告白
ちょっと話を整理してみる。
私が離れてしまうのが嫌だから、コールドスリープしたくない。それが桐生君の主張。だけど私はその答えに、どうしても納得いかなかった。
一方桐生君は私の言ってることの意味が分かってないようで、頭にハテナを浮かべている。
「だってそうだろ。もしかしたら、十年以上眠ることになるかもしれねーんだから。現に龍宮の……」
言葉を濁したけど、お母さんの事を言いたいのだろう。確かにあれは関係が壊れた最たる例だ。だけど……
「お母さんがそうだったからって、全部がそうだってわけじゃないでしょ」
「いや、でもお前、俺がどうしてコールドスリープしたくないか、分かってるみたいな言い方してなかったか?だったら……」
「そりゃ人間関係が壊れるのを不安に思ってるんだろうなってのは考えたよ。だけどそれに、私まで含まれてるとは思ってなかったよ」
「はぁ?何で自分だけ除外してたんだよ?」
「だって私はコールドスリーパーの先輩だもん。目が醒めた時の孤独や痛みは、誰よりも分かってるもの!」
勝手な言い分かもしれないけど、同じ痛みを持つ者として、私のことだけは信じてくれるって気がしてた。だけどその期待は、心の準備をする間もなく打ち砕かれてしまったのである。
「私は例え何年経っても、桐生君を待つつもりでいたんだよ。なのに絶対に離れていくみたいな言い方しといてさあ。私ってそんなに信用ならない⁉」
大きく声を張り上げ、思わずベンチから立ち上がり、近くで列車を待っていた人達が何事かとこっちを見てきたけど、そんなの気にしてる場合じゃない。
「おい、ちょっと落ち着けって」
「うっさい!」
桐生君も立ち上がって宥めようとしてきたけど、それを突っぱねる。
そりゃ不安がる気持ちもわかる。桐生君の場合コールドスリープしなくても、家族仲が良くなかったらしいし。なのに他人を信用しろと言っても、素直にうんとは頷けないのかも。
だけどそれでも、やっぱり信じてほしかったし、苦しんでいるなら頼ってほしかった。それなのに相談の一つもされないまま勝手に結論を出されていた事が腹立たしくて。桐生君にとって私はそれだけの存在なのかと思うと、悔しくて。
私は……私はこんなにも、桐生君の事が好きだって言うのに!
「さっきまではコールドスリープしてほしくないって、ちょっと思ってたよ。眠ったら、何年も会えなくなるんだもの。だけど、関係が壊れるのが怖いって何?たかが十年や二十年で、桐生君の事をどうでもよくなると思ってるの⁉」
信用してもらえない事が悔しくて、泣きたくなる。桐生君は呆気にとられたような顔をしているけど、私はまだ止まらない。
「私はね、今ならコールドスリープして良かったって思えるよ。辛いこともあったけど、こうして元気でいられるし。コールドスリープしなかったら、桐生君と会うこともなかったし」
「それは龍宮の場合だろ。俺は違うかもしれない」
「そんなのわかんないじゃない!私は、桐生君のお陰で、今も悪くないって思えてるんだよ。それなのに、なんでその桐生君がこんなに後ろ向きなの⁉」
それぞれ事情が違うのは分かる。けどこれじゃあ……
「心の底から信じることのできない友達といたって、楽しめるわけないじゃん!断言してもいい、こんな気持ちを引きずったままじゃ、絶対に満足なんてできないよ!」
「————ッ!」
痛い所を突かれたらしく、表情が曇る。叫び疲れた私は力なく前に倒れ込み、桐生君の胸に顔を埋めた。
「人を言い訳にしないでよ。私は何があっても、離れて行ったりしないんだからさ。何年も、何十年先もずっと……」
声に嗚咽が混じる。桐生君はそんな倒れ込んだ私の肩に、そっと肩を回してきた。そして……
「お前、自分が何を言ってるのか、ちゃんと分ってるのか?」
「えっ?」
キョトンとする私を見て、「やっぱり無自覚か」と溜息をつく桐生君。ええと、いったいなんて言ったっけ?
「何十年経っても離れないとか、それってまるでプロポーズの言葉だろうが」
「…………あっ⁉」
ここでようやく、自分のしでかしたてしまったことに気付いた。な、なんて大それたことを言ったんだ私は⁉慌てて顔を上げて、桐生君を見る。
「ち、違うっ、これは間違いで……」
「間違い?そうか、じゃあお前は、やっぱり待ってはくれないんだな?」
「そうじゃなくて……だいたい、桐生君はそれじゃあ良くないでしょ。好きでもない人から、こんな事言われてさあ」
「はあ?お前、まさかとは思うけど……」
ここに来てもう一度、盛大な溜息をつく。何?もしかしてまた、おかしなこと言っちゃった?
「好きでもない奴と、こんな風にどこかに出かけたりするか!」
「えっ……ええっ⁉」
「マジで気付いてなかったのかよ。そりゃ最初はそんな気無かったけどさ、俺がどれだけアピールしてたと……いや、それは今はいいか。おい龍宮!」
「はいっ!」
思わず背筋をピンと伸ばす。一瞬呆れられているかと思ったけど、桐生君は真剣な表情で、じっと私の目を見つめてくる。
「さっきの言葉、ノリで言っただけか?それとも、本気なのか答えろよ」
「それは……」
勢いで言ってしまったのは間違いない。だけどそれが本心で無かったかというと、決してそうでは無い。どれだけ経っても、待ち続ける覚悟はあった。
「本気……だよ。桐生君の方こそ、目が醒めた時私を見て幻滅しない?きっとその時は私はもう社会人で、おばさんになってるかもしれない。それでも良いの?」
「元々歳の差はあるだろ。俺もコールドスリープすることで、本来の形に近づくってだけじゃねーか。お前がせっかく待ってくれるって言うのなら、蔑ろにできるかよ」
互いに興奮して、だんだんと声のボリュームが大きくなっていく。だけど結局のところ、私達が気にしている事は同じ。コールドスリープが解けたその時、お互いに好きでいられるか、重要なのはその一点なのだ。
「俺は絶対に裏切ったりはしない。龍宮の事も、信じて良いんだな?」
「……うん。桐生君が目を醒ました時、必ず傍にいるから。人生を賭けてでもいい」
それは言うほど、簡単な事ではないのかもしれない。だけどそれでも乗り越えて見せるという覚悟が、私達にはあった。
桐生君はそんな私を見て、はにかんだ笑いを見せる。
「そこまで言われたんじゃ、仕方ねーか」
「ええと、それって……」
「受けるよ、コールドスリープ。惚れた女に人生賭けるとまで言われたのに、ビビッてやらないわけにはいかねーからな」
「―—————ッ!」
本当だね!確かに聞いたから!あとであれは嘘だったなんて言っても、受け付けないからね!
高鳴る胸の鼓動を押さえながら、それらの言葉をぶつけようとしたその時……
「おおー、公開プロポーズだー」
「何か知らないけど良かったー」
突如拍手と歓声が聞こえてきた。
そこでハタと思い出す。しまった、ここは駅のホーム。多くの人が利用する、公共の場所だった。
気が付けばいつの間にか周りには人だかりができていて、私達を見ている。大声であんなやり取りをしていたのだから、当たり前かもしれない。
「くっ……くくっ……はははっ!」
「桐生君、何笑ってるのさ⁉」
「いや、龍宮といると飽きないなって思って。お前が待っててくれるなら、十年眠っても平気な気がしてくるよ」
「バカ―!」
こんな時に何惚気てるんだ!
その時丁度、私達が乗る予定の列車がホームへと入ってきた。停車してドアが開くや否や、桐生君を引っ張って逃げるように乗り込む。
「さっさと行くよ!」
ホームからは未だに、「頑張れ」「応援してるぞ」と言った声が投げかけられている。だけど、必死になって周知に耐える私とは裏腹に、何故か桐生君は楽しげな表情。こんな状況でどうして笑っていられるのか、正直理解に苦しむ。だけど……
「仕方が無いか、それが桐生君なんだから」
か細い声でそっと呟く。
やがてドアが閉まり、私達を乗せた列車はゆっくりと走り出していく。次に二人でここに来るとしたら、いったいいつになるだろう?五年後、十年後、それとももっと先?まあいいや、例え何年先になろうとも。
隣に立つ桐生君と目を合わせながら、二人してそっと微笑み合うのだった。
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