サラリーマン竜王戦

てこ/ひかり

一日目

実:これより第九十四回・株式会社『的場製鉄』内サラリーマン竜王戦・決勝の模様をお送りします。解説は山内係長十八段です。山内係長十八段、よろしくお願いします。

山:よろしくお願いします。


実:まず決勝のカードですが……先手は、的場副部長七段。

山:ええ。的場七段は、現在の『的場製鉄』社長のご子息ですね。やはり本人が創業者の血縁と言うことで。社内からは的場七段に対して『コネ』だの『七光り』だの逆風も大きかったのですが、近年は大手薬品メーカー『栃林製薬』との商談を成功させるなど、その実力が再評価されつつあります。副部長に昇進されて七年目と言うことで、満を持しての『部長』挑戦となりました。


実:的場七段の特徴を教えてください。

山:やはり戦法としては、得意の『ゴキゲン中飛車』。勤務中にゴキゲンになることによって部下のモチベーションを下げさせない。その振る舞いは一見高飛車のように見えて実はそうでも無い、いわゆる『中飛車』。的場七段の日々の根回しと人柄がなせる技です。

実:具体的にはどのような戦法なのでしょうか?

山:例えば昼間の眠くなる時間帯に、缶珈琲を差し入れするとかですね。やられた相手は「この人は自分のことを見てくれているんだ」と思い込み、モチベーションを強制的に上げさせられます。

実:それは恐ろしい技ですね。たかが珈琲一杯で……。


山:ええ、部下の士気は高まるものです。

実:対する後手は……巣鴨部長竜王。

山:ええ。巣鴨竜王は今年八年目の中途採用組ですね。元々は外資系からの『移籍』という形で、多少冷酷にも見える経営判断には疑問の声も上がっていましたが、それでも営業成績で長年結果を残し続けてきました。社長からの信頼も厚く、去年まで七年連続で『部長』の座を防衛しています。

実:巣鴨竜王の特徴は?

山:はい。彼の特徴は『数字に強い』と言う面でしょうか。戦法としては『穴熊囲い』。巣鴨竜王は同じく中途採用組の穴熊よし子経理部長と深いパイプがあり、曖昧な企画立案をすると、ありとあらゆる数字を持ち出して対戦相手をコテンパンに叩きのめします。差し詰め『血筋』と『人望』の的場。『実績』と『数字』の巣鴨と言ったところですね。

実:なるほど。さすが山内係長十八段、出世コースから外れて言いたい放題ですね。

山:なあに、お酒の席ではもっとひどいこと言えますよ。ハッハッハ!

実:悲しくなるのでそんなこと自慢しないでください。そしてこの試合を制した方が……。

山:はい。来年度の我が社の『部長』ということですね!



実:それではお二人の対戦成績を見てみましょう。的場七段が二十四勝、巣鴨竜王が三十二勝となっています。お二人の、お互いの印象を聞いていますのでインタビューをご覧ください。


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 的場副部長七段:対戦相手の巣鴨部長竜王について。

『巣鴨部長は、ハイ、非常に尊敬できる方ですね。やっぱり数字に強いし、外資系出身ということもあって今までの自分たちには無い視点を持ってらっしゃるな、と。日々勉強させていただいております』


 巣鴨部長竜王:対戦相手の的場副部長七段について。

『的場くんは部下からの支持も厚く、どんな仕事にも一所懸命で安心して仕事を任せられます。特に仕事中に急に踊り出したり体操を始めたりと、コミカルな部分は社内の貴重なムードメーカーですよね』


◼︎◼︎◼︎


実:……はい。と言うことですが、山内十八段いかがでしょうか。

山:お互い腹を探り合ってると言ったところでしょうか。内心は一つの席を奪い合ってバチバチでしょう。お互い違ったタイプの指し手サラリーマンなので、それぞれの持ち味を生かして戦って欲しいですね。

実:山内十八段は、どちらが有利だと思われますか?

山:そうですね。対戦成績ほどの実力差は、私は感じていません。ただ、現社長がわりと体裁を気にする方なので。このままご子息が昇進となれば、社員からまたコネだの七光りだの、根も葉もないうわさが飛び交うんじゃないかと危惧されているでしょうね。的場七段に不安要素があるとすれば、そこでしょうか。逆に巣鴨竜王としては、いかにその弱点をついていけるか。



実:さあ対戦が始まりました! 三十分前に先に会社に姿を現したのは……的場副部長七段です!

山:的場くんは新入社員の頃から毎朝三十分前には出社していますね。朝礼の前に床を掃除しているのも、実は彼なんですよ。

実:あれ? 山内十八段、的場七段より年上なんですか?

山:ええ。私の方が彼より三つ上ですね。入社も先です。

実:人生、別れてしまいましたね……ゴホン。対する巣鴨竜王は、まだ姿を見せていません。

山:なんだか急に流れ弾が来たような気がしましたが……巣鴨竜王は、五分前にしか姿を現しません。また終業後も仕事が終わらなかった、なんてことはなく毎日ほぼ定時で直帰されますね。ですがこれが、長時間会社に拘束されたくない今の新入社員にはウケがいいんですねえ。

実:本人の存ぜぬところで支持を集めているという感じでしょうか。さすが竜王、盤石の戦いぶりです。さあ朝礼も終わり……お二人とも席に着きました!

山:序盤はやや、竜王が有利と言ったところでしょうか。



実:山内さん。朝礼の後、お二人とも長考に入ってしまいましたね。席に着いたまま、動こうとしません。

山:実力者同士部長と副部長クラスの対戦だと、見慣れた光景ですね。二人とも午後からの経営会議に備えて、体力を温存しているといったところでしょう。ああやって机に座って何も考えてないように見えて、実は頭の中では何万パターンもの会議の進め方が駆け巡っています。

実:本当ですか? 私には『今日のランチは何にしようか?』とうなっているようにも見えますが……。

山:そう見えるでしょう? 実は、そうじゃないんですよ。プロのリーマンにもなると何万……何千万パターンの『会議ではこう発言しよう』という言葉の濁流が、脳内で暴れ回っています。

実:何千万……! その中で実際に発言するのは……。

山:一人につき一言か二言ですね。お二人クラスになると、もう少し発言は許可されていますが……。

実:まさに戦場ですね。巣鴨竜王、立ち上がって背後にある窓の外を見始めました。山内さん、これは……?

山:彼なりの『会議戦略』を脳内で進めているところでしょうね。頭の中に会議室を用意して、いったん社員を並べてみるんですよ。そして一手一手、彼らがどう動くかをシミュレーションしていく。

実:それ、聞いたことあります! じゃあ、巣鴨竜王は今ぼんやりと景色を眺めながら『今日は外の天気良いなあ』と思っているわけじゃないんですね?

山:もちろんです。お二人ともそんなことは微塵も思ったことはないと思います。プロのリーマンは、誰一人いないでしょうね。


実:外界の環境に左右されない、集中力。さあ長考に入ったまま……そろそろお昼休憩になりそうです。山内さん。

山:ええ。どうやら勝負は午後からの経営会議にかかって来そうですね。

実:今日の的場副部長のランチは、ぶっかけうどん定食。巣鴨部長はハンバーグ&エビフライランチを注文しました。

山:お互い定跡通りといったところでしょうか。


実:山内さん。このランチと言うのは、『サラリーマン』戦では影響してくるのですか?

山:もちろんですよ! サラリーマンのランチは、戦術の一つと言っても過言ではありません。重たいものを食べ過ぎると動きが鈍くなるし、逆に食べなさ過ぎても、持ち時間のラストまで体力が持ちません。ランチタイムでいかに心身をリフレッシュさせるかで、後半戦の出来が変わって来ます。

実:お互い計算の上でのランチ注文と言うことですね。

山:ええ。的場くんは、消化にいいうどんでフットワーク重視。対する竜王はがっつりカロリーのある物を摂取して、スタミナをつけている。これは後半戦、竜王が一気に勝負をかけにくる可能性もありますね。


実:戦いから目が離せなくなって参りました。さあ後半戦……先に会議室に入ったのは、的場七段です!

山:やはり動きが軽快ですね。見てください、ステップを踏んでいます。社内のムードメーカーと言う、持ち味を生かした会議室への入り方です。ここは竜王としては、用意した資料の数字で相手の勢いを”イナして”いきたい局面。いかに会議を長引かせ、持久戦に持ち込めるかでしょう。

実:七段、竜王が両脇に並べられた長机に向かい合って座り……緊張感が伝わって来ますね。ところで山内さん、竜王のおしごとと言うのは、具体的にどういったものがあるのでしょうか?

山:私は一度も竜王に昇進したことがないので分かりかねますが……。

実:それは失礼しました。


山:ですが、みんながあれほどなりたがっていると言うことは、魅力的な役職なのでしょう。竜王になれば、『竜王手当』もつきますし。

実:竜王手当。

山:『竜王特権』というのも、あるといううわさです。グループ会社からの接待を積極的に受けれたりとか。

実:夢があって良いですね。さて山内さん。ここから経営会議ですが、残念ながらカメラが入ることはできません……。

山:社内秘ですからね。極秘の数字資料や今後の経営方針も含まれますので、部外者は立ち入ることができませんよ。

実:山内さんは、関係者じゃないんですか?

山:私は社員ですが、今まで会議に呼ばれたことはありませんね。

実:それは失礼しました。



実:山内さん。

山:はい。

実:ようやく経営会議が終わったみたいですね。百八十七分目で、的場副部長が資料を持ち帰り、『封じ手』となりました。会議後のお互いの感想が届いていますので、お聞きください。


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 的場副部長七段:経営会議後の囲み取材にて。

『やはり強いと言った印象ですね。こちらの思った通りには議題が進まなかった。出された数字については、ある程度予測していた部分もあったけど、それ以上の面も(ありました)。会議は明日もあるし、これから持ち帰って(しっかり検討していきたい)』


 巣鴨部長竜王:経営会議後の囲み取材にて。

『序盤は相手に翻弄された感じ。中盤以降、なんとかこちらの形に持って行けたかな、と。向こうは挑戦者だし、何をして来てもおかしくない。しっかり準備して明日に望みます』


◼︎◼︎◼︎


実:……はい。ということですが、山内さん、今回の戦いの総評をどうぞ。

山:うーん。やはり最終的には、ランチの差でしょうかね。

実:ランチの差、ですか。

山:ええ。本来会議は二時間の予定だったのですが、現状三時間以上かかっている。これはプロのリーマンであればよくあることです。

実:よくあることなんですか。

山:長期戦になれば、スタミナを蓄えていた竜王に分があるのは見えていましたから。逆に的場くんは、相手が数字で攻めてくるのは分かっていたはずなので。正直そこが対策不足だったのは否めません。

実:なかなか的場七段に対して手厳しい評価ですね。一日目は、竜王がリードという感じでしょうか。

山:はい。もちろん竜王も、このまますんなり会議が終わるとは思っていないでしょう。的場くんにも、同じ団塊ジュニア世代として意地を見せて欲しいところですね。

実:なるほど。本日のサラリーマン竜王戦はここまでです。解説は山内係長十八段でした。山内十八段、本日はありがとうございました。

山:ありがとうございました。

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