#13 夏の回想

 私がそれを初めて見たのは、十一歳の仲夏だ。

 蒼天に白い尾を引く鉄の鳥

 今にして思えばそれはその夏のおわりから本格化した隣国との戦争――その序章の一風景であったのだろう。

 むろん当時の幼い私は、そのような事情を知るべくもなく、ただ時折大人達の会話に表れる一種狂的な興奮を、漠然と不安に感じていただけであった。


《臨時ニュースを申し上げます……》


 皆がラジオの前に集まり、その声を聞いていた。

 今日未明、我が国の空母より発艦した戦闘機が、敵国の戦艦を沈めたという。

 緒戦の戦果としては申し分のない勝利。

 大人達が快哉を叫ぶ。

 ――戦争だ、私達の勝利だ。

 私は何か言い知れない不快感を感じ、現実から目をそらすように窓の外の蒼天を見ると、ふと遠くから聞こえてくる蝉の声に気がついた。

 晩夏になってもしつこく鳴き続けるそれは、大人達の熱狂と合わさり、窓の外に広がるうつくしい蒼天とは似ても似つかぬ暗澹たる印象を私に与えた。

 ほんの数週間前に見た夏の情景を思い出す。

(嗚呼、あの鳥は、今は人殺しのために空を飛ばなければならないのか)


 十一歳の夏、それを初めて見た時私は何か言い様のないうつくしさを感じたのだ。

 蒼天に白い尾を引く鉄の鳥

 大空を飛び回り、その軌跡に自在な白い線を引く様は「自由」であったはずだ。

 しかし今はもう、うつくしかった蒼天は、黒雲のなかにかくれた。


(嗚呼、あの鳥は――)

 戦争さえなければ、あの鳥は今もうつくしい蒼天を自由に飛んでいたのだろうか?

 私はあの夏を回想して、唯あの鳥にもう一度自由が訪れるように、と祈っていた。

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