第5話 会社

ジリリリリ!!!!!


「.....ん?」


スマホの時計が煩く鳴る音が聞こえる。

そう言えば、完全に歯を磨くのを忘れていた。

クソッタレめと思いながら。

俺は起き上がろうとした。

のだが、かなり重さが有って起き上がれない。

ズシッと何かが俺の腹辺りに乗っかっている様な。


「.....夢か!」


いや、そっちの夢じゃ無い。

目の前に、ふにゅ、と言いながらスヤスヤ眠っている夢が居た。

仕事が有るんだけどな俺は。

苦笑しながら、夢の茶色の頭を撫でる。


「.....まぁ良いか」


取り敢えずはもう少し時間は有る、見守るか。

その様に思っていると夢が、ムニャ、と言った。

そして目をゆっくりと開く。


「.....あ、おはよ。お兄」


「.....夢。すまないが、退いてくれないか。仕事が有ってな.....」


「えー、いやーん」


いやいや、と言いながら。

俺の胸板に縋ってくる、夢。

その事に苦笑しながら盛大にため息を吐いた。

すると、俺の部屋のドアがノックされ。

鈴さんが入って来た。


コンコン


「.....あら、おはよう御座います。浩介さん。夢。起きなさい」


「有難う御座います。多分、問題は無いですよ」


「駄目ですよ.....仕事はどうするんです?」


「.....それもそうですね。夢」


夢はブー、と言いながら仕方無しに退いた。

そして俺を名残惜しそうに見ながら。

目を擦りつつ去って行った。

鈴さんは苦笑しながら、俺を見てくる。


「.....改めてお早う御座います」


「そうですね。お早う御座います」


お互いにクスクス笑いながら挨拶し有った。

何だろう、いつもと違う新鮮な感じだ。

新しい家族が出来たらこんな感じなんだなって俺は思った。


「.....母さん」


俺は目を閉じながらこの場所に今は居ない、母さんに伝わる様に祈った。

元気でやっているよ、母さんはどうかな、って。

今は俺は何かを取り戻しつつある。

母さんのお陰で。って。



「.....それじゃ行ってくるけど.....」


「行っちゃうの.....?」


「.....」


俺に縋り付く、夢。

そして、親父すら涙目で見る。

いや、クソ可愛いんだけど遅刻しちゃうからな。

同じ様に出ようとしている親父も苦笑しながら見ていた。


「夢。駄目よ。浩介さんも晴彦さんも仕事なんだから.....」


「.....でも.....」


「心配しなくても速攻で帰ってくるよ。夢。俺は、だけど」


「.....うん」


こんなに幼い子に涙目で見られると痛いな。

しかし、これ程、俺が仕事に行きたく無いのは久々だな。

その様に思いながら俺は夢を見た。

何時もは親父とあまり話したくなくて逃げていたから。

飲み会だとか嘘言って。

懐かしいな。

俺は膝を折って、夢に視線を合わせる。


「.....夢。直ぐ帰って来る。大丈夫だから」


「.....うん」


「今はお別れだけど、直ぐ帰って来るから」


「.....うん、うん!」


一応、納得してくれた。

俺は夢の頭に手を置いてそして玄関を出る。

夢はニコッと笑みを浮かべる。

泣くまでギリギリだけど。

そして何とか家を出て早足で歩いていると背後に居た親父が呟いた。


「.....浩介」


「.....何だ。親父」


「.....お前には本当に悪い事をしたな.....」


「.....」


悪い事ってどれのどれだよ。

と親父に問い詰める様に言いたかったが止めた。

今は夢と鈴さんの為に動こう、ただそれだけだと。

そう、納得して近所の駅に着いた。



「おう。七家」


「おう。矢島。.....うん?お前、表情豊かになったな?」


俺が勤めているのは営業。

目の前にガチガチの髪の毛で中肉中背、爽やか系男が居る。

コイツは七家美琴(なないえみこと)という。

つまり、俺の同期だ。


「.....まぁな。んで、これ書類」


「おお!サンキュー!確認は?」


「してないからお前やれ」


「ふざけてんの!?」


何を言っているのだ。

それが他人に全てを任せた野郎の言う言葉か。

ふざけていると思うのはこっちだろうに、全くよ。


「ああ、そういや、課長が.....」


「矢島くん♪」


「.....佐藤?どうした?」


割り込むな、ちょと言う七家を置いて。

背後から眼鏡を掛けた、長髪の女性が押し退けて来た。

黒髪の、顔立ちも整った、そばかすの有る黒縁眼鏡の5センチぐらい?。

身長が低いと思われる同じ同期、佐藤佳子(さとうよしこ)だ。


「矢島くんの顔が明るいから声を掛けちゃった。ごめんね。あと、七家くんも」


「俺の呼びは後回しかよ!!」


「落ち着け。七家。お前は元からそんな感じだろ」


「オイ!!課長の呼び出しが有るって言ってんだろうが!!」


俺は七家に佐藤と共に笑う。

これが俺の職場、永山営業部で有る。

そして今の所、俺が(仮にも信じている)職場だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る