#14 遠い友人のこと
「ラッキー」
という名前のともだちがいた。
ラッキーは近所の家の飼い犬であった。
犬種はラブラドール・レトリーバー、性別はオス、毛並みはきれいな黒色――いつもなんだか頼りない表情をしていた。
普段の彼は、彼の飼われている家の庭に夕方あたりまで放されていた。
庭は黒い網目のフェンスで囲まれていて、私はいつも彼とフェンス越しに会った。
私が彼のいる庭の前を通る時、彼はその体をフェンスに横づけし擦り付けて、かしゃりかしゃりとフェンスを鳴らして「挨拶」をしてくれた。
幼い私には、その挨拶がたまらなく嬉しく、フェンスの小さな隙間から手を伸ばして彼の頭を撫でて応えていた。
当時の私は彼を友人と思っていたし、彼も私を友人と思ってくれているから、撫でることを許してくれていると信じていたが、ほんとうのところ、ただの子分程度に思われていたのかもしれない。
年を経、私が成長するのと対照的に、彼は衰えていった。
私が彼を最後に見たのは、ある冬の頃、彼が家の中から窓に向かってその痩せた体を擦り付け、庭の前を通りかかった私に音もなく「挨拶」をしてくれる姿だ。
それから少しして、庭先だけでなく、家の中からも彼の姿は消えた。
彼の頭を撫でてやることはできなくなった。
彼は人懐っこい犬だった。
その体の大きさにくらべ、おとなしく、吠えるところを殆ど見たことがない。
ただ、好き嫌いはあるようで、気に食わない人間にはそっぽを向いたらしい。
私は彼のことが好きだった。その気持は、今でも変わらない。
彼との「友情」は、幼い頃から今でも、私の大切な思い出のひとつだ。
つい先日、私は彼がその体を擦り付けていたフェンスの前で足を止めた。
通りかかった時、たまたま吹いた風のしわざのためにフェンスがかしゃりと音を立て、あふれるように遠い友人の記憶が思い出された。
私はどうしようもないほどに懐かしく、そしてひどく寂しくなった。
フェンスの向こうに、ラッキーはもういない。
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