正義の子ども、ピーター・パン!
「怒るなよ。『遊び』じゃないか」
やつは言った。たぶんこの先も、一生この件について悪びれることはないだろう。ピーター・パンっていうのはそういうクソガキだ。
おれは怒るどころじゃなかった。叫びながら切られた手をおおい、血が流れ続けるのを止めようとした。ピーターはおれの右手を海の上に落とした。はははっと笑い、見ろよ、とおれの背をたたいた。
「ワニが食ってるぜ。おまえの味をしめちゃったかもな。はは、面白い! じゃあ、おれ、さっそく迷子を集めよう。おまえは海賊を集めろよ」
「……海賊は、迷子をさらうぜ」
息も絶え絶えだったが、おれははっきりと言った。飛び立とうとしていたピーターが、うん? と首をかしげておれを見る。
「海賊は、大人になりかけた迷子をさらう。さらわれた迷子はおれのもんだ。海賊になるか、死ぬかの二択。だけどもしも本人が海賊を選んだら、おれのもんだ。手出ししたら許さない。いいな……パン」
あいつの名前を名字で呼ぶのは二度目だった。一回目は凍るほど冷たい声で「大人かよ」と言われた。だが、今のおれは、そのとおり。本物の大人だ。
ピーター・パンはにっと笑って、いいぜ、と言った。
「面白いルールだな。うん、陣取り合戦みたいだ。気に入った」
はあっと息を吐いた。
よかった。
これで、大人になった迷子を救い出せる。この悪魔から。
そのためなら、手のひとつやふたつ。
「その手、フックをつけろよ」
ピーターはにやっと笑って、指でフックの形を作った。
「おまえは今日から、フック船長。あはは、いかにも悪役だ! いいねえ、最高じゃんか。おまえは悪い大人で、おれは正義の子ども!」
血が流れていきすぎて、意識がもうろうとしてきた。ピーターが「じゃあな」と言って、飛び去っていく。新しく犠牲になる迷子たちを探しに……いや、そいつらはおれが救う。ひとり残らず、ピーターが手を下す前に。
だけど、今はこの大量出血をなんとか……しなけりゃ……。
誰かの声がする。あわてておれを介抱している。だれだ……おっさん、だれ……。
うわ言でつぶやいていたらしい。手首が固定され、寝かされて、ひたいの汗をぬぐうおっさんが、かいがいしくおれをなだめて、意識の向こうから声をかけ続けた。
「船長、ご安心を。このスミーめがお世話をいたしますからね。ええ、さっき緑色の服を着た少年に連れて来られまして。もう何十年も執事をやっておりましたんで、いくらでもお申し付けください。あなたが新しいご主人だとうかがっております。スミーです。なんなりとご用命を……」
ああ……おれは……助かるの、か……。
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