第5話 理想郷と暗黒郷


「橘くんと言ったかな? ここにきたばかりかな?」


 やはり私服は新参者だと丸わかりなようだ。


「はい。昨日に」


「ここは良い所だろう」


 返答に困る。この監獄のような場所を、どこをどう見たら良い所になるのだ。


「どうでもいい労働から解放されて、日がな一日読書に没頭できる。素晴らしき哉」



「僕は⋯⋯飼い殺しにされてるみたいであまり⋯⋯」


「そうか。若い君にはそう映るか」


 手にしていた本が閉じられる。僕と彼の世界も、交わる事なく閉じていくのを感じた。

 しかし、その本の表紙には見覚えがある。


「それ、『馴染めない』ですよね? ラノベも読まれるんですね!」


「はは⋯⋯恥ずかしながら実は私が書いた本なんだ。昔を思い出しながら読んでてね」


「えっ。そうなんですか! 作家さんに会うの初めてです!」


「作家と言える程ではないよ。ニートだしね」


「なぜニートに⋯⋯」


「作家は飯を食べていける仕事ではないさ。それこそベストセラーにでもならない限りね。今はたまに書いたりもするけど、読書するだけで満足しちゃってるしね」


「今も書いてるんですか?」


「ネットで細々とね」


「探してみます! どこのサイトですか?」


「カクヨムとか待ラノとかかな。あちこちに同じ物を投稿してるよ。橘くんには待ラノがいいかな?」


「色々あるんですね」


「主に、書籍作家への登竜門とコンテンツ販売の2パターンだね。待ラノは後者ね」


「作家になるのに何か必要になるんですか?」


「何もいらない。強いて言えば読書量かな? 今の政治家は昔の人間と違ってAIだから、金になる仕事だと見做されれば育ててくれるかも知れないしね」


 昔は政治家を人がやっていたと聞いた事がある。今じゃ様々な主義主張のAIを選挙で選ぶだけだ。現状を変えたくば若者が頑張れという事か。


「ただ、作家でニートを卒業するのはそれなりにハードルが高いと思っていた方がいい。活字を楽しむ人は減る一方だからね」


「でも、本を読んできたのが活かせるなら⋯⋯試してみたいです」


 僕にもいくつか温めていたアイデアがある。


「チャレンジしてみるといい。私としても読み物が増える事は歓迎だ」


 ニコリと笑顔になったが、どこか諦観と悲哀を感じさせる瞳だった。


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