第116話 S級チート『ひよこ鑑定士』
こうして時給10万の権利をかけた、ひよこ鑑別試験がスタートした。
まずは右側のケースに入れられたひよこを一匹、ストレスを与えないように、右手で優しく包み込むように掴みあげるとその肛門を確認する。
――雄だ!
一瞬にして雌雄を判断すると、二つに分けられた左側のケースの手前側に、粉雪が舞い降りるがごとくふんわりとひよこを置いた。
この間わずかに3秒。
一瞬かつ繊細な指の動きは、ひよこに何が起こったかすら理解する間も与えはしない。
あれ?とひよこが感じた時にはすでに、そのひよこは俺の手から解放されていて、そのまままるで何事もなかったかのように、新しいケージで再びピヨピヨと鳴きはじめたのだった。
「まずは一羽――! 次っ!」
すぐに右側のケースから次のひよこを一匹、乙女の柔肌をそっと撫でるかのようにこれまた優しく取り出してあげる。
一瞬ウヅキのおっぱいを揉みほぐした事故(あくまで事故です、事案ではありません)のことを思い出した。
すごく柔らかかったです……。
おっと、今はおっぱいの感触よりも、ひよこの鑑別に集中するんだ!
これは――、雌だ!
今度は左側のケースの奥側へと素早く、そして底冷えする冬の朝に毛糸のパンツが優しくお尻を包みこむように、繊細なタッチでもってひよこを置いてあげる。
といった具合で、雄は手前のケースへ、雌は奥のケースへと分別していくのだ。
これが肛門鑑別による、初生ひな鑑別の一連の流れである。
後はこの作業の繰り返すのみ――!
そしてちょうど1分きっかりで、俺は20羽全てをつつがなく仕分け終えたのだった。
「速さには問題はない。あとは精度だな。確認させてもらうぜ? もちろん一羽でも雌雄の誤りがあればその時点で即刻、帰ってもらうからな?」
「もちろんだ。好きなだけ確認してくれて構わない」
おっちゃんは、ガタイの良さからは想像できない丁寧な仕草で、俺が仕分けしたひよこたちを再確認していく。
そして――、
「……驚いた。文句なしに完璧だ、速さも申し分ない。ひよこを扱う時の柔らかいタッチも実に見事だった。本当にいい腕をしているな、言うだけのことはある」
べた褒めのおっちゃんだった。
プロすらも唸らせるほどのその力。
さすがS級チートだ、マジ半端ない。
「悪かった、どうやら俺の目が節穴だったようだ。にーちゃんの腕をあなどったこと、心から謝罪させてほしい。申し訳ない、この通りだ。しかしにーちゃん、そんな若いのにどこでこれほどの技能を?」
「それはまぁ、別にどうだっていいじゃないか? それより俺はここで雇ってもらえるんだろうか?」
「ああ、もちろんだ! むしろその腕を見込んで、ぜひにーちゃんに一仕事頼みたい!」
「サンキュー! 助かった! ……で、ここで少し交渉というか提案なんだけど、今はおっちゃんが1分でというから1分で終えただけで、実際はもっと速く鑑別できるんだ」
「なん……だと……?」
おっちゃんの顔が驚愕に染まった。
それはそうだろう。
今のは大ベテランでもギリギリ間に合うかどうか、そんなギリギリもギリギリ、いわゆる落とすためのテストだったのだから。
それをもっと速くできると、俺は自信満々で言い放ったのだ。
「だから今の1.5倍の速さ――、1分で30羽の鑑定をやるからさ。その分、時給も1.5倍に、つまり15万にしてくれないかな? できればまとまった金が一気に欲しいんだ。もちろん給金に見合った仕事はしてみせる」
「それはまぁ構わないが、1.5倍となると2秒で1羽だぞ? にーちゃんの腕を疑うわけじゃないが、それを何時間もやり続けるってのは、さすがにちょっと無理じゃないか……?」
「大丈夫、誰にできなくても、俺ならできるんだ。ってことで、交渉成立でいいかな」
「にーちゃんがいいならそれでいいけどよ? それじゃ、ひよこのケージを運ぶアシスタントを付けるから、1時間ごとに10分の休憩で、まずは今日8時間の契約ということで――」
「休憩は必要ないよ。代わりに1時間ごとに水だけ飲ませてくれないか? 労働時間は今から24時間。その間に、ここにいる初生ひなは全部鑑別してみせる」
腹が減っても人間は耐えられるけど、水分が失われると脱水症状になり能力が大きく低下――、特に集中力が著しく低下するからな。
逆に言えば水分さえとって脱水症状にさえならなければ、人間は十全のパフォーマンスを維持できるのだ。
「おいおい、ここ2日で生まれた初生ひなが今ここには4万匹以上いるんだぞ!? しかも24時間ぶっ続けで、正確な鑑別をできるわけが――」
「1分30羽なら、24時間で43200羽だろ? 数字上は可能だよ。もし出来なかったら、その時はいっそ給料はゼロでもいい」
「いや、やってもらったところまではもちろん金は払うが……。まぁ、そこまで言うなら好きにしてみるといい。アシスタントの他は、水だけ用意すればいいんだな?」
「ああ。それと一つだけお願いがあるんだけど。東側区画に女子高があると思うんだけどさ」
「おう、知ってるよ。あそこにゃ、うちの娘も通ってるからな」
「なら話は早い。そこにサクライ・ウヅキって生徒がいるから、今日は帰らないけど心配しないでほしいって、伝言を頼みたいんだ。俺、今はその子の家でやっかいになっててさ」
「サクライ・ウヅキさんだな? 分かった。今からすぐに使いの者をやって、その旨伝えておこう」
――ってなわけでだ。
俺は時給15万円の、24時間耐久ひよこ雌雄鑑別のお仕事を請け負ったのだった。
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