第20話 田中千

この世界は俺が思うに皮肉に満ちている。

全てに関して、上手く行く事と、上手く行かない事が有るのだ。

だが、俺が思っているその全てを覆す存在が有った。

言うまでもない、夢だ。

俺達に愛嬌を振り撒いては全てに手を優しく差し伸ばして幸せにしてくれたのだが夢はPTSDを倒れて発症してしまう。

夢の心が散々に疲れていた事に俺は全く気が付かず俺はその原因に過負荷を掛けたのは俺だと考えてしまう。

夢に何かを依り過ぎていたのかも知れないと俺は考えてしまって、だから夢は倒れたのかも知れない。

考え過ぎかも知れないが。

いや、考え過ぎじゃ無い気がする。

やっぱり俺は寄生虫の様に人に依存している気がする。

全然成長もして無いクソ野郎だな、俺は。


「ううん。お兄はなんにも悪くないよ」


その様に言う、夢。

そんな夢は完全に母親と仲が悪くなり、嘘吐きは嫌いだ、とその言葉を何度も何度も繰り返す。

俺はそんな夢に対して何度も説得を試みたが、全然納得せずな感じで俺の部屋に籠城した主人の様に居座っている。

その夢を見ながら俺は複雑な思いを抱えて居た。

このまま、俺と同じ様な結末になるのかと、そう考えてしまう。

それは駄目だ、全く夢の為にならない気がするし俺と同じ道を歩んで欲しくない。

俺は夢をもう一度、真っ直ぐ見据える。


「夢。お前はもうやっぱり鈴さんとは話さないのか?」


「私は嘘吐きは嫌い!お母さんは嘘吐いた!私は.....昔からイジメを受けていて嘘は嫌いだったのに!」


「でもさ、考えてみてくれ。.....鈴さんも精一杯頑張ったんだと思うぞ。お前の為に」


「何!?お兄はどっちの味方なの!?」


夢は涙目で俺に怒って、俺は、うっ、と言葉を詰まらせた。

駄目だこれは、と俺は夢を見ながら額に手を当てる。

俺は家族を亡くして失った訳じゃないから。

だから夢の心のダメージを理解出来ない。

どれだけの悲しみ、悔しさ、怒り、憎しみがあったのだろうか。

俺はそれは全くと言って分からない。

涙が浮かぶ。


「夢.....」


「もう私にはお兄とお義父さんしか残ってない.....から」


「.....」


「.....お仕事、行っちゃやだ.....」


俺は歯を食い縛ってからそれは無理だと言おうとしたが言葉が出なかった。

俺はただ、ひたすらに縋って来る夢を見ながら複雑な思いを抱える。

家族の夢の為に出来る事は無いのか。

また全てが夢の為になる事は無いのか?

俺はただ撫でるしか出来ないのか?

こんな時に相談出来る奴は。


「夢、ちょっと電話を掛けるから待っててくれ」


「うん」


俺は夢の許可を貰い佐藤に電話を掛ける。

が、しかし、佐藤は忙しのか繋がらなかった。

この場合は夢と同じ女が良いと思うし、相談相手か。

俺は自らの出掛け用の鞄を見る。


「.....」


かつて電車内で貰った紙切れを取り出す。

こんな事で電話する羽目になるとは。

しかも頼るなんてと思いながら掛けると直ぐに繋がった。

まるで待っていたかの様に。


『えっと、もしもし?』


「.....田中か。俺だ。.....矢島だ」


『え!?嘘!矢島くん!?お久しぶり!』


田中千(たなかせん)。

覚えている奴が居るか知らんが、俺の高校時代の親友?と一応呼べた存在。

何日か前に久々に再会した。

高校時代に俺を助けてくれた存在だ。

だが、まぁそれ以上に酷いイジメで俺の心は死んだけど。

でも感謝はしている様な存在だ。

思っていると、声が次々に聞こえた。


『ね!どうしたの!?矢島くん』


嬉しそうに俺に反応する、田中。

しまった、俺の動きが止まっていたか。

俺はそんな田中に真剣な顔で言葉を発した。

頼れるのか分からないが。


「結構深刻な相談だが、お前に相談を頼めるか。嫌なら断ってもいい。女で相談相手が居なくてな」


田中は鮫島と共に居た為にまだ心の奥底から信頼した訳じゃないがこういうのは女性同士なら分かち合えるかと思った。

それで田中を選んだのだが。

反応を待つ。


『.....矢島くん。有難う。一応、私は信頼されているんだね。嬉しいな。緊急みたいだし、今から会おうか』


その言葉に俺は時計を見る。

時刻はそんなに経過して無かった。

午後6時半だ。

俺はスマホの時計を確認し、電話に声を発した。


「.....分かった。今から会おう」


『了解。今から行くからね』


「.....」


俺は眉を寄せる。

そして通話が切れた。

俺はそれを確認して膝を曲げて、床で遊んでいる夢を見る。

夢は俺に対しクエスチョンマークを浮かべて見てきた。

俺はそんな夢に複雑な顔付きで言い出しづらかったが、何とか言葉を振り絞る。


「夢。ちょっと用事が出来た。直ぐに帰って来るから、少しだけ、ほんの少しだけ親父の元に居てくれ。勿論、この場所に居ても良いけど.....」


「.....早く帰って来てね?約束」


「.....ああ」


俺は夢に有難う、と言って頭を下げた。

それから部屋に置いて有る上着を羽織ってから部屋の外に出た。

田中に会う為に複雑な思いを抱えながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る