第148話 気高き黄金 ―シャイニング・アロー―

「終わりましたのね!」


 《天地開闢セシ創世ノ黄金剣アマノヌホコ》と。

 《天狼咆哮・群体分身・真ライラプス・オーバーロード・ミラージュ・ファング・アルティメット》。


 SS級同士による必滅奥義の撃ち合いは、最後は黄金剣の完全勝利に終わった。


 その全てを見届けたサーシャが、喜びに声を弾ませながら小走りに駆け寄ってくる。


「ま、ざっとこんなもんさ」

 ここは超カッコよく決める場面であるからして、ラブコメ系S級チート『ただしイケメンに限る』でもって、最大限のアピールをすることに余念がない俺であった。


 なぜなら、俺は知ってしまったんだ。

 女の子にちやほやされることの気持ち良さを、知ってしまったんだ。


「もう俺は、何も知らないでいたあの頃には戻れないんだ……!」


 と、同時にウェディング系A級チート『婚約者フィアンセの実家を納得させる結納金代わりの実績』が発動していた……んだけど、


「なんだこれ……?」

 俺は思わず首をかしげてしまう。


「……異世界転生局のチート分類が、かなりザルいのはもう十分に理解できてたつもりだけど、一体なにがどうなってこれが発動したのか、さっぱり意味がわかんないんだけど……?」


 婚約者フィアンセ……?

 結納……?


 なんでそんな単語が急に出てきたんだ?

 まったくもって意味不明だった。


「ま、いっか……特に実害はなさそうだし……」


 今更チートの仕様について、うだうだ言っても仕方がない。

 これだけは譲れないってこと以外は、人間諦めが肝心なのである。


 ――ってなわけでだ。

 臨界状態にあった『固有神性』《天照アマテラス》も、既にまったり巡航モードへと回帰していて。


 ついに《シュプリームウルフ》との激闘が終わりを迎えたのだった。


「おーい、生きてるかー?」

 俺は地べたに叩きつけられたまま、ピクリとも動かない《シュプリームウルフ》に呼びかけた。


 まあそのなんだ?

 最後はちょっとだけ、その、やりすぎた気がしなくもない、的な?


 なんていうかさ、戦いの中でテンションあがった《神滅覇王しんめつはおう》は、時々だけど俺の制御がきかない時があるんだよね……。


 サーシャと連れだって、俺は地面に倒れ伏した《シュプリームウルフ》の元へと向かった――のだが、


「なっ!? 《群体分身ミラージュ・ファング》……っ!」

「まだこんな力を残していましたの!?」


 突如として《シュプリームウルフ》が、10を超える分身体を作りだしたのだ――!


「さてはこいつ、死んだふりをしてやがったな……!?」


 もちろん、《神滅覇王しんめつはおう》はいまだ健在であり、巨大化もしていないただの《群体分身ミラージュ・ファング》程度なら、相手することに何の苦労もありはしない――しかし、


「セーヤ様、1体逃げていきますの!」


「分かってる! ちっ、あれが本体ってわけか……!」

 周囲の分身体をぶっ飛ばしながらサーシャの指差す方向を見やると、高速で離脱していく一体が目に映った。


 その姿は、痛々しいことこの上ない。

 片足を引きずり、身体中を真っ赤な血に染めて、満身創痍ながらもそこはさすがは伝説の《シュプリームウルフ》。

 ものすごいスピードで逃げ去ってゆく。


「こいつらを倒してから追いかけるか!? いや向こうも全力で逃げているんだ。今から分身体を倒して、追いつけるかどうか……!」


 迷っている暇はない、すぐにでも決断しないと……!

 分身体をなぎ倒しながら、懸命に頭を回転させていると――ふと、サーシャが持っている和弓に目がとまった。


「弓……」

 そうだ――!


「弓なら、届く……!」

 俺の中に勝利の方程式が組み上がる――!


「サーシャ!」

 勝利を確信しての呼びかけは、しかし、


「セーヤ様、もう矢は残っておりませんわ」

 返ってきたのは申し訳なさそうなサーシャの声。


「ああ知ってるさ。でも、そんなことは織り込み済みだ――」


 俺は手の中にある黄金に輝く刀を正眼に構えると、


「SS級神剣《草薙くさなぎつるぎ》よ!」

 その真なる力を解放する――!


「『固有神性』《ヤマタノオロチ》解放――!」


 神竜の滅びと同時に生まれ落ちた、神剣《草薙くさなぎつるぎ》。

 その再生と創造の神話を受け継いだ《ヤマタノオロチ》は、『使い手に最も適した姿』となって新たに生まれ変わる能力だ――!


 俺は《ヤマタノオロチ》を応用して、《神滅覇王しんめつはおう》の黄金の粒子から「一本の矢」を創造していく――!


「戦闘系S級チート『那須与一なすのよいち』発動!」


 その矢は、弓という技術に特化したこのS級チートによってデザインされた、究極至高の理想の一矢だ――!


「矢をイメージ……サーシャが射るにふさわしい、誰よりも気高く、何よりも美しい、そして最強不敗の黄金の矢を――!」


 そして《天照アマテラス》から吹き出す黄金の粒子が、サーシャの手元へと集まると一本の美しい金色の矢を作りだした。


「っ! これはセーヤ様の黄金の力でできた矢――!?」


 そうさ。

 これが『那須与一』が思い描き《ヤマタノオロチ》によって生み出された、《神滅覇王しんめつはおう》の黄金の力が詰まった、世界最強の《輝く一矢シャイニング・アロー》だ――!


「矢は用意した。あとはサーシャが当てるだけさ」

「これをわたくしが、射るのですか? セーヤ様ではなくて?」


「悠長にこいつらを倒してる暇はない。その間に逃げられちまう。だからサーシャが射るんだ――!」


「で、ですが、先ほどのようにアバウトに牽制するだけならまだしも、ワキュウを使っての移動物体への精密射撃は、わたくしの技量ではまだ――」

 いつも自信満々のサーシャにしては珍しく、その声は不安の色で染まっていた。


「安心してサーシャ。大丈夫、サーシャならきっとできるよ」


 それはおべっかでも、楽観論でも、希望的観測でもなんでもない。

 サーシャの技術を冷静に評価した上での太鼓判だった。


「自信がありませんの――」

 変わらず不安な声をあげるサーシャに対して、俺は想いを言葉にして続けていく。

 

「サーシャ。決闘の時に一緒に弓を引いたのを思い出して。波間に浮かんだ小舟の上の扇を落したのと比べたら、こんなことくらい朝飯前だろ?」

「ですがあれは実質セーヤ様が射ったものですわ――」


「大丈夫だってば。サーシャはあの時に何かを掴んだはずだよ。その身体がしっかりと覚えてるはずだ」

 言って、俺はにこっと笑う。

 そこに込めた想いはただ一つ、サーシャへの「信頼」だ。


「――分かりましたわ」

 俺の信頼を受け取ったサーシャの瞳に、気高い黄金の決意と闘志がみなぎった。


 そこには不安がっていたさっきまでのサーシャはもういない。

 そこにいたのは、一人の凄腕の弓使いだった――。


 サーシャは一度大きく深呼吸をすると、


 立ち位置を決め、

 姿勢を整え、

 弦に指をかけ、

 弓を持ち上げ、

 弓を引き、

 狙いを定める――


 完璧な射法八節しゃほうはっせつ


 嫌でも目に入ってくる、逃走する《シュプリームウルフ》のことを考えれば、一秒でも早く矢を射たくなる場面だろう。

 しかしサーシャの顔に焦りの色は全くなかった。


「――行きます。ナムハチマンダイボサツ――」

 それは2人で一緒に扇を射抜いた時に俺が発した、必勝祈願の言霊だ。


「そんな細かいところまで、事細かに覚えてたのか」

 一生懸命で熱心で向上心に満ち溢れていて。

 ほんとのほんとに、可愛くて素敵な女の子だよ、サーシャは……!


 こんなすごい女の子が放つ矢が、外れるはずがあろうか?

 いや、外れるわけがない――!


 その誇り高く美しい射姿いすがたは。

 サーシャが――サターホワイト・マテオ・ド・リス・トラヴィスという少女が歩んできた努力と研鑽けんさん道程みちのりの体現であり――そして彼女がS級の境地へと足を踏み入れたことの証でもあった。


 間髪入れずに射放たれた《気高き黄金の一矢シャイニング・アロー》は――、


 ヒュン――!


 耳に心地よい風切り音とともに、まっしぐらに《シュプリームウルフ》へと向かって空を駆けると――、


「キャウンッ!」

 見事にその右後肢を射抜いて、《シュプリームウルフ》を地面へと縫いつけたのだった――。


 それで今度こそ、《シュプリームウルフ》は最後の最後の力を使い果たしたのか。

 最後に2、3体残っていた分身体がかすみのように消えていく。


 息をのむほどに美しい残心の境地にあったサーシャは、全てを見届けると同時にこちらを振り向く。

 そして――、


「やりましたの!」

 とびっきりの笑顔を向けて俺の胸に飛び込んできたのだった。

 それを《草薙くさなぎつるぎ》を持っていない左手だけで抱きかかえる。


「やったなサーシャ!」

「はいですの!」

 言いながら、おでこをすりすりとこすり付けてくるのがとても愛らしかった。


 ま、あんな究極至高の一射を放った後だ。

 俺で良かったら、いくらでも甘えてくれ。


 ――ここに。

 長い長い《シュプリームウルフ》との戦いは。


 今度こそ、本当に幕を下ろしたのだった。

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