第22話 私は寂しかったんだと思う

俺はマスターに勘定を払い、カランカランと鈴の音を鳴らし喫茶店の外に来た。

少しだけ肌寒くなってきた外。

静かに田中は俺を見上げて来る。

それから言った。


「あの.....もし良かったら夢ちゃんに会ってみても良い?」


「.....田中.....それは.....」


「大丈夫。私も大人だから、それなりに配慮はするよ」


田中を夢に会わせる。

まあ簡単だとは思うけど、夢は今の状態で話してくれるだろうか。

そもそもに、受け付けてくれるだろうか。

夢が、だ。

俺を好きな夢と。

俺を好きな田中。

それは多分、洗剤を水に解く様には交わらない様な気がするんだが。


「.....少しだけ顔を出してみて駄目だったら帰ってほしい。良いか」


「大丈夫だよ。これでも私、看護師だから」


「.....は?」


「あ、言って無かったかな?ごめんね。看護師になったんだよ。私」


看護師.....。

俺は少しだけ田中に眉を顰めた。

もしかしたら夢の状況がバレるかも知れないと思ったのだ。

その時は田中に出て行ってもらうしか無い気がする。


「.....大丈夫?」


「.....あ、ああ。すまん。行こうか」


少しだけ曇っている暗い空の下。

寒い中を早足で歩いて行く。

そして田中を案内した。



「.....まぁ。浩介さんが女の子を連れて来るなんて」


「初めまして。私は田中千と申します」


「.....高校の時の同級生です」


俺は鈴さんと柔和な感じの親父に田中を紹介する。

すると、何か視線を感じた。

階段の先を見ると、夢がこっちを見て睨みを効かせている。

おいおい。


「.....えっと、田中さん。私ちょっと疲れてて.....ごめんなさい」


「母さん。私がやるから寝てなさい」


「.....有難う御座います。晴彦さん」


相当に鈴さんは夢に嫌われているのが応えている様だ。

鈴さんはリビングに去って行った。

後で夢に言っとかないとな。

聞かないと思うけど。


「それでは、上がって下さい。お茶でも出します」


「お構い無くです」


言葉を発して、田中は靴を脱いで上がる。

それからゆっくりと俺を見てきた。

俺は頷いて、親父に話す。


「親父。夢にちょっと田中を会わせたいんだが、良いか?」


「.....?.....良いが.....夢は二階に居るぞ」


「.....有難うな親父。それじゃ、田中」


俺達は廊下に上がって、そして階段を登る。

夢が俺の部屋の前の廊下立っていた。

眉を顰めている。

不満げな感じであった。

約束の時間、少し遅れたもんな。


「夢ちゃん。初めまして。私は田中千。千って呼んでね」


「千.....ふーん。お兄.....ふーん.....」


やっぱり胸を見ながら、自分の胸と比較している。

そんなに自分の胸が気になるか?

俺は苦笑しながら、夢を見る。


「夢。挨拶は?」


「.....こんばんは!!」


「あはは.....」


怒りながら言葉を放つ、夢。

完全に田中は夢に嫌われている。

ここまで嫌う理由は何と無く分かるが、俺は黙っていた。

そして部屋に案内する。


「すまんな、田中.....こっちだ」


「.....有難う」


そして俺達は自室に入ってから。

俺のベッドで足をブラブラさせている、夢に俺は言った。


「.....夢。田中は看護師らしい。何か相談が有ったら.....」


「何も無い!」


「.....そんな事を言うなよ.....」


手を頭に添えて、俺はため息を吐いた。

すると、田中が俺を見て、夢の所に歩いて行き。

膝を曲げて、夢と視線を合わせた。


「夢ちゃん。お母さんと喧嘩したんだって?」


「.....」


頬を膨らませて、プイッと横を向く夢。

それを田中は少しだけ柔和に見ながら夢の手を両手を握った。

対して夢は少しだけ驚いて、手を跳ね除けようとしたのだが田中から何かを感じた様に手を跳ね除けさせるのを止めて。

田中を見る。


「.....千?」


「.....田中?」


「.....ごめんね。夢ちゃん。矢島くん。私.....」


よく見たら、田中が号泣していた。

目に涙を浮かべて、涙を自分の手に真珠の様な涙を落とす。

そして左手で目を拭う。


「.....夢ちゃん。私ね、夢ちゃんが5歳の時に会社に向かったお母さんを.....運転が出来なくなった脱線した電車の事故で失ったの。それもね、朝に喧嘩して私が先に学校まで出て行ってそれが最後だったの.....」


確かに50人が亡くなったあの事故は俺も覚えている。

それから、グスンと鼻を鳴らして涙を流してまたハンカチで一生懸命に涙を拭く。

そして続きを話し出した。


「電車はトンネル内で脱線してね.....本当にそれが最後だった。50人ぐらい亡くなったけどその中に居てね。本当にそれが最後。次に会った時は.....頭が潰れてたから.....臨時の遺体安置所の体育館でお母さんって呼び掛けたけど、布の下から反応は無かった.....私ね、夢ちゃんの気持ちが本当に良く理解出来るんだ。お父さんを失ったの、悲しいよね。私、看護師を目指したの.....病気の人を一分一秒でも早く救いたいからって.....」


そういう理由で看護師になったんだ。

その様に話して、涙を拭ってから夢を見据える。

夢は衝撃を受けた様に動きが止まっていた。

俺も見開く。

そして夢の手を握りながら、田中は笑む。


「.....今直ぐに中を取り戻さなくても良いよ。でも.....家族の仲の後悔は私みたいにしない様にね.....夢ちゃん」


「.....千.....貴方も私と同じ.....なの?」


「同じじゃ無いよ。人はそれぞれ違うからね。でも.....大切な人が亡くなった、お父さんと喧嘩した、落ち込んだのは同じだよ。だから.....今はお父さんとの仲を大事にしてる。.....夢ちゃん。貴方はどうかな?」


「.....」


夢は何を思うのだろうか。

静かに俺はその様に思いながら、田中と夢を見据えた。

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