第32話 閃光のナイア 2

「いやー、完全にお手上げだね。どうやらはなからアタイの敵う相手じゃなかったらしい。アタイもそれなりに腕には自信があって、結構ブイブイいわせてたほうなんだけど、いやはや世の中ってのは広いもんだね」


 女騎士は槍を肩に担ぐと、さっきまでのひりつく様な雰囲気とは打って変わって、とても気さくに話し始めた。


「そ、そうなんです、セーヤさんは凄いんですから! すっごくすっごく凄いんですから!」

 金縛りから解放されたウヅキが――びびってた分を取り返そうとでも思ったのだろうか――いつもより熱を込めて俺を褒めたたえてくれる。

 一生懸命でちょっと可愛いぞ。


「ははっ、そうみたいさね、まるで相手にしてもらえなかった。上には上がいるってことだね。こんなモノホンの達人を相手に、試すような真似をして本当にすまなかった。許してもらえないかい?」

「許すもなにも、そう言うアンタだって実力の10分の1だって出していなかっただろ。ま、今のはお互い分かった上での、軽い挨拶みたいなもんだ」


「やれやれ、これはもう本当に完敗だ――っとそうだ、自己紹介がまだだったね」

 言って、女騎士は馬上でスッと背筋を伸ばして身を正した。


「アタイはナイア――ナイア・ドラクロワ。ナイアでいいさ。一応シュヴァインシュタイガー帝国特務騎士団、《聖処女騎士団ジャンヌ・ダルク》の団長をやってるんだ。よろしくたのむよ」

「俺は麻奈志漏まなしろ誠也だ。ドラクロワさん、こちらこそよろしく」


「今は駐留騎士団の一員として任務にあたってる……だから、セーヤ。ナイアでいいって言ったろ?」

「お、おう、分かった……な、ナイア」

「おっ、なんだセーヤ、照れてんのか? さっきまでの超然とした姿とは別人みたいじゃねーか。意外と可愛いところもあるんだな」


「いや普通に照れるだろ……その、ナイアたちはそんなエロ――もとい際どい格好をしてるんだし」

 女の子と会話することはだいぶん慣れてきたものの、さすがにこの格好は反則だろう。

 目のやり場に困るし――ほんとは困らないんだけど――なんせ普通に色々見えちゃってドギマギしてしまう。


「なはは、セーヤも年頃の男の子だもんな。この格好はちょっと目に毒か」

「それもあるけど、個人的にもう一つ気になるのが、少し防御力が低そうに見えるってことかな」


「一応これはさ、聖処女と呼ばれた伝説の聖女様の装備をまねたものでね。武を志す清らかな乙女がこの装備をまとうことで、《救世の加護》っていう聖処女の防御加護が得られるのさ」

「防御加護――?」

 チートみたいなものか……?


「普通に鎧を装備するより何倍も防御力があって、身体能力も大きく向上するんだ。アタイの場合はA級の防御加護を完全に使いこなせる。だからま、ちょっとばかし大目に見てくれないかな」

「その格好にもちゃんと理由があるんだな」


 大いに納得した。

 それはもう大いに納得した。

 どうやらここは俺が想像する以上にえっちな――いや素晴らしい異世界のようである!


「ま、傍から見たらただのエロエロアーマーなんだけどな。ほんと、なんで聖女様はこんなえろい格好をしたんだろうな? あはははっ!」

「いやそれ、自分で言ったら世話ないだろ」


「でもセーヤも普通の鎧よりこっちの方が好みなんだろ? ほれほれ、お姉さんにほんとのところを白状してみな? さっきからどこ見てるか、ちゃんと分かってんだぞ?」

 ……全部するっとまるっとお見通しだった。


 そしてそう言ってニカっと笑うナイアは、いかにも面倒見のいい姉御肌あねごはだのお姉さんって感じで、うん、割とすっごく好みのタイプなんだ……!


 しかも、


「セーヤさん」(ウヅキ)

「まなしー」(ハヅキ)


 と来て、今度はナイアから「セーヤ」と呼び捨てで名前を呼んでもらっちゃったぞ……!

 俺は着実にモテのステップアップをしている……!


「あのあの! ナイア・ドラクロワ! わたし知ってます!」

 ウヅキがぴょこんと軽く飛び跳ねながら手を挙げた。


「ナイア・ドラクロワ、通称『閃光のナイア』です!」

 その言葉にピクッと、俺の中学二年生な心の一部が反応した。


「『閃光のナイア』……だと?」


「はい、A級帝国騎士の中でも現役最強と言われていて、過去に5人しかいないS級騎士に限りなく近いと言われている人なんです!」

 興奮気味にまくしたてるウヅキ。


 割と落ち着いた感じのウヅキが、こういうキャピキャピした反応を見せるってのは新鮮だな。

 それだけナイアが有名人ってことなんだろうけど。


「ははっ。ま、そんな二つ名で呼ばれることもあるね。個人的にはちょっと恥ずかしいんだけどさ」

 対するナイアは苦笑いだ。

 なんでも包み込んでくれるえっちなお姉さんって感じのナイアだが、うん、意外と根は純情なのかもしれないな。


「南部国境沿いで、越境してきたA級妖魔5体をたった一人で倒した逸話は、辺境にも知れ渡っています! 帝国中にその名をとどろかせる《閃光のナイア》が、こんな辺境に来てるなんてすごくびっくりです!」


 えへへ、握手してもらっちゃいました、なんて言ってはしゃいでいるウヅキ。

 帝国中に知られてるって話だし、腕もさることながら名声もかなりのものなのだろう。


「うん、まぁちょっと色々あってね。しばらく滞在予定なんだ。君の名前は?」

「わたしはサクライ・ウヅキと申します!」


「ウヅキ、可愛い名前だね、よろしく。ところでウヅキはセーヤの彼女なのかい?」

「へっ!? あ、いえ、その! そんな恐れ多いこと、滅相もありません! セーヤさんと比べたら、わたしなんて全然ちっともダメダメでして!」


「なんだ、違うのか」

 ナイアよ、なぜそこで残念そうな顔をする?


「は、はい、違います……あ、いえ、違わなくもないんですけど、あの、将来的にはといいますか、その――」

「へへぇ、ああ、ほぅ」

 言って、今度はなにやらニヤニヤとしはじめるナイア。


「も、もうわたしの話はいいじゃないですか!」

「いやー、そう言われると余計に気になるなぁ」


 全く違うタイプながら、どこか気が合うのかガールズトークに話を膨らませるウヅキとナイア。

 逆にハヅキは完全に人見知りしちゃってて、俺の背中にすっぽり隠れてしまっていた。


 そして俺はというと、ウヅキとナイアが謎の盛り上がりを見せるのをよそに、ある重大な一点について思いを巡らせていたのだった。

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