける自分が嫌になって、やり場のない心の情動を誰かにぶつけてしまう気持ちが――」
「サーシャ……」
「でもオオカミさんも、そういうものの言い方は良くないですの。セーヤ様は本当に頼りになる男の人なのですわ。あなたのことも悪いやつじゃないってずっとおっしゃっていましたし」
「フン……」
「実際わたくしも今こうして話してみて、それが良くわかりましたの。ねぇオオカミさん、わたくしたちにあなたのお話を聞かせていただけませんか? なぜトラヴィス商会の荷馬車を襲ったのか、わたくしたちはそれを知りたいのです。なにか止むに止まれぬ事情があるのでしたら、セーヤ様とわたくしがあなたの力になりますわ」
説得力があってとても勉強になりました。
これがコミュ力ってやつか……。
「な、仲良くしようぜ?」
言って、懲りない俺は再びそろそろと《シュプリームウルフ》へと手を伸ばしていく。
「フン……」
しかし今度は噛みつかれることもなく――その頭を、俺は優しく撫でてあげることに成功したのだった。
女の子を胸キュンさせるラブコメ系A級チート『頭ぽんぽん』が発動し、撫でられて気持ちいいのか《シュプリームウルフ》の耳がパタッパタッと動いている。
なんとはなしにその耳も撫でてあげた。
ふと獣人族のココが、耳を撫でるのは求愛の証みたいなことを言ってたのを思い出した。
「ま、《シュプリームウルフ》は獣人族とは違うSS級『
なでなで。
パタパタ。
なでなでなで。
パタパタパタ。
なでなでなでなで。
パタパタパタパタ。
「ふふふ、可愛いじゃないか。ほらほら、ここか? ここがええのんか?」
「調子にのるな――ガブリ」
「ぐぉぉぉぉおおおっ! だから噛むなって! ちょ、痛いって! あ、牙でぐりぐりしちゃダメ! お願い離して! 頼む、サーシャからも何か言ってやってくれ!」
「ふぅ、良かったですわ。すっかり打ち解けて仲良しになられましたのね」
「一体どこ見て言ったの!? 俺が一方的に痛い思いをさせられているだけだよね!?」
とまぁ、そんな感じでじゃれ合いながら親睦を深めた(?)おかげか。
「妹たちが、さらわれたんだ――」
ポツリと、《シュプリームウルフ》は口を開いたのだった――。
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