第7話 やれやれ――飛んで火にいる夏の虫ってな

 というわけで。


「大丈夫だった?」

 まさしく理想の展開によって、美少女と出会うことができた俺は、女の子に手を差し伸べると優しく引き起こしてあげる。


 途中、M字開脚で大股開きしてしまっていたのに気が付いて、

「はう……」

 恥ずかしがりながらいそいそとスカートの裾を治す姿が、実に可愛らしかった。

 控えめに言って、最高である。


「は、はしたないところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」

「こっちこそ、その、いろいろ見ちゃってごめんね」

「そんな、わたしの方こそ、前を見てなくてぶつかってしまって。お怪我はありませんか?」

「怪我なんてないよ。それに不注意は俺もだからお相子かな」

 なんて、嬉し恥ずかしきゃっきゃうふふな会話を、俺は心の底から堪能していた。


 素晴らしい、素晴らしいぞ、異世界!

 俺は今、猛烈に感動している!

 世界の全てが輝いて見えるぞ!

 生きるって、なんて素敵なことなんだ!


「そういえば急いでいたみたいだけど、君はなんでこんな森の中にいるんだ?」

 会話の流れで、気になったことを何気なく聞いてみたのだが、

「そ、そうなんです、大変なんです、はやくここを離れないと!」

 女の子は途端に血相を変えて、俺の手を引きつつ走り出そうとする――その寸前で――


「げっへっへっへ、みーつけた、っと」

 援交好きの好色なエロ親父みたいな声がしたかと思うと、ぞろぞろと現れたのはゴブリンって感じの亜人というか魔物というか、そんな感じのいかにもな奴らだった。

「……妖魔!」

 と言うらしい。


 この世界のことはまだよく分からないけれど、下卑た笑いは明らかに悪者であるように見えた。

 なにより可愛い女の子と、汚らしい妖魔だ。

 俺がこの異世界にやってきた理由を考えれば、どちらの味方になるかは火を見るよりも明らかだ。

 ――当然、俺が味方するのは可愛い女の子の方である。


「ゲヘヘ、お嬢ちゃん、鬼ごっこはもう終わりかい?」

「ひっ――」

 後ずさる女の子と、その怯える姿さえも面白そうに指差しながら、無防備に近づいてこようとするリーダー格らしき妖魔。


「ちょ、待てよ」

 俺は女の子を守るように、妖魔の前に立ちふさがった。

 ちなみに『ちょ、待てよ』はラブコメ系C級チートで、なんだかちょっと格好良く見える効果らしい。

 相手の動きを止めるとか、そういった効果があるわけではない。

 でも女の子が見ている前なので、せっかくなので使っておいた。


「あ? なんだてめぇは? 男に用はねぇんだよ、死にたくなけりゃすっこんでな!」

 半笑いの妖魔は、俺なんて眼中にないかのように、そのまま無造作に近づいてきて――刹那、


「しっ――!」

 目にもとまらぬ速さで、俺の右足が閃いた。

 美しい軌道を描くハイキックが、妖魔のあごをピンポイントで捉えると、派手に数メートルを吹き飛ばす。

 そのまま奥にいた仲間の一人にぶつかると、二人して崩れ落ち、泡を吹きながら動かなくなった。


 K-1草創期の伝説的ファイター、ピーター・アーツの二つ名を冠した戦闘系A級チート『20世紀最後の暴君』による、蹴り技中心の格闘術だ。


「男に用はないって? なんだ、意外と気が合うじゃないか。実は俺もそうなんだよな。だからよ――お前らこそ死にたくなければ、とっとと失せろ」

 ――正直、ちょっと自分に酔ってる感がなくもなかった。

 なくもないんだけれど、このチートってば精神高揚効果がついてるせいか、やたらと攻撃的になっちゃうっぽいんだよね。


 仲間がやられた上にあおられて、妖魔どもが色めき立った。

「こ、こいつ!」

「よくもアニキを!」

「やっちまえ!」

 威勢がいいだけの低次元な会話とともに、これまた真っ直ぐ突っ込んでくる妖魔ども。


「やれやれ――飛んで火にいる夏の虫ってな」

 バカ正直に突撃してくる妖魔どもを、片っ端から一撃必殺の蹴り技でほふっていく。


 ハイキックが炸裂するたびに、一人、また一人と崩れ落ち。

 妖魔どもがハイキックを警戒したところで、今度はハイキックの軌道から流れるように中段へと変化するミドルキックが炸裂。

 これまた的確に鳩尾を捉えては、残った奴らを右に左に吹き飛ばす。


 ハイキックとミドルキック、上段と中段の必殺コンビネーションでもって、俺は次々と妖魔どもを葬り去っていった。


 ものの1分足らずで合計13匹の妖魔を戦闘不能にして。

 異世界に来て最初の戦闘は、俺の圧倒的大勝利によって幕を閉じたのだった。

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