第115話 ひよこのひよこっこ

「すみませーん」

「おう、らっしゃい!」


 扉を開けて店内へと入った俺を出迎えたのは、筋骨隆々でやたらガタイのいい金髪のおっちゃんだった。

 声から察するに、さっき優男を蹴り飛ばしたのはこのおっちゃんだろう。


「え、っていうか、なに? プロレスラーかなんかなの?」

 首とか腕とかめっちゃ太いんだけど、この人は店員さんなんだよね……?

 あ、もしかして用心棒ってやつ?


「おう、よく言われるな!」


 そんな疑問はしかし、すぐに解消されることになった。


「おっと、よく見りゃあ、にーちゃん。ここいらでは見ない顏だな? それに腰に帯びた剣……しかもこいつは相当の業物ときたもんだ……ってことはあんた、流れの傭兵かい?」


 凄まじい記憶力と観察眼をもっていたからだ。

 この言い方だと、下手したら今まで会った人間全員の顔と特徴を覚えてそうだぞ……

 しかも日本刀クサナギの凄さを、一目で見抜いたと来たもんだ。


「さすが辺境一を誇るトラヴィス商会の本店スタッフだ……」

 脅威のムキムキボディに加えて、この知性と知見。

 否応なしにその実力を目の当たりにさせられた俺だった。


 自慢じゃないけど、俺なんか可愛い女の子の顔とおっぱいとお尻は覚えていても、男なんて名前すら憶えてないことが多々あるというのに……最近だと辺境伯とか。


 今さらだけどあいつの名前なんだったかなぁ……いやほら、偉い人ってさ、名前が長いからほんと覚えられなくね……?


 それはそれとしてだ。


「まぁそんな感じかな? それで、そこの急募って張り紙を見たんだけど、雇ってもらえないかと思ってさ」


「うーん、悪いな、剣士のにーちゃん。これは特殊な専門職の募集だから、その道のプロ以外はお断りなんだ。一応聞いとくけど、スキルはあんのかい?」


「それなら問題ない、初生ひなの鑑定には自信がある。だから俺を雇ってほしい」


 なにせ『ひよこ鑑定士』はS級チートだからな。

 一流を超えた超一流のスキルを、パッと得られるのがS級チートのS級チートたる由縁なのだから。


「仮ににーちゃんが技能者としてもだ。たとえどれだけ切羽詰ったとしても、トラヴィスに適当仕事は許されねぇんだ。にーちゃんみたいなどう見ても駆け出しのひよっこには、おいそれとは任せらんねぇんだよ。すまんね」


 確かにこれだけでかい店を構える名店なら、そういう考えは当然だろう。

 品質にこだわることはブランド力を高めるための最初の第一歩であり、そして同時に最低限の義務でもあるからだ。

 でも――、


「物は試しでテストしてくれないかな? それを見た上での判断なら、何を言われても文句は言わないから。それに見てもらえさえすれば、あんたは俺を絶対に雇いたくなるはずだ。頼む、この通りだ」


 俺はぐっと腰を折って頭を下げた。

 こんな一攫千金のビッグチャンスはそうそうないんだ。

 頭を下げてでも何をしてでも、モノにしなければならない……!


「まぁそこまで言うってんなら、ちょいとにーちゃんの腕を見してもらおうか。こっちだ、ついてきな」

「……おしっ」


 まさに即断即決。

 この判断の速さ一つとっても、さすがは大店舗の本店を任された人間だ。


 広大なトラヴィスの敷地を少し歩いた俺は、奥の方にある大きな建物へと案内された。


「ここはひよこ用――それも生まれたばかりの初生ひな用の鶏舎か」

 大量のケージの中では、毛糸球みたいなもこもこ小さなひよこたちが、ぴよぴよと可愛らしく群れていた。


 おっちゃんは手前にあったひよこケージを一つ持ってくると、

「よっこらせ、と」

 それを仕分け台の上へと乗せる。


「この中に20匹のひよこがいるから、今から1分で雌雄に分けてみな」

「1羽につき3秒の計算か――」


「ベテランでもギリギリできるかって速さだが、いかんせん、こっちも高い金を払うんだ。無理だって言うんなら、悪いが今回は諦めてくれ」


「いや、問題ないさ。1分で分ければいいんだな? ――商業系S級チート『ひよこ鑑定士』発動!」


「準備はいいみたいだな。じゃあいくぞ、よーいどんだ」

 掛け声がかかるや否や、俺は次々とひよこ達を雄と雌に仕分けはじめた――!

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