大人はみんな、海賊だ!

「おい、ピーター! パン! 笑ってないで、止めろってば!」


 ほかの連中がぎょっとするくらい、おれは大声を出した。ピーターはおれに気付いて、ふっと笑顔を消したかと思うと、目の前に下りてきてまゆをひそめ、言った。


「おい、名字で呼び捨てにするなよ。お前、大人か?」


 ぞわりと背筋があわだった。

 おれはぐっとつばを飲み、「頼むよ、ピーター」と小さな声で言った。


「ふたりを止めてくれ。死んじゃいそうだ」

「ああ、そうだな」


 ピーターはふたりを見てくすっと笑い、おれを見て、あわてて真面目な顔にもどった。


「ちぇ。わかったよ。怒った顔すんなって」


 ピーターは腰にぶら下げた短剣をひょいと抜き、ふたりの真上に飛び上がって「そこまで!」と叫んだ。が、ふたりは一向に止まらない。ピーターの短剣なんか見えちゃいないのだ。ふたりはお互いしか見えてなかった。お互いへの憎しみでいっぱいだった。


 まるで大人だ。


 ピーターは短剣を腰に刺し、ちょっと考えこむようにあごに手を当てて、指を鳴らしてにんまり笑うと、わきの下に手を入れておんどりみたいな格好をした。


 迷子たちがわあっと歓声を上げた。あれが見れるぞ!


「おっおおっおおー!」


 ピーターお得意の、「時の声」だ。


 耳元でそれをやられたウィルとスティーブは、さすがに周りに気付き、ケンカの手をゆるめた。すかさず、ピーターがふたりのあいだに身体をすべりこませて、「おらおら、そこまで!」と叫ぶ。


「元気な連中だな、おい。きらいじゃないぜ。でも血だらけじゃんか。あはは。もしかしておまえら、海賊かよ?」


 ピーターがけらけら笑う。スティーブがはっとして、「ちがう!」と叫んだ。


「海賊なもんか。おれは迷子だ!」


 あまりにも切迫した声でそう言って――迷子たちの空気が、きんと冷えきった。


 おれは「ん?」と思った。なにかおかしい。迷子たちはさっきまで、ピーターの「時の声」を聞けて興奮していた。なのに、今では目をキョロキョロさせ、他人みたいなふりをしている。ときどきピーターの顔をうかがい、ウィルの厚くなりはじめた胸や、ピーターよりもあきらかに背の高いスティーブをちらちらとのぞいている。


 おれと同じように、その空気に慣れていないのがひとりいた。おれのひとつ前に仲間になったばかりだというケビンだ。だが、それ以外の迷子たちは……。


 これじゃまるで、ピーターを恐れているみたいだ。


「へえ。迷子か。そりゃそうだ、ここにいるやつはみんな迷子さ」

 ピーターはにやっと笑ってあごをそらした。

「そんでもって……ここではルールがある。もちろん知ってるよな?」


 ウィルとスティーブは目を伏せ、お互いをちらと見た。


 そういえば、おれはケンカの発端をすぐそばで見ていたんだ。


 はじめはウィルがスティーブに言った。ずいぶん背が伸びたんじゃないか? ってな。それで、スティーブがむっとしたように言い返した。お前は毛が生えはじめたんだろ? 隠してもバレてるぜ。


 それでふたりは取っ組み合いのケンカをした。


 おれにははじめ、意味がわからなかったが――ピーターがにやりと笑って、答えを教えてくれた。


「大人になるのは規則違反だ。ふたりとも、わかってるだろ?」

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