#12 最後の審判

 茫洋とした薄暗い荒野で男は目覚めた。

 あたりに建物や人影はなく、ただぼうぼうと風だけが鳴っている。


「ここは、おれは、死んだのか。……」


 男が自らの最期を思い出したとき、天より男に声が下った。


「そうだ。おまえは死んだ」


 荘厳かつ幽玄に響くそれは、神の声であると男に思わせた。


「その御声は、もしや、あなたは、神か……?」


 男は震える声で天に問うた。


「そうだ。私が神だ」


 と、天は答えた。

 男は返答を聞き、暫くじつと黙っていたが、やがて意を決した様子で口を開いた。


「では、――では、神ならば、その証明の為、おれの願いを聞いていただきたい!」


 この男は正気ではない。

 だが、それでも慈悲深き神は、男の分際を知らぬ言葉に耳を傾けられた。少なくとも、男は鳴り止んだ風の音をそう捉えた。

 そして男は震える声で、辿々しく、以下のような事を神に願った。


 ――おれは、つまらない事故で死に、此処へ来た。いや、つまらないのは、その事故だけではない。おれの人生そのものが、暗澹たるものであった。人並みの生まれ、人並みの努力、人並みの幸福、人並みの不幸、……何処までやっても人並み以下にしかならず、人並みより上を望むべくもない人生。人生の主役こそが我、我思う故に我在り、……などと云うが、おれは、おれの人生の通行人でしかなかった。なんという、不必要の人生! 生きた意味が何処にあった? そのように思っているのは、おれだけではないだろうと思う。不必要に誕生して、無意味に死んでいく存在、それこそが人間の本質ではないか? ……おれは、死の瞬間、その結論に達した。これは、耐え難いものだが、さらに耐え難い事がある……。それは、おれが死んだ後も、その後の世界が何事もないまま続くという事だ。不必要に生まれ、無意味に消えるおれという人間一個の価値を考えれば、それは自然であるだろうが、だからこそ、耐え難い。神は世界をお創りになったというではないか。であれば、あなたが神であれば、世界を滅ぼすなど造作も無いだろう。七度の喇叭の音など待たずとも出来るはずだ。おれは、人間存在という、至極つまらないものを、再度作り直すことをあなたに、神に願う! 製造したのであれば、その責任を最後まで持たれよ!


 身勝手極まりない願いを述べた男は、天に向かって唾飛沫を飛ばし、その為に自らの顔中を汚らしくしながら言葉を継ぎ、


「さあ、真実に神であるならば最後の審判をいま! さあ!」


 と、叫んだ。

 静寂。

 ただ風の音だけが男の耳朶を打つ。

 そして、暫くの後、天が鳴った。


「では、今が最後の時だ」


 それを聞いた男は言葉にならぬ、引き攣った様子の哄笑を発した。――


 男が不審に考えたのは、笑いがおさまった後であった。

 男の笑い声が消えた今、薄暗い荒野には再びぼうぼうと風だけが鳴っている。

 ――おかしいではないか。最後の審判により世界が滅んだのであれば、今頃此処は、おれ同様に死んだ人間どもの魂で溢れていなければならない。しかし、相変わらず此処にはおれひとり。


「人間は何処だ? 人間は……」


 男は取り憑かれた様子で荒野を何処までも探した。

 だが、やはりそこは何処も茫洋とした薄暗い荒野のままであり、人間どころか文明のかたちすら存在しない。

 彷徨う男は、暗澹たるままに、再び天に叫んだ。


「神よ、最後の審判は、うそか? 何処にも、何も無いではないか!」


 しかしその問いに答える声はなかった。

 いつまでも、男の耳には、荒野をどこまでも吹くであろう風の音だけが、ただ、ぼうぼうと響いていた。

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