11日目 好きのスキル

 高校時代の知り合いとかと会うとか言って、律儀にセンパイがLINEを返している様を見るのが嫌いだ。いつも使わないスタンプをガラにもなく使っていたり、高校時代のセンパイらしくないハイテンションな返事を打つ姿はなんとなく滑稽だ。そこまで陽キャムーブしたいのかとセンパイを問い糾す気さえ起きるが、それをする権利はあたしにはない。

 あたしはいつもセンパイの隣にいるものの、結局独りぼっちなのだ。あたしがセンパイに意見を言えるのは仕事を共同でしているときだけ。例えば某脚本家は夫婦で執筆していたりするし、某漫画家なんて五人だとか聞いたことがある。あたしとセンパイはペンネームこそ分けているが、大体の仕事は共同作業で行っているので実質的にグループワークとなっているのだった。

 センパイには一応、直近納期の仕事スケジュールを伝え、ノートパソコンで原稿の作業や確認をさせる。LINEから意識を引き離したところが、あたしの起こせる最大限の行動だった。


 まぁ、その会いに行く女がどこの誰だか知りませんし、どう思っていようが別にいいですけどね。

 どうせ、センパイは独りになるんですから。


 センパイとあたしが知り合ったあのときまでは何も知らないけど、その後の女に関しては全力で邪魔をした。この二年半で何人と恋に落ちた。二人か三人だとして、それを恋多きとするかは読者に委ねたいところである。あたしとしてはまぁ、分からなくもないとは思っている。人間だから、それくらいは好きになってもいいだろう。

 ただそれは本物の愛たり得るか、とすれば問題の本質は変化してくる。惚れただの恋だの好きだのとするのはいってしまえば「遊び」だ。感情がちょっと揺らいだ程度で「この人とずっと一緒にいたい」とか思うのは間違いだ。どうせセンパイのことだから変な理由で女を好きになっているんだろう。面白そうだとか、展開が読めないだの。でも、そんな理由は小説の中だけで勘弁願いたい。


 あたしはセンパイを心の底から愛している。あたしはセンパイがいないと生きれない。そう思えるまでにこの恋心を実らせた。だから、いくらセンパイが間違っていようともその行動を支持するし、難しいことをやろうとも手助けしようとしてきた。

 ただ、恋となれば別問題だ。センパイの恋は「好き」の領域を超えていない。いくら自分の中で恋い焦がれて、破れ、傷つき悲しもうともそれは虚構だ。そこまでセンパイはあの女たちに惚れ込んでいたわけじゃない。

 そうなのだ。いつも恋い焦がれる相手のことを考えてきたか。常に恋い焦がれる相手と一緒にいたいと思ったか。一緒に暮らし、一緒の墓に入りたいと一瞬でも脳に浮かべたことがあったか。

 あたしはある。

 少なからず、そうやって胸を張れる。


 もちろんあたしはセンパイのためにこの身を捧げることも準備済みだ。だけどあのセンパイは「教え子後輩から脅迫されるのは犯罪です」とか「せんぱいのおよめさんはみーんな十六歳以上じゃないとダメなんですからね」とか、およそ本気にしていないようなセリフで返してくる。非常にむかつく。

 なんであんな男を好きになったのか分からないけど、恋というのはそういうものだ。二千年以上、恋というものに正答が出ていない時点で定義なんてものはどうでもいいものなのだと証明されている。恋は盲目だというが、それでもいい。

 あたしはセンパイを振り向かせる。そのためにこの免許合宿まで付いてきているのだから。


 とかなんとか書き連ねていたのだけれど、さすがにもうあたしだって帰りたいという欲求は湧いてくる。もう十一日目なのだ、早く自由に書店巡りもしたいものだし、この窮屈な生活を脱したい。

 男子寮の中に一人隠れている後輩ライターあげむらえちかちゃん十四歳のことを少しでも考えてみて欲しい。知らない土地で窮屈になりながら健気にセンパイの追い続ける、という事実だけを書き連ねてみれば、ライトノベルのヒロインならば成就ルート間違いないところだ。しかしこれは現実で、実際に成就するかなんてのは誰にも分からない。フラグが立っていても意味がないのかもしれないし、その前に邪魔なイベントをクリアしてしまえばフラグが一気に消滅する可能性さえある。あれ、帰りたいという話だったのにいつの間にかまた恋の話になっている。別に良いけど。


 あと一週間でこの免許合宿は終わる。

 それまでに起きる、高校時代の友人とセンパイが会うというイベントをあたしはこの恋の分岐点とした。

 そこであたしは、これからもセンパイと一緒にいるのか、消えるのか。それを決めたいと思う。


 決めたいといっても、あたしが決めるわけではない。

 あくまで決定権を持つのはセンパイだ。

 失恋するのはセンパイなのかあたしなのか。

 希望はないけど、言わなきゃ気が済まないのだから仕方がない。


 恋ってめんどくさい。

 けど、恋なき関係なんてあたしは持ちたくない。


 センパイに薦められた『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』でも恋心がないのに肌を重ねる少女が登場するが、あたしはその女の子と同じことはしたくないのだ。

 好きだからこそ、あたしを見て欲しいし、独り占めしたい。

 エゴだけど、それがあたしの決めたことだ。


 思い浮かんでいるあんなことやこんなことすべて。

 正夢にしてやるんだから。

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